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さかなおやじのひとりごと

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さかなおやじの作り方

2011/04/04
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《前回より続く》

 多趣味で凝り性、しかも公立中学の教師なんで夏休みをはじめとして自由な時間にはまったく事欠かなかった父親が、今は使われていない「資材置き場」を放って置く訳もありません。まずは、「母さんが大好きな花だから」と上手い事言ってバラ園を作りました。そして、次にぶち上げたのが「子供の為に!」と言う大義名分で、庭にプールを作ると言う大事業の構想でした。しかも、個人レベルではありえないだろうと思われる「縦横5m四方、深さ1mのコンクリート製プール」を作ると言う計画です。

 なんだか物凄く子供思いの父親に聞こえてきますが、彼の真意は追々明らかになっていきます(笑)。構想自体は雄大ですが、しがない公立中学の教師ですから資金面ではあまり潤沢とは言えなかった様で、「プールは自分達で作ろうっ!その方が子供たちもいい思い出が出来るし」とか、これまた人聞きのいい御託を並べて、「自家製プール作り」と言う一大プロジェクトがスタートしたと言う訳です。

 確か私の記憶では小学校3年生の夏休みは、毎日このプール作りの土木作業員として働かされたような気がします。大体、父親と小6、小3の息子の3人だけで「5×5×1m」のプール作るかぁ~?地面掘るだけでも物凄い大変でした。もちろん、ブルトーザーとかあるわけも無く、全部手掘り(苦笑)。喘息で体弱い息子になんて事させるんでしょう、この極道親父は。でも、当時は純真で話の裏を読み取るなんて芸当は出来なかった我々兄弟は、夏休みをほぼこの重労働に費やしました。






Last updated  2011/04/04 01:15:54 PM
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2011/04/03
《ずいぶん間が開きましたが前回より続く》

 そんな当時「虫好き少年」だった私が、「魚」に興味を抱くようになったのはいつの頃だったのでしょうか?自分の記憶を辿ってみると、おそらくは当時父親が熱中していた錦鯉飼育辺りがおそらく最初だったと思います。

 私の父親は私に似て・・・って言うか私が父親に似てですが(笑)、妙に凝り性でした。当時、我が家は都心にしては珍しく妙にだだっ広い家で庭も広かったので、父親の趣味もやりたい放題の状態でしたね~。あっ、別に都心に広大な土地持っているからと言って金持ちなんかじゃありません。祖父の代に工務店やっていて、住宅兼、資材置き場兼、職人の住居だったからです。

 まぁ、当時の家屋は工務店の爺さんが自分で作った家なので、いい材木吟味して作った見事な家だったんでしょうが、私が生まれた昭和30年代後半にはすでによく言えば重みのある、ぶっちゃけて言えばかなり老朽化した木造建築でした。父親は入り婿で、本人曰く「家業を継がない」と言う約束でこの家の人間となったと言う事で、工務店は祖父一代で廃業したらしいです。

 後に残された、無駄にだだっ広い家屋敷は子供の頃は本当に怖かったですね~。例えば、当時トイレは1回の端っこにあったのですが、そこに行くまでにビローンと長い廊下が続いてまして、その両側には以前職人さんが寝起きしていた小部屋がいくつも並んでました。冗談抜きで、ボーリングのレーン位は楽に長さのある廊下だった事を覚えています。何分昔の家屋ですから、照明は薄暗い裸電球だけ、しかも今は誰も使っていない職人さんたちの部屋にはなぜか姿鏡とか置いてあったりして、昼間だって結構怖いのに、これが夜になるとホラー映画そのものの世界でした。

 当然、当時根性無しの私としては夜間に一人でトイレに行くなんて事は出来っこありません。情けない話ですが、ほぼ毎日「寝小便」してました。・・・って、家族は思ってますけど、実際の所は「寝小便」ではなく、夜に布団に入ってからトイレに行きたくなっても、あの長くて恐ろしい廊下の存在を考えると行くに行けず、ひたすら耐えているうちにとうとう布団の中で・・・(笑)。つまり寝ているうちに知らず知らずって訳じゃなく、目を覚ましていてひたすら我慢に我慢を重ね・・・って言うパターンです。当時、毎日のようにあんな事繰り返して、よく膀胱炎にならなかったもんです。






