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楽天×岐阜県美濃加茂市

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まちづくり・地域づくり

2021年11月30日
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加茂野を歩こう⑤【稲葉池】

 

 美濃加茂市はWalkable City Minokamoをテーマに生涯健康で、元気に生きるまちを目指しています。

 今回は、加茂野町内のウォーキングコース紹介の第5回目です。

 

コース5【稲葉池】

起点・終点:加茂野交流センター 目的地:稲葉池(加茂野町稲辺)

距離:5.7km

ルート:交流センター→天乳池(南へ直進)→水路(直進)→(突当りを右折)→(次の交差点を左折)→
《地下道(248号バイパスをくぐって直進)》



→稲葉池(上池1周
700m+下池1周650m)→下池を半周(北西角を右へ)→水路(越えて左折)→(右折)→稲辺交差点(渡って直進)→稲辺公民館→水路(越えて右折)→美容院ぴよぴよさん(左折)→加茂野保育園(右折)→(県道に出たら右の横断歩道を渡る)→(直進)→(右方向に信号交差点のある市道を渡る)→→天乳池(池に沿って左折)→加茂野交流センター

交流センターからまっすぐ南に向かいます。農地の間を抜けて再び集落の中を通ると、国道248号バイパスの手前の市道に出ます。右折して1本隣の通りからバイパスをくぐる地下道を通って再び南へ向かうと、200mほどで稲葉池の上池と下池の間に着きます。2つの池をそれぞれ1周して、下池を半周すると右に逸れて帰路に入ります。少し北に進み、248号バイパスの手前で水路沿いに左に向かうと、稲辺交差点があります。信号を渡って北へ進むと、集落のはずれに水路が通っています。この水路沿いで1本東の通りに入り、再び北に向かうと加茂野保育園に突き当たります。あとは右折して道沿いに進むと天乳池と加茂野交流センターが見えてきます。

※車通りの少ない農道を通りますが、交差点など安全には十分注意してください。

※路側帯やカラー舗装のある場所では、その中を歩きましょう。

※公衆トイレは、起点となっている加茂野交流センターの南にある天乳池にしかありませんのでご注意ください。

 

 加茂野交流センターから南に1800mほどのところに【稲葉池】があります。加茂野町に現存するため池の中で、最も古い時期に作られたものだそうです。稲辺は周辺に河川のない地域で、土地改良の木曽川右岸用水事業が完了するまでの間、稲辺地域の農業を支えてきました。

現在は、東側の上池と西側の下池の周囲に遊歩道が整えられています。池の脇にも駐車場がありますので、そちらを利用して周辺を散策してみてもいいかもしれません。


左が上池、右が下池


上池


下池









最終更新日  2021年11月30日 10時00分09秒

2021年11月16日

加茂野を歩こう④【大池】

 

 美濃加茂市はWalkable City Minokamoをテーマに生涯健康で、元気に生きるまちを目指しています。

 今回は、加茂野町内のウォーキングコース紹介の第4回目です。

 

コース④【大池】

起点・終点:加茂野交流センター 目的地:大池(加茂野町加茂野)

距離:3.7km

ルート:交流センター→天乳池(左折)→(左に信号交差点のある市道を渡って直進)
《旧248号線の南の市道》


→(左に信号交差点のある県道を渡って直進)→大池(1周
300m)→大池(南東角を南)→(交差点を右折)→加茂野コミュニティセンター→加茂野神社→(県道に出たら右の横断歩道を渡る)→(直進)→(右方向に信号交差点のある市道を渡る)→(最初の交差点を右折)→天乳池→加茂野交流センター

交流センターから南に出て、天乳池の南東角から東に進みます。旧248号線の1本南の通りを東に向かい、突当りまで進むと大池があります。大池は南北で2つに分かれており、南部分は周囲を回ることができますが、北部分との間は林となっており、少し薄暗い場所になるので通行する場合は注意してください。池を通過したら、池の南にある加茂野コミュニティセンターの表に回り込んで加茂野神社の前を通過、県道を渡ったら行きに通った道の2本南を今度は西に進みます。再び広い市道を渡ったら、最初の交差点で北に向かうとすぐにゴールの加茂野交流センターが見えてきます。

