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やまなしブランド公式ブログ 山梨県知事と職員のブログ~やまなしものがたり

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週末連載 ビタミンやまなし ジュエリー物語

Jul 31, 2010
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『これは親に手伝ってもらったな』 松沢安行 ワイズジュエリー
(第11話)

経営者としての夢

 松沢さんの会社は、組合に入っていない。ただ同じ種類の貴金属を扱っているだけで、一色単にくくられるのをとても嫌う。たまたま、貴金属の範ちゅうに入るわけだが、形態がまるで違うというのだ。松沢さんところは、やはりクリエイティブが先行して、それが会社の経営を成り立たせている。その松沢さんが、経営者としての夢を語る。

「今のものづくりのスタイルからいっても、他の会社のようにいろんな形で分業して規模を大きくしていくということはできないと思うんです。また、そうしてしまうと駄目になってしまうという気もしています。それより、イタリアの中小企業みたいに、小さくてもキラリと光るような会社にしたいですね」

「小さい。でもそれでいて、それぞれの人が、大きいところより充実した、満足した収入と生活ができるということを目標にしたいなと思うんです。経営者の立場としてはね。デザイナーとしては、またちょっと違うかも知れないけれどね」

 そんな企業があちこちにできれば素敵だ。甲府にこんな会社が10社できれば本当のジュエリーの産地として情報発信ができていくに違いない。

 それにしても、やりたいことをやりながら経営的にも成立しているのは理想で、現実は違うとよくいわれる。でも、理想は追い求めないと近づかない。そして、近づいたかと思うとまた遠のいてしまう。いつから私たちは、この夢をあきらめてしまったのか。松沢さんの姿は、私たちにこの夢の実現をあきらめるなと語っているようだ。

(終わり)






最終更新日  Jul 31, 2010 07:42:36 AM

Jul 25, 2010
みなさま こんにちは
週末編集長の仲田です。

山梨のジュエリーブランド「Koo-fu(クーフー)」は以前ご紹介しましたが、
今回は、同じようにお客様に近づく流れとして「ジュエリーコンシェルジュ」をご紹介します。

お客様が持っている希望やちょっとしたお悩みにお答えするのがコンシェルジュです。
ホテルのロビーにいて、ホテルでのご要望や周辺地域の観光案内などをしてくれる方です。

ジュエリーコンシェルジュとは、そんなコンシェルジュのジュエリー版です。

こんな考え方でジュエリーコンシェルジュを展開しているのが、甲府の篠原貿易です。

篠原貿易といえば、甲府のジュエリー会社のなかでも老舗中の老舗。
創業95周年の老舗会社がお客様に提案するのが、プロとしてのジュエリーの知識です。

「持っているジュエリーをリフォームしたい…」
「結婚式に呼ばれたのだけれど着けていくジュエリ-をどうしよう…」
などのご質問にお答えいただけます。

また、次のような宝石についてのご質問にもお答えしています。

「次の3種類のダイアモンドがあります。

 (1)0.330CTS. D、VVS1、3EXHC
 (2)0.420CTS. F、VS1、Excellent
 (3)0.505CTS. H、SI2、Very Good

 この3つはどれも20万円のご予算で買う事が出来ます。
 皆さんはどれを選ばれますか?」


詳しくはこちらのページをご覧ください。
http://jewelryconcierge.jp/

どうぞ、お気軽にご問い合わせくださいませ。






最終更新日  Jul 25, 2010 10:51:31 PM

『これは親に手伝ってもらったな』 松沢安行 ワイズジュエリー
(第10話)

売りたくないデザイン

 惚れ込む。そういうジュエリーができることがある。自分が欲しくなるようなものができる。手放すのが惜しくなる瞬間だ。

「ちょっとした組み合わせで、ものすごくよくなるのがある。思いがけずにね。デザイン画の段階では、まだそこまでわからないけれど、実際に出てきたものが自分が想像している以上にいいとき。売りたくないなあという感じになるじゃないですか」

