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ぎふっ子くらぶ

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県庁とっておき情報(イベント・施設・研修)

January 15, 2015
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こんにちは、飛騨農林事務所です。

 

飛騨高山、冬の名物市二十四日市雪

当事務所では、二十四日市にあわせて今年もアレうたてぇな飛騨の味を開催しますウィンク

7回目になる今回は、飛騨産イノシシ肉農林産物をふんだんに使った飛騨のジビエ鍋無料で提供いたしますOK

 

ジビエ」とは狩猟で得た天然の野生鳥獣の食肉を意味するフランス語です。

日本でも、田畑を荒らすシカやイノシシなどを狩猟や有害捕獲したあと、廃棄するのではなく美味しく有効活用する取り組みがされていますびっくり

 

うたてぇな」とは「ありがたい」という意味で使われる飛騨の方言ですスマイル

飛騨の農家や農林産物、そしてイノシシへの感謝の気持ちを込めた飛騨のジビエ鍋を食べてみませんか?

二十四日市にお越しの際には、ぜひお立ち寄りください音符

 

(写真は昨年度行ったイベントの様子)

なべ拡大314x235.jpg 顔ぼかし314x235.jpg

また、会場には飛騨農林事務所の活動パネルを展示しますので、あわせてご覧くださいバイバイ

 

【開催日】  

 平成27年1月24日(土)

 第1部 11:00~

 第2部 13:00~

 ※申し訳ありませんが、食材が無くなり次第終了します。
  また、悪天候の場合中止となる場合もありますのでご了承ください。

 

【開催場所】 

 岐阜県高山市八軒町1-5 高山陣屋前広場にて

 

【主  催】 

 岐阜県土地改良事業団体連合会飛騨支部

 飛騨農林事務所

 

【お問い合わせ先】

 岐阜県飛騨農林事務所 アレうたてぇな飛騨の味実行委員会事務局

 TEL 0577-33-1111






Last updated  January 15, 2015 04:10:44 PM

January 6, 2015
 

○笹尾山 石田三成陣跡○

【優れた点・参考にしたい点】

・実際とは異なるということだが、馬防策は雰囲気が出て非常に良い

・見晴らしが良く、音声案内付きの陣地表示図もあり古戦場の中で一番の見所といわれるとおりで、よく整備されている

・整備もされていて、見晴らしも良く(古戦場が一望)、音声ガイドや交流館での甲冑体験など常に人を受け入れることができる場所となっている

【改善・改良が必要と思われる点】

・案内板の表示が写真と実景と差がありすぎてイメージがわかないので、同じ描写にし、各陣がより明確に表示してあるとよい

・眺望良さと眼下に田んぼが広がるシチュエーションを利用して、田んぼアートや夜にキャンドルライト点灯などのイベント(各武将の家紋などをデザイン)ができればよい

・健康な人にとっては程よい登り道だが、体力が弱っていると登頂することが困難

視察12.jpg 視察13.jpg

 

○東首塚○

【優れた点・参考にしたい点】

・役場からは近く行きやすい

【改善・改良が必要と思われる点】

・説明を受けないと見逃してしまいそうなので、案内板などを目立たせたほうがよい

 ※車窓からの見学のため写真なし

 

○関ヶ原駅前○

【優れた点・参考にしたい点】

・59名のボランティア登録者に当番制で案内をしていただいている。地元のマンパワーを有効利用している

・スタンプラリーは家紋のスタンプなので制覇すると家紋もわかり、達成感もある

・伊吹山へのバスが出ていること→連動した観光資源とならないか

【改善・改良が必要と思われる点】

・商店街的な盛り上がりが欲しい

・バス等を使って周遊コースがあるといい(例、関ヶ原合戦コース・壬申の乱コース等)

・鳥瞰図の地点名称表示が色分けされておらず分かりづらい。関ケ原合戦(東西軍等)、壬申の乱、その他で色分けした方が良いと思う。

視察14.jpg 視察15.jpg

 

○大谷吉継陣跡○

【優れた点・参考にしたい点】

・地元住民の主導で整備されたといわれる眺望地がとてもきれいで、大谷吉継の小早川秀秋に対するエピソードが感じられるよう整備されており、すばらしい

 ※ほか、地元民主導の整備を称賛する声多数。

【改善・改良が必要と思われる点】

・山頂にある陣跡まで、道が狭く、わかりにくい。道標は目立たせなくてはならない一方で、景観になじむ色やデザインである必要もあり、難しい

・バスツアーとして考えると、ポイントまで登るのに何分かかるかなど、その都度あらかじめ知らされると心構えができてよかった

・通りがかりの、谷の辺りに甲冑を置いておき、時折視界に入ったら合戦の雰囲気が出て楽しいのでは

視察16.jpg 視察17.jpg

 

