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やま、かわ、豊かな自然 大月探訪記

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2019年05月25日
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カテゴリ:資料館

こんにちは、郷土資料館です。
前回のブログにあるように、大月東小4年生から学区の用水路の学習をするめに「出前講座」の要請がありました。
統合により学区が広がったため、「大月」と「真木・畑倉」に分けて二日間で見学を行うとのことでした。
一回目の見学は23日(木)に行い、大月東小の北側にある林宝山(菊花山)の山裾を流れている用水路のガイドを務めました。
この用水路は、「五ヶ堰」といい、水の取入口から終点まで8kmもの長さがあります。
ところで、いったいこの用水路は何のために造られたのでしょうか?
山梨県の市町村別面積ランキングで堂々5位に輝いている大月市。
でも、その土地利用の割合を見ると、森林が87%を占めています。
つまり、大月市のほとんどは山地で、平地は川沿いにわずかにあるばかりです。
そのわずかな平地の中でも、林宝山の麓に位置する大月は比較的広いほうでした。
​江戸時代の絵師歌川広重の「甲斐大月原」という絵にも描かれています。​
ところが、人が生活し、農業を営むために必要不可欠な水を十分に手に入れることができませんでした。
なぜなら桂川(相模川)が平地よりかなり低い下を流れているからです。
そこで、水をよそから引いてくることにしたのです。
しかし、水は高いところから低いところにしか流れません。
都留方面へ水の取り入れ口を求めて山裾をたどり、東小学校から4km離れたところで水量豊かな川に出会いました。
雛鶴峠から流れてくる朝日川です。
そこを取水口に定め、同じように水を必要としていた田野倉・大月・駒橋・殿上・猿橋の5つの村を通る水路が建設工事が行われました。
今から350年ほど前の江戸時代のことでした。
さて、繰り返しますが、水は高いところから低いところにしか流れません。
見学した沢井地区は三方から尾根が突き出て、二つの深い沢があります。
用水路のちょうど中間地点にあたるここが一番の難所でした。
水を通すためには傾きを保ったまま山裾を巻いていかなければなりません。
しかし、崖が急すぎて溝を作ることができません。
そこでトンネルを掘り、二つの橋をかけることにしました。
上の写真はトンネルを掘った岩を取り出すために途中で開けられた場所を見学しているところです。
ほぼ江戸時代当時のままの姿を残し、重機などが無かった時代の人々の苦労が伺える場所の一つです。

※追記
現在は、朝日川だけでは水量が足りず、道志との境にある道坂峠から流れてくる菅野川をせき止めて合流させて取水しています。
取水口は東電駒橋水力発電所落合水路橋の少し南にあります。
また、最終地点は「猿橋」のすぐ東側の崖にあり、桂川に落ちています。
昔の写真を見ると、勢いよく流れ出ていたことがわかります。
名勝猿橋の「思い出の滝」として有名でした。


ところで、どうして「五ヶ堰」とよばれるようになったのか、もうわかりますよね。

※おまけ
無辺寺の石段下から現在の図書館までの土手道を通っている「五ヶ堰」。
現在ではこの間はすべてコンクリートでふたがされ、自動車がすれ違える幅になっています。
「五ヶ堰」は姿を変えたばかりでなく、その用水路としての役割も大きく変わってしまいました。
ふたをされ、見えなくなり、その存在と名前も、そしてその役割と造った人たちの苦労も忘れ去られてしまう。
何となく寂しい気持ちがするのは私だけなのでしょうか?






最終更新日  2019年05月25日 13時57分46秒
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