「そういうものはお客さんも欲しい。だから、すぐ売れてしまう。でも、これ売れればいいなあというのは残るんです」

 仕入れの失敗とかもたまにはあるから、ちょっとこれはというものも確かにできる。何かの機会に売れればいいなあなんて思うらしい。けれど、そういうのはやはり売れない。これは売りたくないなあとか、もったいないなあとか、売れないでいるといいなあとか思うとあっという間に売れてしまう。

 プレゼントの時、自分が欲しくて、これを人にやったらもったいなあと思うものをあげると喜ばれる。『好きだからあげる』という感覚。儀礼ではなく、僕が好きだからあげる。まさしくそういう関係が松沢さんとお客さんとの間ででききているなと感じる。

(続く)






最終更新日  Jul 25, 2010 12:04:51 AM

Jul 24, 2010
みなさん こんにちは
週末編集長の仲田です。

《ビタミンJ》山梨ジュエリー物語の続きです。


 
『これは親に手伝ってもらったな』 松沢安行 ワイズジュエリー
(第9話)


 実際に商品やデザイン画を見せてもらいながら引き続きお話を伺った。

▼これは何ですか。

「これは、たまたま細かく出た結晶が1つに固まった原石です。トルマリンです」

▼このデザイン画は結構よく描いてあるんじゃないですか。

「そうですね、これはラフじゃなくて、お客さんにあげるやつです」

▼今までの松沢さんのイメージとだいぶ違いますね。どちらかというと繊細という感じだったんですが、これらはオーガニックという感じですね。これでは、本当に作るのに時間がかかる。

「この前、徳島に行ったら、大きなコーナーで松沢安行個展と書いてあったんですよ。メインに出してくれたのはいいけれど、商品がちょっとしかなかったんですよ。前の展示会でほとんど売れちゃって、テーブルに全部で70個くらいしかなくて。申し訳ないことですけれどそういうこともあります」

▼普通は個展とかいうと、どれくらい持って行くんですか。

「100から150くらい。150あればいい方です。テーブルの広さにもよりますけれど、だいたいそのくらいあれば、1つの形が作れるんですけれどね」

▼ただデザインだけがいいというのではなくて、流通も変えてきていますね。今、ほとんど問屋さんには卸してないんですか。

「問屋さんもあるけれど、問屋さんでも、やはり松沢ブランドを意識してくれています。それのほうが売れるんです。」

▼それが価値なんでしょうね。

「支払いにしても、うちでは現金ですよと言うと、『わかりました、いいですよ』となるんです」

▼そういうふうに、問屋さんにきちんとものが言えるようになるというのがいいですね。
「デザインについても、始めはそういう展示会に出すということ以前に、問屋さんが仕入れてくれそうなものをデザインするということの方が多かったから、今とデザインの傾向が違いましたね」

▼でも今は、デザイン中心でできる。

「そうするべきものだと思いますけどね、宝飾品なんて。身に着けて心を豊かにするものなんですもの。そういう思いで作らないとね。なんでもいいから、とりあえず売って、手形をもらってなんていうものではないはずですもの。とりあえず儲かればってのは、宝石とか貴金属とかではなくてもいいんですもの。そんな人たちの商売を見ていると、別に不動産でも何でもいいという感じがします。それがたまたま宝石というだけのことなんですね」

▼松沢さんのようなスタイルで仕事をしている人は増えているんですか。

「直接はよく知らないんですけれども、県内ではスタジオ清田。清田さんという人がデザイナーブランドでけっこうやっていますね。その人は、白金工房でやっていた人で、どちらかといえば職人さんなんですが」

(続く)






最終更新日  Jul 25, 2010 12:01:07 AM

Jul 19, 2010
『これは親に手伝ってもらったな』 松沢安行 ワイズジュエリー
(第8話)

4 トータルなデザインへ

仕入れから始まるデザイン


 自分で思ったとおりのものを作れるというのは、やはり自分が経営者という立場にいるからだ。普通の会社では、仕入れの担当者が石屋さんと交渉して、本当は5万円のところ3万円だからと仕入れる。そして、それをデザイナーにデザインさせ、職人が作る。そして、営業がその商品を売るという役割分担になっている。