○開戦地○

【優れた点・参考にしたい点】

・周辺は田園風景(耕作放棄地等)が広がっている。大通りも面していないため特に田舎の風情を感じられる

【改善・改良が必要と思われる点】

・開戦地としてイメージできるものがあると良い

・わかりにくい場所にある。(見逃してしまう可能性)

 ※車窓からの見学のため写真なし

 

○考察○

以前、震災復興と文化財保全の対立に関わる新聞記事を読んだことがあります。

記事の内容は朧げですが、おおむね以下のとおりと記憶しています。

~東日本大震災で津波の被害を受けた岩手県大船渡市の住民らが近隣高台の草地に住居移転しようとしたところ、移転候補地が国指定の史跡(蛸ノ浦貝塚)とされていたため、文化庁の許可を得られなかった。同貝塚は一見荒れ放題の草地であり、近隣住民でさえも史跡であるとほとんど認識しておらず「住民の生活を犠牲にするほど価値のあるものなのか」と不満が噴出した~

 

関ヶ原町でも、40年ほど前に史跡指定地と土地利用を巡る騒動があったそうです。町内中心部の広大な史跡指定地について、自由に使いたい土地所有者と開発を進めたい町が一体となり、史跡指定範囲の縮小あるいは全面解除を文化庁に訴えたのです。

 

ここで、大船渡とかつての関ヶ原に共通して言えたのは、地域全体が必ずしも文化財を共有財産と評価していなかったということです。保全と開発の是非はともかく、文化財が邪魔者扱いされ地元と文化庁がモメるという構図には、共存の道を探ろうという視点が欠けていたように思えます。文化財を取るか自分たちの生活を取るかの他に、文化財を自分たちの生活にどう組み込むか、という選択肢もあってよかったのではないでしょうか。少なくとも、古戦場を軸にした観光地化を考えるうえで、両者の対立が望ましいとは言えません。

 

今回の視察では、その点について関ヶ原に光明を見出すことができました。

現在関ヶ原では、合戦当時の姿を変えることなく、ありのままの古戦場に人を呼ぶ取り組みが行われています。たとえば、AR機能を搭載したナビアプリの開発、廃校を利用したグッズ販売や甲冑体験、笹尾山交流広場での武将隊パフォーマンスなどがそうです。この取り組みは地域の中にも浸透してきており、関ヶ原全体の「おもてなし」意識の高まりを感じます。幸運なことに、今、ハード面の整備が制限されるといった長年の課題が「保存状態がいい」として戦国マニアに歓迎される傾向もあります。こうした風潮に最大限適応した現在の関ヶ原の方針は、地域全体の力で保全と開発のバランスが保たれた、持続可能なものだといえるのではないでしょうか。

 

始めに述べたとおり、古戦場に手を加えず「魅せる」ことは、関ヶ原の長年の課題とされていました。しかし、視察中裏話を添えて解説してくれる役場の方はとてもエネルギッシュで、史跡利用の難しさをネガティブに捉えている様子はありませんでした。官民問わず、こうした人々のリードがあれば、関ヶ原は魅力的な観光地として発信されていくのだと思います。県振興局の観光担当者として、微力でも彼らの助けができれば幸いです。







Last updated  January 6, 2015 11:03:15 AM

January 5, 2015
 

みなさん、あけましておめでとうございます!西濃振興局です。

 

西濃振興局では今年度から、西濃管内市町(大垣市、海津市、養老町、垂井町、関ヶ原町、神戸町、輪之内町、安八町)の観光担当者を呼び集め、観光施策の情報交換のため定期的に会議を行っています。今回、その会議の一環として第1回目の現場視察関ヶ原合同視察を行いましたので、その取組についてご紹介させていただきます。

 

まずはじめに、歴史ファンの方もそうでない方も、関ヶ原の名前は学校の授業で一度は耳にしたことがあろうと思います。読んで字のごとく、関ヶ原は関ヶ原の戦いの舞台として非常に有名です。教科書や参考書では、慶長5年9月15日、美濃関ヶ原で徳川家康率いる東軍と石田三成率いる西軍によって繰り広げられた天下分け目の戦いなどと解説されています。

 

さて、その当時の古戦場は、歴史的価値を鑑みて現在も国の史跡指定地としてかつての姿のまま保存されています。「史跡指定」とは、文化財保護法(以下、法)が定める保護規定の一種であり、法第109条1項(文部科学大臣は、記念物のうち重要なものを史跡、名勝又は天然記念物に指定することができる。)が根拠となっています。この史跡指定を受けることにより現状の変更に文化庁の許可が必要(法第43条)となるため、古戦場の全面指定地化は実質上、開発防止の規制として機能しているのです。

 

ところが関ヶ原の場合、この史跡指定により古戦場を軸にした観光地化が制限されることが長年の課題となっています。古戦場という文化財の性質上、寺院仏閣や城郭といったシンボリックな建造物はありません。そのため観光客が古戦場らしさをイメージできるような演出をしたいところですが、公園化や可視的なモノの設置といった行為は上述の現状変更にあたり、自由に行えないのです。同様に、観光客を呼び込むうえで必須となる駐車場・休憩施設の設置や、景観上不要と思われる建築物等の撤去も、自由に行うことができません。