※コース上は車の通りは少ないですが歩道がありませんので、路側帯の中を歩きましょう。

※大きな通りを渡るときは、十分に安全を確認しましょう。

 

 加茂野交流センターから東に1500mほどのところ、木野池の約300m南に【大池】があります。できた当初、3つの池がありましたが現在は南側の大きい池と北側の小さい池で構成されています。池周辺は森のようになっており、南側の加茂野コミュニティセンターや加茂野神社を含め地域の人の憩いの場となっています。また、池の中央(南北の池の間)には弁財天を祀った祠があり、毎年7月には「弁財天池祭り」が開催されています。


大池(奥に加茂野コミュニティセンター)


南側の池の東側から池の北端に沿って進むと…


弁財天を祀った祠があります


加茂野コミュニティセンター


加茂野神社







最終更新日  2021年11月16日 14時56分51秒

​​​太田宿の宝物⑯

『太田の渡し』
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 ​​​​太田宿は、中山道三大難所の太田の渡しがある宿場町として繁栄しました。幕府は江戸防衛の為、東海道の大井川や安部川などの大河には橋を架けず肩車や連台での通行とし、勝手に徒歩で渡ることを禁じていました。増水すると水が引くのに時間が掛かり、大井川の島田宿では31日間も川止めとなった記録もあります。
 太田宿の木曽川は、水深が深く徒歩では渡れないので、渡船でした。中山道には蕨宿の戸田川、本庄宿の神流川と太田宿の木曽川の3つの渡船場がありました。
 太田の渡しの渡船料金は、1人6文、馬9文でした。(時代によりますが、1文は約10円~20円)因みに明治14年には1人1銭2厘、馬は2銭4厘でした。
 太田の渡しの位置は時代とともに上流側へ移り、祐泉寺の下から最後は現在の太田橋付近になり、併せて太田宿も東側へ延びていきました。
 
 因みに可児市側は太田の渡しとは言わず『今渡の渡し』と言います。



木曽川右岸(美濃加茂市側)太田の渡し場跡から今渡の渡し場を眺める






最終更新日  2021年11月16日 09時40分01秒

​​​太田宿の宝物⑮​​
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​​宿場町には珍しい尾張藩地方役人出張役所(太田代官所)が開設されていました

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​​ 尾張藩は太田宿が郡上街道や飛騨街道の分岐点で交通の要衝であることや、木曽川と中山道が交わるこの地を美濃地方の中心地であるとして、天明2年(1782)藩政改革として領内の10か所に代官所が設置され、太田宿には加茂、恵那、土岐の3郡(落合塾から鵜沼宿までの9宿)を所管する太田代官所が開設されました。代官のほか、手代(書記)6人、同心(警護)4人が勤務していました。明治元年8月、代官所が廃止、閉鎖されるまで86年間、この地の行政を司りました。坪内逍遥は手代の子として生まれ、明治2年に名古屋へ移住しました。
 太田代官所の場所は、太田宿西入り口の虚空蔵堂の北付近で、現太田小学校が跡地になります。この地は低地であったため、2m程盛り土されて整備されました。昭和58年の水害時に、地元の人は小学校が高いことは知っていたため、車をグラウンドに避難しましたが、想定外の水位だったので被害に遭いました。参考に当時の被害写真と浸水図を添付します。浸水図の青い部分が高い地域で、この付近では太田小学校のグラウンド部分だけが目立ちます。因みに駅周辺も高いことがわかります。小学校の校舎は元は木造で現グラウンドの位置にあって、その後コンクリート校舎が低地に建てられ、58年の水害被害に遭いました。もし、木造校舎と同じくグラウンド位置に建てていたら被害は軽減されていたかもしれません。
 坪内逍遥が描いた代官所の復元模型が中山道会館に展示されていますので、行かれた方は参考としてください。
 明治23年に太田代官所跡地を南北に分断して虚空蔵堂から深田まで道路が整備されました。参考に現況の写真を添付しておきます。整備当時は小学校側も妙見堂側も玉石が積まれていました。