「うちでは、石屋さんが『これは安い』と言っても、イメージのわかないものは買わないし、多少高くてもこれはおもしろいとなれば買う。よそでは買わないというようなものでも買います。そういふうに仕入れからできるということが、こういう小さい規模でやっているメリットなんです」

 松沢さんのところのように、仕入れから直接売るところまでをデザイン中心でやっているところは日本ではまだあまりない。本当は、装身具、宝飾品というのは、そういうものだろう。とういのも、今お客さんが求めているのは、50万円という価値のある石ではなく、自分を表現するのに必要なデザインだからである。

「ちょっと優秀なのが一人いましてね。今デザインはもちろん仕入れとかいろいろなことをトータルに勉強させています。石川宝石にいたときには、自由にやらせてもらったといってもやっぱりデザインだけなんですね。それで、トータルに覚えるのに15年かかったという感じなんです」

 宝石デザインにおいてはジュエリーに物語性を持たせることが命であるため、仕入れから販売まで全部の知識がないクオリティの高い物語が生まれない。言い換えると、トータルに物事を捉えるなかで、クリエイティブなデザインが生まれるといってもいい。

 今はマーケティング重視の傾向が強すぎる感がある。本来、数字はそれだけでは語りはしない。売れたか売れないかというのは、数字はちゃんと示すが、これがいけそうだというのを示すことはない。それは数字以外のところで読み取るしかない。だから、デザインの段階で売れるなという感触があるというのはとても大事なことだ。

(続く)






最終更新日  Jul 19, 2010 08:53:05 AM

Jul 18, 2010
《ビタミンJ》山梨ジュエリー物語 (番外編)

今回は、9月にリニューアルオープンする「県立宝石美術専門学校」についてご紹介します。



1981年4月、山梨県立宝石美術専門学校は、山梨県の地場産業であるジュエリー産業に向けた人材育成を目的に開校した全国唯一の公立のジュエリー専門学校です。

校舎は甲府市の愛宕山中腹にありますが、今年の9月に、甲府駅から徒歩10分の甲府市市街地のど真ん中にある、再開発ビル「ココリ(KoKori)」に移転します。


宝石学校


創立以来30年間で、1千人を超えるジュエリーマン、ジュエリーウーマンを輩出してきました。


特に、2007年に行った学校改革では、県内のジュエリー業界と連携して、授業に多数のプロフェッショナルの講師が指導してくれますので、実践的な経験を積むことができるようになりました。

宝石研磨、貴金属加工、宝石鑑別の基礎実技に加え、CAD等を使ったデザインやマーケティングまでの知識も身につけることができます。

コンピュータ室 宝石研磨室
貴金属加工室 デザイン室
写真提供:山梨県立宝石美術専門学校


このほか、夜間制の短期講座「高度技術専門コース」が新設され、卒業後にも最先端のCADなど専門技術を学べるようになりました。


来年度入学の出願期間は、推薦、一般とも9月からとなっています。詳細は学校のホームページでご確認ください。






最終更新日  Jul 18, 2010 11:36:32 PM

『これは親に手伝ってもらったな』 松沢安行 ワイズジュエリー
(第7話)

チャレンジ精神を忘れていた

 1980年、宝石業界に入った松沢さんはその恵まれた環境を生かし、その後10年間、あらゆるコンテストに入賞する。しかし、このようなコンテストは、通常は上に上がるためのステップ、いわば登竜門とされ、己の地位を固めるための基盤作りと思われている。松沢さんもそう思いある時を境に出品をやめた。

「7,8年前、アメリカの大学にデザイン留学したんですね。そのときに、向こうの大学の教授が自分で一生懸命作って、コンテストへ出しているのを見たんです。教授だから、そんなものばからしくて出さないよなんていうのではなくて、いつでもチャレンジする精神みたいなものを持っているんですね」