 

こうした制約の中、関ヶ原町は現状許される限りの方法を捻り出しながら、古戦場を用いた観光振興に力を注いでいます。そこで今回、古戦場全体がどのように整備・利用されているのかなどについて、管内市町の職員が自らの観光施策の参考に、あるいは今後の広域連携に向けて理解を深めていくことを目的に、合同視察会を企画するに至りました。

 

堅苦しくなりましたが、平たく言えば、↓こんな感じや↓、

視察1.jpg

↓こんな感じで↓、

視察2.jpg

みんなで現地を体感してみよう!というのが今回のお話。。。

掲載にあたり、本ブログをご覧の皆様にも県・市町の観光担当者の取り組みを知っていただき、西濃圏域の観光地・観光施策に興味を持っていただけたら幸いでございます。

 

さて、当日のコースですが、以下の行程で回りました。

歴史民俗資料館徳川家康最後陣跡徳川家康最初陣跡岡山烽火場決戦地笹尾山石田三成陣跡東首塚関ヶ原駅前大谷吉継陣跡開戦地

文量の都合上、全ての紹介はできませんが、意見交換で出た内容(参考にすべき点、改善が必要な点、等)を中心にお伝えいたしますので、今しばらくお付き合いください。

 

○歴史民俗資料館○

【優れた点・参考にしたい点】

・小中学生向けに検定問題を作成実施し、子どもたちの歴史理解を深めている

・AR(=Augmented Reality:拡張現実。知覚情報にデジタル情報を付加する技術のこと)を利用した観光案内サービスの活用を行っている

・ジオラマは日本語の他、英語・韓国語に対応しており、外国人観光客の対応がされている

【改善・改良が必要と思われる点】

・歴史好き、大人なら理解できると思うが、専門用語が多く、小中学生には難しいのでは

・関ヶ原合戦、壬申の乱、それぞれ主人公を中心にソフトを作れば、費用はかかるが、入館料に見合う内容になり、リピーターが増えるのではないか

・はがきが少なかったように思う。歴史好きなら、消印が「関ヶ原」のはがきを友人に送りたいと思う人も少なくないと思う。資料館に鎧の形のポスト(鎧の口の部分がポストになっているイメージ)を置いて、そこに投函すれば関ヶ原消印がつく、というサービスがあればおもしろいのでは

視察3.jpg 視察4.jpg 

 

○徳川家康最後陣跡○

【優れた点・参考にしたい点】

・芝生が整備されている

・首検場であった地とされていることから、現状のとおりひっそりとした状態が合う

・徳川家康が敵の首を改めている絵を描いた看板から、当時の様子が分かった

【改善・改良が必要と思われる点】

・道路を挟んだ歴史民俗資料館からの、動線、誘導ルートが確立していない

・古戦場とは無関係なもの(遊具、空き家等)が多く存在していて、現場にいても実感がわかない

・関ヶ原の戦いのキーポイントである小早川秀秋の裏切りを促す威嚇射撃のエピソードは、もっとPRすべきと感じる

視察5.jpg 視察6.jpg

 

○徳川家康最初陣跡○

【優れた点・参考にしたい点】

・家康がなぜ桃配山に陣を敷いたかのエピソードが興味深い(案内板有)

【改善・改良が必要と思われる点】

・駐車場から陣跡へ行くのに、国道21号線を渡るのが危ない(駐車場も借地ということで難しさはあるが)

・戦況がわかりづらく陣地を移動したといわれる最初陣跡だが、木々や国道、新幹線によりそれも確認できない状況が残念に感じる

・徳川家康ののぼりが真っ白だったエピソードを再現したほうが、興味を持つと思われる

視察7.jpg 視察8.jpg

 

○岡山烽火場○

【優れた点・参考にしたい点】

・烽火場に選ばれた理由の「見晴らしの良さ」が感じられるように整備されている(高層マンション建設中止を働きかけるなど努力されている)

・松尾山にものぼり旗を立てて、陣地がわかるようにされている

・屋根付きの休憩するところがあり、景色を眺めながら時間を過ごすことができるのでよい

【改善・改良が必要と思われる点】

・竹の葉は風情があるが、急斜面なのですべって転倒しそう

・町内の史跡案内図(今須方面含む)が設置されていたが、そこから見えない個所も多く意味があまりないように思う。陣形図にした方がよいのでは

・現地までの誘導に難がある(民家の間の細い道を上がっていくが、わかりにくいのではないか)

