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やま、かわ、豊かな自然 大月探訪記

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大月みどり

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2019年07月23日
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カテゴリ:資料館

こんにちは、郷土資料館です。
街をブラブラ歩いているとたくさんの「はてな」に出合います。
今日の「はてな」は上の写真の右側に立つ街路灯の柱です。
街灯こそLED化されてイマドキですが、少し傾き風雨で傷んだ柱からは昭和の匂いが漂ってきます。
近づいてよく見ると、柱にはギリシア建築風の装飾が施されていました。
味もそっけもない右の白い街路灯の柱と比べてみると「温かみ」が感じられます。
ここは都留高の「通用門」、たくさんの都留高校生を温かく照らしてきたのだと思います。
では、いつ頃からここに立っていたのでしょうか。
手がかりとなるのは、製造物に必ずついている「銘板」です。
この柱の銘板らしきものが裏側に見えるのですが、後ろのフェンスや電柱に阻まれて読み取ることができません。
この手前にもう一本、同じタイプの柱があったので、そちらのもので代用することにしました。


左の写真は製造会社名の「銘板」で、「東洋街灯柱製作所」で造られたことがわかります。
また、電話番号からは立川にある会社であることもわかりますが、長さや太さなどの仕様や製造年月日はありませんでした。
右の写真は「名板」です。
「街」はおそらく街灯のことだと思います。
その下の「2-12-2」は住所かとも思われますが、この電柱は「大月2-12-23」の近くにあり、末尾の番号については疑問が残ります。
こちらにもやはり設置年月日を特定する記載はありませんでした。
とりあえずは、「東洋街灯柱製作所」でググりましたが、ヒットしません。
いよいよここから年代特定のための推理が始まります。
全国ダイヤル即時自動化のために市外局番が制定されたのが1961(昭和36)年のことです。
ということは、この柱はそれ以前に製造されたものです。
次に東京電力が設立したのは1951(昭和26)年です。
そして、大月市が市街地の住居表示を○丁目○番○に変えたのが1967(昭和42)年です。
つまり、設置はそれ以後のこととなります。
「銘板」と「名板」から得られる情報をすり合わせると、製造されたのは1961年以前で設置されたのは1967年以後となります。
しかし、これだと製造から設置までの最低5年間もの空白の時期が生まれてしまいます。
その間、この柱はどこでどうしていたんでしょう?
柱は1961年以前に設置されていて、「名板」は1967年以後につけられたものだと考えるとすっきりしますが、根拠がありません。
いったいいつからこの街灯柱は立っていたのでしょうか?
「はてな」が「はてな」をよんできてしまいました。
情報をお待ちしています。

※おまけ
市街地の街灯のほとんどがLED化されています。
省メンテや省エネに優れるLED化の波が周辺部にも及ぶことを願います。






最終更新日  2019年07月23日 13時22分07秒
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