Last updated  2011/04/04 12:01:23 AM
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2011/03/10
《前回より続く》

 極度の「ムシ恐怖症」になってしまった今でも、これらの昆虫は好きです。ちなみに、数年前仕事でドイツに滞在中の事、商談の合間にオープンカフェでコーヒーを飲んで休憩した際に、私のテーブルにふと止まったゾウムシらしき昆虫が飛び立つのを思わず追いかけ、ビジネススーツに身を固めた大の大人が側溝に落ちたのは何を隠そうこの私めにございます(苦笑)。いやぁ~、恥ずかしかったの何のって。同席していた仕事先の連中の驚愕した顔は今でも鮮明に憶えてます。そりゃそうでしょう、今の今まで和やかに談笑していた相手が、いきなり椅子から立ち上がり走り出したかと思うと側溝行きですから(笑)。おそらく彼らはゾウムシの存在になんて気が付いていなかった筈ですから。「オ~ッ!東洋人はミステリアスだっ!!」とか後で話していたに違いありません。

 もちろん、子供の頃の夢は「生物学者になる事」一本でした。回りはどう考えていたのか定かではありませんが、本人はかなり本気でそう思いこんでました。ちなみに、その夢は20歳代半ばまで維持されてましたから、我ながら見事なもんです。

 当時の私の遊びと言えば、内向的なものがほとんどでしたね~。その頃は読売ジャイアンツV9時代でしたから、男の子達の遊びももちろん野球中心でした。今と違って、東京都心部でもそこら中に原っぱありましたから、野球するスペースには困りませんでしたし。・・・でも、私は出来なかったんですね~、これが。下手とか言う以前に、運動をすると喘息の発作が出て息が出来なくなっちゃう恐れがある為、野球に参加できなかったんです。だって、内野ゴロ売打って、一塁まで全力疾走すると呼吸困難になる奴なんて使えないし(涙)。

 ここでも3歳年上の兄貴は花形で、何しろリトルリーグのエースでしたし草野球レベルではもう花形的存在!それに引き換え、この弟ときたら・・・。まぁ、この辺りの不幸な境遇が、妙にひねくれてて反骨精神旺盛、しかもすぐに人と違う道を行きたがるさかなおやじの内面性を作り出すルーツになっている事は間違いないところですね。






Last updated  2011/03/10 11:48:28 AM
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2011/03/04
《前回より続く》

 そうそう、ハンミョウって言えば似た名前の昆虫に「ツチハンミョウ」って奴がいます。まぁ、似てるのは名前だけで見た目は妙に腹の膨れた(メスの場合)実に気色悪い虫なんですが、この虫に興味津々の時期もありました。この気色悪い虫の一生は、本当に「運次第っ!」って奴です。メス親が土の中に産みつけた卵から春先に幼虫が孵化すると自力で手近な花の上によじ登って「ハナバチ」を待ちます。そして、「ハナバチ」が運良く自分の待ち構える花の蜜を集めに来たら、すかさずエイッ!って「ハナバチ」に飛び乗ります。ちなみに、ここでミツバチだとかクマバチだとかアシナガバチだとか他のハチに飛び乗っちゃったらその時点でアウト!もちろん、待っている花に「ハナバチ」が訪れなければこれまた人生終了です。

 運良く「ハナバチ」に飛び乗る事が出来たとしても安心しちゃあいけません。この時期花の蜜集めに来る「ハナバチ」は基本的にオスです。「ハナバチ」のオスは、飛行中にメスを探して交尾します。その瞬間を狙って、オスの「ハナバチ」からメスの「ハナバチ」の体にエイッって飛び移ります。当然、たまたま自分が最初に飛び乗った「ハナバチ」のオスが醜男だったり気の利かない奴だったりすればメスに相手にされませんから、そのオスは一生メスの「ハナバチ」と接する事がないので、ジョッキー・・・もとい「ツチハンミョウ」の幼虫もその時点で人生終了!ってことになります。