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○決戦地○

【優れた点・参考にしたい点】

・田園の中にのぼりが立っていたので、位置は分かりやすい

・周りに何も無いことがかえって良い

【改善・改良が必要と思われる点】

・雰囲気がわかないので、もう少し臨場感がわくようになればよい

・田園風景の中にのぼりと記念碑があるだけなので、もう少し心に響く物がほしい

視察11.jpg

(2)へつづく…







Last updated  January 5, 2015 11:28:29 AM

December 18, 2014
 

こんにちは。東濃振興局恵那事務所ですスマイル

各地で雪が降り始め、この地域にそびえる恵那山にも雪がかぶり始めました雪

そんな中、12月7日(日)に東濃地区スポーツ少年団駅伝交流会が開催されましたマラソン

 

東濃地区のスポーツ少年団員がチームを組んで、恵那市まきがね公園に集いました。

総勢44チーム、440人!びっくり

選手だけでなく、父兄の方々、スポーツ少年団の指導者などもたくさん来場されました。

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交流会前日にかなり雪が降ったため開催が危ぶまれましたが、なんとか天気が持ち直してくれましたウィンク

この交流会では、1区間約1.1kmの周回コースを9周し、その速さを競います。

どれほどのタイムで走りぬけるのでしょうかうっしっし

 

そうこうしているうちにスタート!

寒い中、子どもたちは元気に駆け抜けていきますスニーカーダッシュダッシュ

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タスキ渡しも白熱!上向き矢印

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ちゃっかり、全国育樹祭のPRもされています。(緑色ののぼり旗です)あっかんべー

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全チーム無事にゴール!最も早いチームは約43分で走破とのこと。

4分強で1kmのペースですOK

入賞チームには賞状とメダルが授与されました王冠

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さて、走った子どもたちも、応援していた我々もお腹が減ってきました食事

今回は、恵那地域の道の駅にお願いして屋台を出していただきました!

豚汁やメンチカツ、ごへー餅などが販売されており、ご覧のとおり盛況でしたグッド

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午後からは、ジョギング教室が開催されました。

講師を務めたのは、岐阜県体育協会の小林史和先生。

なんと、1,000m、1,500m、2,000mの日本記録保持者なんです!びっくり

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そして、清流の国ぎふ・マスコットキャラクターミナモも駆けつけました音符

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ちなみに右側にいる2体は、恵那市のスポーツキャラクターハナッキーサリーナです(右がハナッキー、左がサリーナですよ)。

こちらもヨロシクねちょき

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腕を振るときは後ろまでしっかり引くこと、足は真下に下ろすこと、姿勢よく走ることなど、多くのアドバイスを子どもたちにしていただきました。

小林先生、ありがとうございました!目

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振り返れば、かなり中身の詰まった交流会だったと思います。

こういう場を通じてスポーツに親しみ、心身ともに健やかな子どもたちがふえればいいなーと感じましたオーケー







Last updated  December 18, 2014 11:18:08 AM

December 3, 2014
 

(2)水屋建築

輪中3.jpg

輪中景観を代表するものとしては、先ほど述べた堀田以外では、この水屋建築が有名です。

現在、堀田は完全に消失し見ることが出来ませんが、水屋建築は今なお各地に点在しています。

一般の方の住居のため中に立ち入ることはできませんが、どうしても中が気になるという方は、輪中生活館という単語を検索してみてください。

輪中生活館当時の住居そのもの(旧名和邸)を資料館として開放した施設で、輪中館のすぐ近くに位置しています。

もちろん、輪中館にも当時の住居(再現版)がございます。

内部の様子が細かく表現されているので、一見の価値あり。

下はその写真です。

輪中6.jpg

 

さて、水屋とは、母屋(=本来の住居)とは別の地盤の高いところに建てられる棟で、洪水の時の避難場所や、米や生活必需品を備蓄する倉庫としての役割を担っています。

輪中地域では母屋自体が石垣の上など高いところに建築されることも多かったようですが、洪水時の水位がそれを上回るとまた石垣を設け、より高い位置に水屋を建築していったようです。

この地域を歩くと敷地内の高低差が激しい住居が見受けられますが、そういった家はおそらく古くからある家で、先祖代々水害と戦ってきたのだと推察できます。

また、水屋は、利用目的、構造、資材などからいくつかに分類できるとのことですが、そのあたりの詳しい内容については、学習プリントをご参照ください。

 

 

(3)治水工事

写真は、かつての治水工事の様子を写しています。

輪中4.jpg

 

木曽三川の治水工事は、豊臣秀吉の時代に木曽川の堤防が作られたことが始まりといわれています。

明治時代にデレーケらオランダ技師団が来日するまでは河川改修の技術が確立されておらず、当時の治水工事は非常に難易度が高いものでした。

さらに、「堤防を築く」ことには軍略上の事情や輪中間の対立が絡むなどし、工事の遅延や難航に拍車をかけることもありました。

たとえば、徳川幕府が創設した尾張藩は木曽川右岸に位置していましたが、対岸の美濃側の堤防を尾張側より3尺(=約90cm)低く築造するよう命じたのです。

このため、木曽川破堤の9割以上が美濃側に集中し、計画の中断や変更を余儀なくされました。

また、輪中が密集すると遊水池が減少し、それ以外の地域もしくは相対的に低い輪中が洪水に遭うリスクが高まるため、輪中の人々は新たな輪中の建設には強く反対したそうです。(松枝輪中の例が有名)