 それを強く感じていたため、何年かぶりに、この前コンテストに出した。おかげさまで下のほうの賞だけど入りましたと、松沢さんは照れ笑いを浮かべた。

 本来、コンテストの本質としては時代に対する問いかけみたいなものがある。そういうところを見失い、例えば、ある程度キャリアを積んでくると、こいつに審査されるんじゃたまらないという考えの方が大きくなってくる。そんなことで、年数を重ねてくると出さなくなってくる。

 出さないだけならまだいいが、それは、えてして新しいものを作り上げようとするチャレンジする気持ちまで失うことにつながる。自分で結果を決めてしまえば新しいものが生まれるはずもない。これは、コンテストだけではなく、人生そのものにもいえることだろう。

 そのチャレンジ精神に、松沢さんの商品作りへの強い意志の一端を垣間見た。

(続く)






最終更新日  Jul 18, 2010 12:19:19 AM

Jul 17, 2010
みなさん こんにちは
週末編集長の仲田です。

《ビタミンJ》山梨ジュエリー物語の続きです。


 
『これは親に手伝ってもらったな』 松沢安行 ワイズジュエリー
(第6話)

3 個性的なデザインの裏舞台

デザイナーとして育つ


 大学を出た松沢さんは、知り合いの紹介で石川宝石に就職する。山梨で働くことだけを考えての就職だったが、これが松沢さんを大きく育てることになる。当時、石川宝石はミキモトのデザイン室長の小竹さんを招聘し、デザインに力を入れはじめていた。山梨でそういう環境がある会社は、石川宝石だけだった。

 石川宝石では、入って1、2年は、勉強期間というような感じがあり、職人も親方について勉強したし、デザイナーも師匠について勉強した。だから、職人も腕がよくなったし、デザイナーも仕事ができるようになった。




▼松沢さんのデザインで一番印象に残っているのは、石川宝石の時の網の目のような繊細なブローチなんです。あのイメージはすごく鮮烈でした。あれは作るのに難しいらしいですね。

「難しいですね。当時は自由にいろいろやらせてもらっていました。サラリーマンとは思えないようにやっていましたから」

▼そうですか。よかったですね。

「でも、そうでないと、やっぱりダメなんですね。本当はサラリーマンでも」

▼クリエイティブな仕事についてはたぶんそうだろうと思いますね。そして、そのことについてはそれなりに自分の中である論理があるんです。例えば、じっと机についていたら、もったいないじゃないですか。今日は仕事が済んで、時間がぽっと空いているとする。そしたら、じっと机についていてもしょうがないから、いい加減にして外に出る。これのほうが、ずっとクリエイティブな結果につながりますね。こちらの方が会社のためであると。

「やはり、どちらかというと感覚的フリーだったり、心のフリーだったり、そういうことですよね。それが大事だと思います。それがないとクリエイティブになんかなれませんよ」

▼1つデザインを考えるのも作るのにも、実はその裏にはとんでもないくらいの時間がかかる。その時間をいかにつくっていくかということなんでしょうね。




 しかし、現実には部分的な仕事だけを任せ、結果的にそれだけしかできないというような分業のシステムになっているところが多い。

「うちの会社でちょっと作るほうを増員したいなんて思って求人なんか出すでしょう。それで応募に来ても、何をやっていたかといえば、指輪のこの部分を作ることをやっていましたと。そういうことしかできない。うちなんか全部できなきゃダメだから、『経験が10年あります』なんて言ってきたって、全然使えないんです」

 松永真というグラフィックのデザイナーが資生堂にいたころ、やはり2年間くらい、毎日、資生堂のロゴばかり描かされた。そういう教育は、今は少なくなっている。大企業でも即戦力。だから、みんなちまちまし、トータルに考え行動できなくなっているのではないか。

(続く)






最終更新日  Jul 17, 2010 11:27:13 AM

Jul 11, 2010
『これは親に手伝ってもらったな』 松沢安行 ワイズジュエリー
(第5話)

デザインの原点

▼デザインは、どういうところから生まれるんですか。何かきっかけのイメージとかがあるんですか。これは、こういう思いでデザインしたんだよと。偶然にあなたをイメージしていたのかもなんてね。