​​58災害浸水図(美濃加茂市9.28災害誌より)

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青色部分の被害は床上10cmから床下浸水 太田小学校グラウンドが青色で埋め立てたのがよく分かります

​​58災害で太田小学校グラウンドへ避難した車両の被害
(太田小学校所蔵9.28あの日をわすれない...より)


​​代官所跡地を南北に分断した道路 両サイドが盛り土され高くなっているのがわかります


 






最終更新日  2021年11月16日 09時39分31秒

​​太田宿の宝物⑭

『桝形』の形態をよく現している宿場町
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 ​宿場は、江戸幕府の要塞の役割を担っていて、出入り口には桝形が設けられました。
桝形とは、街道を2度直角に曲げて外敵が侵入し難いようにし、宿場の出入り口から本陣など中心部が見通せないようにする為の形状を現しています。桝形は寺院など、多くの人が集合できる場所に設置し、外敵から防御する要衝となりました。
 書物によれば、殆どの宿場の出入り口には桝形が設置されたと書かれていますが、山地の宿場にはその形状から直線が取れず桝形が無い宿場も存在しています。
 現在は道路改良や河川改修などで桝形がある宿場町は少なくなりましたが、太田宿や恵那市の大井宿、犬山市の城下町にも桝形は存在しています。
 宿場を守る為に設置された桝形が現存していることは珍しく、これも中山道の宝物です。

太田宿の桝形の場所

​​虚空蔵堂前


弥勒寺跡地


西福寺入り口前


祐泉寺前


参考に、1800年作成の『中山道分間延絵図』の太田宿と恵那市の大井宿を添付しておきます

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太田宿


大井宿




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最終更新日  2021年11月16日 09時18分00秒

2021年11月09日
10月26日(火)に上古井交流センターで「第2回自治会のあり方検討会議」を実施しました。
「自治会のあり方検討会議」とは、本来の自治会活動を見いだすため、自治会と行政が、自治会活動における疑問点や課題について議論、解決策を実行していく場です。

近年、少子高齢化など社会情勢の変化や個人の価値観の多様化などによって、自治会活動においても市役所に多くのご相談をいただいている状況です。
今回の「自治会のあり方検討会議」では、そのような自治会活動で疑問に思われていることや困っていること、負担に感じていることなどを持ち寄ってもらい、一緒に考え解決につなげていくことで自治会のあり方を見直すきっかけとすることを目的としています。第1回の会議に引き続き、今回も現役自治会長や過去の自治会長経験者約20名の方々に参加していただきました。





第1回での課題出しから「ごみ問題」「加入者(率)減少問題」「役員のなり手問題」の3つのテーマに絞り、グループワークを進めていきました。グループワークの進行は、ぎふNPOセンターの野村様、北村様、野尻様にご協力いただきました。







今回のグループワークでは、テーマに沿って、対象者を誰にするか、目指す姿はどんなものか、現状はどうなっているか3つのステップで議論を進めました。自治会長を経験した方々ならではのリアルな意見が多く出ました。

次回は、今回のワークを基に、課題の解決策を考えるワークを行う予定です!