下の写真は、そんな輪中形成の歴史を年表にしたものです。

輪中7.jpg

 

個人的には、「輪中」に関する歴史の中では、当時の人々の利害や思惑が入り乱れる部分に一番見応えを感じます。

輪中館では、ヨハネス・デレーケをはじめ、平田靭負と薩摩義士金森吉次郎ら治水事業に尽力した人々の足跡も学習することが出来ます。

この機会にぜひ、彼らが織りなすドラマに触れてみてはいかがでしょうか。

 

 

さて、写真をもとに輪中館について少しばかり紹介させていただきましたが、輪中の歴史を掘り下げていくと、まだまだたくさんの「なるほど!」が出てきます。

ぜひ足を運んで、館内を隅々まで歩いてみてください。

さらに、輪中間には充実した資料だけではなく、とても博識で話し上手な館長さんもいらっしゃるので、ガイドをお願いしてみましょう。(私は感銘を受けました。)

輪中文化が西濃地域にとどまらず、岐阜県全域の、日常のさまざまな部分に影響を与えていることを教えてくださいます。

郷土についてさらに知識を深めたい方夏休みの研究課題に悩んでいる方ぜひ一度、ご来館ください。

 

なお、すでに少し触れましたが、輪中館の近くには輪中生活館(写真参照)という施設もございます。

輪中8.jpg

こちらは実際の水屋建築を公開したもので、輪中館を補完する施設となっています。

外部から講師を招き、定期的に水まんじゅうづくり箱ずしづくり俳句大会なども行っているそうなので、ぜひご参加ください!!(詳細は、ホームページ等によりご確認ください)

 

 

輪中館

岐阜県大垣市入方2丁目1611番地1

0584-89-9292

館日:毎火曜日、祝日の翌日、年末年始

 

輪中生活館

岐阜県大垣市入方2丁目1723番地 

0584-89-6787

館日:土曜日、日曜日、祝日のみ ※平日開館は応相談







Last updated  December 3, 2014 11:32:49 AM

December 2, 2014
 

みなさん、こんにちは!西濃振興局です。

さて、今回のテーマは輪中館でございます。

輪中館とはその名のとおり輪中を学ぶための施設で、写真のとおり、一般の方から提供された当時の写真や生活用品、ジオラマや学習資料などにより輪中についての理解を深めることができる仕様になっています。

輪中1.jpg

 

ところで、そもそも輪中って何?という方のために。

我々は、河川が氾濫した時に住居が浸水しないようするために、河岸に堤防を建設します。

実は、この堤防にもいろいろと種類があるのです。

たとえば、堤防にあらかじめ切れ目を入れておくことで、決壊のリスクを減らし、排水をスムーズに行う霞堤。(かつて武田信玄が考案したそうです)

川の流れと直角方向に設置することで、流速の軽減、遊水池の確保を行う横堤。等々。

 

その堤防の1つに、輪中堤というものがあります。

輪中堤は一般に、集落や耕地の周囲を囲うように設けられた堤防のことを指しており、木曽三川下流域に分布しています。

つまり、輪中を定義すると、洪水による被害を防ぐため周囲一帯を堤防で覆い囲んだ集落、と言うことができます。

 

濃尾平野に位置する西濃地区は木曽三川や広大な自噴帯を有し、大垣などは古くから「水の都」と呼ばれていました。

その一方、標高が低く雨量が多いといった条件などが重なって、ひとたび河川が氾濫すると大規模な洪水となり、人々は対策を迫られました。

そこで考案されたのが輪中なのです。

西濃地域には、住居の造りや地名など、随所に水郷地帯であることを示す手がかりが残存しています。

普段はあまり意識しませんが、ふと通りがかった水防倉庫や水神さんなどの由来を知っていると、何げない風景が違ったものに見えるかもしれません。

旅行やイベントで西濃地区を訪れた時には、雑談のネタにもなります(*^_^*) 

 

今回は、そんな「輪中」について教えてくれる施設、輪中館について紹介させていただきます!