「時と場合によりますけれども、今は、素材から入っていくことが多いですね。石がなんかおもしろいと、こうすればものすごくおもしろくなるなとか。石がそれぞれ持っている個性があって、そこからデザインすることが多いです。企業の中にいた時はそんなわけにはいきませんから、何もないところからデザインするものと、お客さんが持っているものをデザインするとか、3種類くらいパターンがありましたが、今はもう自分勝手にやっていますから、素材から入ることのほうが多いですね」

▼お客さんのイメージからデザインするということはないんですか。

「なかなかそこまではね。本当はそこまでいければいいかも知れないけれど。基本的な年代層、年齢層というのは、もちろんありますけれどね」


 ワイズを設立してまもなく、住宅街の狭い路地に面した会社で会った松沢さんとは雰囲気がだいぶ違う。そのときの会社案内には『あなたの会社にもう一人のデザイナーを』というようなコピーがあったのを記憶している。大海の中に突然投げ出され、夢と現実の間でさまよっている姿がそこにはあった。そんな状況からわずか4年、夢が実現に向かい始めている。

 最初は、石川宝石の頃から松沢さんのデザインが好きだというお客さんが中心だったという。そうこうするうちに、個性的なデザインを展示会なんかで見て、うちでも扱いたいというような小売屋さんが多くなってくる。そして、今では日本全国から招待されるようになった。逆に、日程が重なったりして、ずいぶん断わらざるをえない様にまでなっっている。それでも、展示会にはできるだけ松沢さんが行くようにしている。

「本人がいると、やはり買う人も違うんですね。納得してくれるんです。何といったって、『めぐり合った』という感覚でお客さんは買うから、デザイナーの顔が見えると安心するんでしょうね」

(続く)






最終更新日  Jul 11, 2010 08:20:20 AM

Jul 10, 2010
『これは親に手伝ってもらったな』 松沢安行 ワイズジュエリー
(第4話)

オートクチュールに近い

▼松沢さんのところではどのくらいの値段の商品が出ているんですか。

「デザイナーブランドの中では、うちはかなり安いんですよ。30万円から150万円くらいの間かな。一番多いのが50万円くらいですね。そのくらいが、やはり売れますよ」

「今まで、宝石デザイナーの中では神様的存在の人がいて、そういう人のものというのは妙に高いんですよ。100万、200万なんてね。1個買えばもう何年も買えないような値段なんです。やはり僕が作るものとすれば、お客さんに日常使って満足してもらうという意味でも、値段的な問題だってあるはずだから…」


▼そうそう。そういうラインなんです。30万、40万、50万というのはね。ちょっとがんばるか、ちょっと倹約するかね。そしてまた来年買おうと。やはりコストと、そのデザインのおしゃれ感覚とか雰囲気とか、そのへんとは関係していますものね。いくら気に入ったって、やはり200万は出せないというのはありますね。

▼月にどのくらい作るんですか。

「点数で200点くらい。いえ、そんなにいってない。150点くらいかな」 

▼でも、月150でも大変ですね。

「一点ものばかりでもないんですけれどね。お客さんの石を預かって、オーダーメイドみたいなものとかね。そういうのもありますからね。それにしても、ほとんどは1点もの。だから、上で5人が1日1個以上は作る計算にはなりますね。それが全部、展示会で出せるような商品ばかりじゃいいんですけれど、お客さんの注文でオーダーメイドで作ったりしたものは、在庫として残らないじゃないですか。そういうものがわりと多くなってきました」

▼規模拡大についてはどうなんでしょう。

「洋服のデザインとは違って、やはり1個ものでしょう。だから、デザインを展開していって量産できるものとは違うんです」

▼そういう意味では、オートクチュールに近いですよね。デザイナーが素材から縫製からファッションショーまでやるように。そして、ショーに来た人がその服を注文したりして。

松沢さんの作品(歪んだ真珠)
松沢さんの作品






最終更新日  Jul 10, 2010 10:28:00 AM

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