最終更新日  2021年11月09日 15時56分35秒

2021年11月02日
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加茂野を歩こう③【木野(この)池】

 

 美濃加茂市はWalkable City Minokamoをテーマに生涯健康で、元気に生きるまちを目指しています。

 今回は、加茂野町内のウォーキングコース紹介の第3回目です。

 

コース③【木野池】

起点・終点:加茂野交流センター 目的地:木野池(加茂野町木野)

距離:4.1km

ルート:交流センター→加茂野小学校前歩道橋(渡る)→グループホーム百々美濃加茂さん(右折)→三ツ池→公園先の三叉路(左)→(県道に出たら左の横断歩道を渡る)→長良川鉄道踏切(渡る)→
広い市道との交差点を渡って右折《写真の交差点を右方向へ》


→御鍬神社(左の林の中)→(市道に戻り先へ進む)→木野池(右折し池の北側を通過)→(突当り左折)→踏切(渡って右折)→(最初の踏切を渡ってさらに直進)→加茂野駅→踏切(左折)→(県道を渡って直進)→三ツ池→若尾製菓さん(左折)→今泉東交差点(渡る)→(最初の交差点を右折)→天乳池(手前を右折)→加茂野交流センター

前半の三ツ池までは前回紹介した「コース②【三ツ池】」と同じです。三ツ池の南を通過して、県道富加坂祝線に出たら、少し左にある横断歩道を渡って長良川鉄道の踏切も越え直進します。しばらく直進すると周辺が住宅から農地に変わり、見通しの良い広い交差点に出ます。この交差点を右折し、前方左に見える林の中の御鍬神社に寄り道しましょう。戻って、元の道をもう少し進むと右手に木野池が見えます。池の手前で右折し、池を通りすぎたら左に曲がり、再び踏切を渡ります。踏切の先で右折し、しばらく線路沿いを歩きます。次の踏切を渡り、今度は線路を左手に見る形になります。すぐ先に長良川鉄道の加茂野駅(線路の反対側)があります。次の踏切を渡って、直進し再び県道富加坂祝線を渡ります。今度は三ツ池の北側を通過してしばらく道なりです。交差点の左に若尾製菓さんの工場が見えたら、そこを左折し、旧248号線の信号を渡ります。その先の交差点を右に曲がったら、すぐにゴールの加茂野交流センターとなります。

※大きな通りを渡るときは、十分に安全を確認しましょう。

 

 加茂野交流センターから東に1500mほどのところ、木野地区に【木野池】があります。木野池は江戸時代、天保の大飢饉の頃に作られたものであるといわれています。

 木野池には周囲を回れる遊歩道は無く、公衆トイレ等の施設もありません。トイレは途中に通過する三ツ池の公衆トイレを利用してください。

 後半に長良川鉄道沿いを歩きます。長良川鉄道は、国鉄時代に「越美南線」として開通した路線が国鉄民営化に合わせて第三セクターに移行したものです。美濃太田駅を起点に、富加町・関市・美濃市を通過して郡上市にある北濃駅まで続くローカル路線です。長良川鉄道では、観光列車「ながら」を運行するなど美濃加茂市を含む美濃地方の自然や文化を楽しんでいただけるような企画を実施しています。列の旅もぜひ楽しんでみてください。​​​​




御鍬神社


木野池


​​​​長良川鉄道加茂野駅






最終更新日  2021年11月02日 12時00分05秒

2021年10月19日

 

 

 美濃加茂市はWalkable City Minokamoをテーマに生涯健康で、元気に生きるまちを目指しています。

 今回は、加茂野町内のウォーキングコース紹介の第2回目です。

 

コース②【三ツ池】

起点・終点:加茂野交流センター 目的地:三ツ池(加茂野町今泉)

距離:2.2km

ルート:交流センター→加茂野小学校前歩道橋(渡る)→グループホーム
    百々美濃加茂さん(右折)→三ツ池(1周)→(往復)

 加茂野交流センターから旧国道248号線に出て、左側に見える歩道橋を渡ったら、最初の交差点を右に向かってください。いくつかの交差点を直進すると、左手に池の駐車場がありますので遊歩道を散策しましょう。帰り道は同じ道を戻ります。

※歩道橋の通行が難しい方は交流センターの200mほど東の信号交差点(今泉東交差点)を通ることでコースに合流できます。

※コース上に歩道はありません。カラー舗装の中を歩きましょう。

 