輪中専門の学習施設というだけあって、輪中館には各種資料が揃っています。

最初にも触れましたが、当時の堀田や住居の写真、生活用品(農具等)、集落のジオラマや学習プリントなどがそうです。

 

なお、本来は館内での撮影はできませんが、特別に許可を頂いて、その一部を写真に収めさせていただきました。

展示資料の中には当時実際に住んでみえた方からの寄贈品も多くあり、とてもリアリティがあります。

 

(1)集落ジオラマ

さて、小さくて判り辛いかもしれませんが、写真をご覧ください。

輪中2.jpg

 

集落箇所は限定されており、堤防で囲まれたエリアのほとんどが水田です。

今でこそ徳川将軍御膳米などが知られておりますが、海抜0メートル地帯ともいわれる輪中地域は高地からの悪水が溜まりやすく、もともと稲作に適しているわけではありません。

そこで江戸時代から、堀田(ほりた)の造成が始まりました。

堀田とは、田の一部の土を隣接箇所に積み上げて高くし、高低を設けたものをいいます。

高部で耕作、低部で排水と役割を分散させることで、それまで発生していた水損不作を防止できるのです。

 

イメージしづらい、という方は輪中館各所に置いてある学習プリントをご覧ください。

輪中5.jpg

各展示物の解説をしてくれるこのプリント、これが何とも分かりやすい。

ご来館の際はぜひ手に取ってみてください。

堀田についても、当時の写真を添えてわかりやすく解説されています。

 

話は飛びましたが、輪中を象徴するこの堀田は、昭和30~40年代に行われた土地開発事業により、今ではその姿を見ることができません。

しかし、輪中館では当時の堀田の写真が種類別に展示されており、その姿を確認することが出来ます。

一見、田んぼに見えないミステリアスな風貌をしていますが、迷路のような構造に思わず見入ってしまいます。

出来れば生で見たかった...

 

つづく







Last updated  December 2, 2014 12:02:32 PM

November 25, 2014
 

●決戦当日!!勝負の行方や如何に?●

さて、前日にレム睡眠とノンレム睡眠のサイクルを逆算し、すっきり爽快お目覚めの私。

まったく落ちる気がしないぜ、と高をくくるのは死亡フラグなのでやめておきましょう。

 

写真は、遅刻せず無事会場に到着されたミナモ氏。少し遅れて私も到着。

気合い入れすぎて3時間前に会場入りしちまったぜ(ぶっちぎり1着でした)。

今日はお互い頑張ろうな(^o^)丿

検定5.jpg

 

会場で勉強していると、ぽつり、ぽつりと他の受験者が来場。

隣の部屋には甲冑受験組も集まってきていました。

大学受験や公務員試験の時もそうでしたが、周りの受験者みんなが賢そうにみえる...

オーラが違います(((゜Д゜;)))

会場の空気に呑まれるとはこのことなんですね。

 

なお、試験直前の写真は著者の私が極度に集中していたため、あまりございません。あしからず。ゾーンというやつですね。ぞーん。

 

午後1時。試験説明や歴史系アーティストさくらゆきさんのイベントPRを経て、待ちに待った試験、いや決戦が始まりました。

がんばれ私!がんばれミナモ!

(※)下の写真は試験終了後に撮影したものです。

検定6.jpg

 

問題を開けてびっくり!

あっ!!この問題、ゼミでやった問題だ!!

...とはなりません。

10問目くらいまではスラスラ解答できたものの、

 

!?

なんか見たこともない写真(を答えさせる問題)がある...

 

城の写真が4枚あって、大垣城がどれかを答えさせる問題。

そういうのは城郭検定でやってくれ(=_=)

 

嫌な予感がしたため問題冊子をぱらぱらめくってみると、他にも写真問題や、ぱっと見でクエスチョンマークな問題がちらほら... ヤバい。

落ちたら今日はインフルエンザで欠席したと言い張りたいところですが、我が所属には私以外にも2人受験者がおりそれもできず(しかも同じ部屋でした)。

とにかくこれまでの自分を信じ、ヤケクソで解答しました。

ミナモ君、先に逝って待ってます...(;´Д`)

 

...

 

......

 

.........

 

回答やめ

 

試験官の合図で、ペンを置く私。

手ごたえとしては半々か?

まったく理解不能な問題はほぼなかったものの、最後の2択で解答を絞りきれない問題が結構ありました。合否や如何に。

なお、問題冊子は持ち帰り可能で、また出題も公式本に準拠しているため、会場を出ればすぐにでも自己採点可能です。結果通知を待ちきれない私はすぐに自己採点を始めました。ちなみに余裕のミナモ氏は、会場内の甲冑で記念撮影をしていました。あらかわいい。

検定7.jpg

 

 

さて。

自己採点も終了し、お待ちかねの結果が出ました。

ズバリ、その点数は...

89点!!!(*^_^*)

 

ふおおおおぉおおおお!!!!

受かった!!受かっとる!!天下取ったったどー!!

 

これがなんとまぁ、1/2や1/3で悩んだ問題がなぜかことごとく合っている!!体感では75点前後の戦いだったので、ある意味大金星!

友人のミナモ氏も、バッチリ合格を勝ち取られたそうです。やったね!!

