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こんにちは。白川町地域おこし協力隊の村上です。 突然ですが、皆さまは町誌を読んだことはありますか? わたしは白川町に移住してから少しずつ町誌を読んでいますが、町ができていく様子が書かれているので、とても楽しく読ませてもらってます。 さて、今回はドローンを使って黒川地区を撮影したので、写真を紹介しながら黒川地区(黒川村)の歴史を書いていきたいと思います。 黒川村は合併前は耕地も多く、人口も集中して商店街区を形成したり、豊富な山林資源をバックに木工業も盛んな村でした。しかし近隣町村との交通は狭い道路のために阻害され、村の発展を遅らせる大きな問題も抱えていました。 昭和29年、昭和大合併に合わせて町村合併の要請が高まり、黒川村は白川町との合併試案が県によって示されました。 しかし周囲の村の情勢などをうかがいながら、なかなか意見がまとまらず、昭和31年9月6日(合併期限:31年9月)に合併賛否を問う住民大会が開かれました。 その時の様子が町誌に書かれていたので紹介します。(町誌 P99より) 「村内各戸の責任者が出席し、緊張の中で大会が始まり、賛否両論いろいろと出たが、条件付き賛成意見がやや多いように思われた。 しかし決定的な意見が出ず、時間ばかりが過ぎているとき、係員が壇上に上がり 『ただ今佐見村では合併賛成の決議がなされました』 またしばらくして 『蘇原村でも合併賛成ということです』との報告がなされた。 すると会場の雰囲気も一変して、合併のバスに取り遅れては大変と、賛成の大拍手が起きました。」 黒川村では、白川町(旧西白川村)との交流が比較的少なかったことや、東白川村との合併や蘇原村との合併話、町有林という当時としては大きな基本財産を有してたこともあり、ためらいもあった合併問題。 元町議会議員の藤井敏明さんは合併問題に対して以下のように述べています。(町誌 P100より) 「合併してよかったかどうかは、後の時代に評価することであるが、このような時代の大きな流れに当面することは何度もあることではなく、意志の決定には勇気のいることである。 当時においても、行政の当事者は、大変な勇気と決断力で、合併を成し遂げていったことに思いをはせるとき、50年を経過した今、感慨ひとしおのものがある」
今も昔も先行きの不安さは常に感じているものだと思いますが、町誌を通じて先人たちの苦労がすごく伝わってきます。 他にもたくさんの出来事が町誌には書かれていますので、この機会に皆さまもぜひ町誌をご覧くださいませ。
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