 加茂野交流センターから東に700mほどのところ、今泉地区に【三ツ池】があります。明治に池が作られた当時は、今残っている池と合わせて3つの池があったため三ツ池と呼ばれるようになったそうです。

 池の周囲は、1周600mの遊歩道となっており公衆トイレと駐車場があります。遊歩道の一部に池の上の木道があり、池中央の島に渡れる橋があるなど池の周囲だけでも楽しめます。

 また、池の南東角には木曽川右岸用水事業の「土地改良碑」があり、かつてこの一帯が田園地帯であると同時に、農業用水の確保に悩まされた歴史をうかがうことができます。

 歩きやすい季節になりました。明るい時間を選んで、気持ちよいウォーキングをしてみてください。



三ツ池


池の上の木道


池の南側の駐車場と公衆トイレ

土地改良碑(裏側に土地改良事業の沿革が記されています)







最終更新日  2021年10月19日 10時00分09秒

2021年10月05日

 美濃加茂市はWalkable City Minokamoをテーマに生涯健康で、元気に生きるまちを目指しています。

 これから複数回に分けて、加茂野町内のウォーキングコースを紹介します。

 コースは交通量の多い場所もありますので、以下の点に注意して安全にウォーキングを行ってください。

歩道のある場所や歩行者用のカラー舗装のある場所はその中を、それ以外の場所は道路の右側を歩きましょう。
②見通しの悪い交差点では必ず立ち止まって安全を確認しましょう。また、交通量の多い道路を横断するときは近くの信号や横断歩道を利用しましょう。
③早朝や夕暮れ時、夜間は目立つ色の服を着用し、反射材を活用するなど、ドライバーから見つけてもらえるよう工夫しましょう。
④こまめに水分補給を行うなど、熱中症や脱水には十分注意しましょう。体調が悪いときは無理をしないようにしましょう。
⑤屋外でも密とならないよう、適切な距離を取って歩きましょう。

 

コース①【天乳(あまち)池】

起点・終点:加茂野交流センター 目的地:天乳池(加茂野町鷹之巣)


 加茂野交流センターの南側に【天乳池】があります。鷹之巣地区と今泉地区の境目にありますが、大部分は鷹之巣となっています。

 池の周囲は、1周420mの遊歩道となっており公衆トイレもあるため、歩きやすい環境となっています。周回コースで距離調整もしやすいので、健康増進のためにもぜひウォーキングに挑戦してみてください。






天乳池と加茂野交流センター


遊歩道は1周420m









最終更新日  2021年10月05日 11時32分10秒

2021年09月29日
​​​​太田宿の宝物⑫

中山道には常夜燈が3か所あります

 常夜燈(灯)は夜道の安全のために街道沿いに設置された石、木で造られた建造物です。
一晩中火を灯すのは難しいので、どちらかというと街道のランドマーク(道標)的な扱いで設置されました。街道沿いの神社前、枡形、木戸に多くみられます。
 常夜燈と灯篭の違いですが、目的は同じで街道沿いにあるのが常夜燈で、庭園にあるのが灯篭になります。
 常夜燈は道標の役割ですので、形はシンプルで台座が高くなっていますが、灯篭はデザインに優れ、様々な大きさがあります。
 
数年前には中山道会館沿いの木曽川堤防上に常夜燈を模した時計台が設置されました。

以下太田宿の常夜燈を紹介します。

西の入り口にある虚空蔵堂(こくぞうどう)前で桝形地



虚空蔵堂は旅人の安全祈願のために祭られたお堂で、旅人の旅人が休める安息の場でもあります。
安永2年(1773年)設置

祐泉寺前の桝形にある秋葉神社(火伏せの神)



文政11年(1814)設置 寄進者は若竹屋林冨三郎(当時質屋、宿屋経営)

祐泉寺観音堂前



安政3年(1856)設置



中山道会館前の木曽川堤防に常夜燈を模した時計台





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最終更新日  2021年09月29日 13時58分35秒

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