受験してよかったな、と改めて思った1日でした。

 

 

●おわりに●

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

前にも述べましたが、私は日本史の知識がほぼ全くない、0からの状態で今回の検定に挑みました。受験を決めたのは、観光担当として知っておかなくてはならんだろうという義務感からで、積極的な好奇心で受験したわけではありません。

新しいこと、それも自分の興味範囲から逸れたことに挑戦するのはとてもエネルギーが要ることで、ややもすれば投げ出してもおかしくなかった、というのが正直なところです。

 

私がやる気になったのは、ある時勉強に飽きて公式本を机に放ったら、それがミネラルウォーターのペットボトルを倒して水浸しになり、本が「俺をもっと勉強してくれよ!!」と泣いているように見えたからです。

どうしてそんな風に見えたかは分かりませんが、その時に、この本の作成に関わった人達にすごく申し訳ないことをしたなぁ、という気持ちになりました。

 

本の販売にもそこに至るまでに様々な苦労があるように、私が今回学んできた関ヶ原の出来事ひとつひとつにも、教科書の文面からは判らない登場人物の苦悩、葛藤があったのだと思います。当時の人の気持ちをイメージしながら歴史を考えていく作業には、ただ試験のために暗記する作業と違って、とても人間味がありました。それに気づいてからは、この勉強を苦痛と思ったことはありません。

 

日本史アレルギーだった私の壁を破ってくれた関ヶ原検定

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Last updated  November 25, 2014 02:40:28 PM

November 20, 2014
 

みなさん、こんにちは!西濃振興局です。

 

さて、今回のテーマは関ヶ原検定でございます。

関ヶ原検定とは、今年から新しく始まったいわゆるご当地検定のひとつで、出題される問題は全100問、関ヶ原の戦いに関する知識オンリーが問われる、合戦マニアには垂涎ものの検定なのです!!

 

そんな検定を、このたび縁あって受験することになった私。(なぜだ??)

はっきりいって、まったく自信がありません。

高校の時残念な生徒だった私は、日本史の授業を抜け出して川に泳ぎに行ったり、卓球場に遊びに行ったりしていた記憶があります。(ちなみに日本史の先生は担任でした)

ということで、私の日本史レベルについてはお察しください。

 

 

準備期間が約1ヶ月と短いため、とりあえず公式の参考書をぱらぱらとめくってみる。

(筆者分身をミナモ氏にお願いしてあります)

検定1.jpg

ページをめくって衝撃を受けました。

 

武将ひとりも知らねぇ!!(;´Д`)

たかだかご当地検定と侮ることなかれ。これがなんとも難しいんです!!

1チャプターに5人、10人と武将が出てくるわけですが、ほとんど存じ上げません。

まったく、なぜ受験するなどと啖呵を切ったのか...

 

ひとまず、明日から本気出すと自分に言い聞かせ、心機一転ゲームをやりはじめた私。

この時、受験日まであと35日

以下、決戦までの奮戦記をご覧ください。。。

 

 

●受験日まであと30日。イマイチやる気が出ない日々●

突然ですが、みなさんは夏休みの宿題を毎日コツコツ計画的にやる派だったでしょうか。それとも夏休みが終わる直前にあせってやる派だったでしょうか。

かく言う私はそのどちらでもなく、夏休みが終わってから最初の授業があるまでになんとか片づける派でした。

回りくどくなりましたが、要は、期限にゆとりが見えると全く勉強に身が入らないのです。(これは私だけではないはず。これは私だけではないはず...)

 

というわけで、全然参考書が先に進みません。

そもそも難易度が高すぎて、何となく読み進めているだけではなおのこと理解できないのが現状。私が特に頭を抱えたのは、以下の3点です。

 

 登場人物ほとんどが城を持っていて、覚えるのに倍時間がかかる

 ・全国津々浦々でおこった前哨戦や小競り合いが、どういう時間軸で、どんな経緯で関ヶ原の合戦に結びついているのかわからない

 ・昔の地名(ex.越後、筑前、下野、三河など)が分からないので、武将がどこで誰と何をしていたのかイメージしづらい

 

これらの膨大・複雑な内容は私の頭では整理しきれないので、各人物ごとの年表に分類していつでも引き出せるようにしておくのが、理解を早める近道になったりするのかと思います。

しかし、あと1ヶ月あるという余裕のせいか、はたまた疲れのせいか、「今日やらんでもまだ間に合うか...」となってしまう毎日。

気づけば決戦の日まで、20日を切っていました。。。

 

ところで、検定の参考書には2級・3級それぞれ例題がついています。

全70チャプターをひととおり読み終えた後で、受験予定である3級の例題(4択式・合計60問)を本番さながらに解いてみました!!

 

その結果...

 

18点!!!(((゜Д゜;)))

 

なんと期待値(15点)とほぼ変わらないorz

これまでの勉強は何だったのか。

写真は、あまりのショックにふて寝するミナモ氏。

検定2.jpg

 

 

●受験日まであと15日。勉強することが快感に●

決戦まであと15日

慣れない勉強に苦しみながらも少しずつ知識を蓄えていく一方で、このままでは受からないという焦りだけが募っていました。試行錯誤というよりは迷走する毎日。

ゲームみたいなストーリーやキャラを勝手に作ったら覚えられるんじゃないか」「実際の決戦地で朗読すれば頭に入るんじゃないか...などなど。

 

とはいえ曲がりなりにも勉強しているだけあって、少しずつ理解が深まり、勉強が苦行ではなくなっていることに気がつきました。

会津攻めから小山評定までの一連の流れや、論功行賞の明暗を分けるきっかけなど、わかってくるとこれがなんとも楽しい!!

 

高校日本史は追試の常連だった自分が、この年になってこんな感情を抱くとは。。。

考える前に「やってみる」ということは意外に大事なんですね(*^_^*)

好き嫌いの分岐点がどこにあるのかは、自分にもわかりません。

写真は最近絶好調、覚醒したミナモ氏。

検定3.jpg

 

 

●受験日まであと3日。最後の追い込みに●

ところで、関ヶ原検定にはただ合否を判定する以外にも、様々な遊び心が加えられています。

例えば、受験者は受験票送付時に自分が東軍・西軍のどの武将隊に属するかを選択することが出来ます。出題される100問の中には東軍問題・西軍問題があり、自所属軍の平均点勝敗や試験当日に選択する行動などにより、記念品がもらえたりするのです。

試験当日に選択できる行動は、実際の合戦さながら、以下のとおりとなります。

 所属軍のために全力で戦う

 ・敵軍に内応し、戦闘に参加しない

 ・敵軍に寝返り、味方を攻撃する

勝敗は10月末の結果発表まで全くわかりません!焦らされる毎日になりそうです...

また、希望すれば甲冑を来て受験することも可能!!

当日の会場はどんな空気になるんでしょうか。楽しみですね(^^♪

 

ちなみに、私は西軍島津義弘を選択しました。

敗北した西軍において唯一逃げ延び、一族で本領を安堵されるなど縁起がいいと思ったからです。公式HPによると、全受験者の4%程度が島津義弘隊だそうです。結構人気があるのね...(・。・)

なお、一番人気は我らが西軍大将石田三成隊(得票率21%)、次いで大谷吉継隊(同20%)、とのこと。

 

本題ですが、勉強のほうはいよいよラストスパートに入っています。

すでに一度解いた問題ながら、例題の結果は56/60点!!(*^^)v

余裕の合格ライン(100点満点中70点で合格)に到達!!

それだけではなく、気になる武将の経歴や人となりを、自ら進んでインターネットで調べる癖がつきました。いとをかし。高校時代にやっとけばもっといい大学入れたのに...

 

人事は尽くした(と思う)ので、残りは天命を待つのみ!

写真は、友人と最終チェックに取り掛かるミナモ氏。

検定4.jpg

 

つづく…







Last updated  November 20, 2014 04:50:56 PM

September 24, 2014
 

こんにちは。東濃振興局恵那事務所です。

このところ週末の天気が崩れがちくもり雨でしたが、いかがお過ごしでしょうか。

 

さて、9月5日(金)に東濃西部総合庁舎多治見市)で、東濃道の駅特産品フェアが行われました。

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毎年開催されているこのイベントでは、東濃地域にある道の駅が勢ぞろいし、各駅の特産品を販売していますOK

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この日は雨が激しく、どれだけお客さんが来るか危ぶまれましたが、午前10時の開店時には雨脚は弱まり、大盛況となりました音符

また、庁舎の外では五平餅とりトマ丼も販売していましたスマイル

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私も昼食用にお弁当を購入さいふ

今回は、道の駅おばあちゃん市・山岡の「おふくろ弁当にしましたちょき

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彩り豊かでとってもヘルシーグッドおいしくいただきましたウィンク

 

この東濃道の駅特産品フェアは年3回行われ、12月東濃西部総合庁舎で、2月岐阜県庁で行われる予定です。

あと2回行われるフェアも楽しみにしてくださいねバイバイ







Last updated  September 24, 2014 09:14:48 AM

August 7, 2014
 

平成26年7月25日、中津川市加子母渡合(どあい)で、どあいビレッジ開村式が行われた。

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周りは、東濃檜の美林(国有地)に囲まれ、夜は満天の星に抱かれる。

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折しも、福島県から線量の低い土地へと、夏休みを利用して来村した子供達の第一陣20人も開村式に参加し、テープカットを一緒に行った。

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渡合には、宿泊施設「ランプ温泉がある。

自家発電しか無く、通信手段は衛星携帯のみという不便さを克服する豊かさが実感できる施設だ、と温泉の女将の談。

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ドラム缶の水槽に冷やされたトマトをかじると、中から水が迸り出た。

30度超えの真夏日の暑さをしばし忘れさせる涼感の一時であった。

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岐阜県東濃振興局恵那事務所







Last updated  August 7, 2014 09:43:26 AM

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