 またまた運良くメスの「ハナバチ」の体に飛び乗る事が出来た「ツチハンミョウ」は、そのまま「ハナバチ」の巣までついていきます。土の中に作られたハナバチの巣の中には、親バチが集めた蜜が一杯!その上に「ハナバチ」のメスは自分の卵を産み付けて去っていきます。「ツチハンミョウ」としては、メスの「ハナバチ」が卵を産み落とす瞬間に素早く卵の上に飛び乗らなくっちゃいけません。なぜって、この気色悪いムシったら「かなづち」、つまり泳げないんです。巣の中にたっぷりと蓄えられた蜜の上に飛び降りちゃったらそのまま「ドザエモン」でゲームオーバー!ここは何としても蜜の上に筏の様に浮かぶ「ハナバチ」の卵にしがみつかなくっちゃ。なんだかダイハードの主人公みたいな奴です。

 ここで、「ツチハンミョウ」は蜜を食べりゃあいいのに、何と自分がしがみついている筏代わりの「ハナバチ」の卵から食べ始めます。自分の生命線たる筏食ってどうすんの!あんた「かなづち」だろうがぁ~!馬鹿なのかよほど楽天的なのかはともかく、とにかく「ハナバチ」の卵食べてすくすくと育った幼虫に次なる試練が(笑)。要するに、浮き輪がなくなっちゃう訳ですよね~、「かなづち」なのに。ここでも、この運次第野郎の本領は発揮されます。丁度この時期、「ツチハンミョウ」の幼虫は脱皮して2令幼虫になるんですが、この2令幼虫はなんと泳げるんですね~。・・・って言うか浮かべます(笑)。筏がなくなるのが早いか、脱皮するのが先か・・・これまたスリル満点の人生です。

 まぁ、ここまでくればまずは一安心!後は蜜の中にプカプカ浮かびながら、その蜜を食ってブクブクと太り成虫に、そしてメスは土中に卵を・・・。うーん、なんて運任せの素敵な人生なんでしょう。姿かたちはかなり醜いので似たくないですが、こんな運任せの人生も悪くないなぁ~なんて真剣に思ってたら、いつの間にかすっかり自分が「ツチハンミョウ」になってました。えっ?もちろん姿かたちじゃなくって人生ですけどね(笑)。






Last updated  2011/03/04 12:43:58 PM
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2011/03/03
《前回より続く》

 また、「道教え」について行き、完全に道に迷って交番のおまわりさんのお世話になった事もありましたっけ。皆さんは「ハンミョウ」って言う昆虫ご存知でしょうか?体長2cm程度の小さな虫なんですが、極彩色の物凄い綺麗な体をしています。こんな外見なのに、食べ物は他の昆虫と言う獰猛なハンターなんですけどね。ちなみに「ハンミョウ=斑猫」と言う事で、体に斑紋があり猫のように小型ながら敏捷なハンターって言うことからこの命名だそうです。要するに「ブチネコ」って言う意味ですね(笑)。

 それでもって、コイツの別名が「ミチオシエ」って言うんです。名前の由来は、コイツは飛翔能力が弱いのか数メートル飛んでは地面に降りてしまいます。人が近寄ると、逃げようとして飛び立つんですけど、数メートル先でポトッ。またそこに人が近寄るとチョット飛んでポトッ。根性がないのか、はたまた人間様をなめきっているのかは定かじゃありませんが、とにかくその様子が、あたかも人を道案内しているかの様に見える事から「ミチオシエ」って言われるようになったと言う事です。

 幼い頃の私は、この「ミチオシエ」が大好きで見つけると飽く事無くその後を追い掛け回していました。まぁ、ムシにとっては迷惑千万な話だったでしょうが(笑)。ある日、いつもと同じ様に「ミチオシエ」を見つけその後をストーカーのように付け回している最中、ふと「もしかして、コイツは本当に俺の事どこかに案内しようとしているんじゃないかな?」って言う、今から思えばいかにも子供らしい考えが頭の中に浮かんできちゃいました。その後、数時間にわたりストーカー行為を続けた結果、ふと我に返ると当たりはまったく私の知らない場所になってたと言う訳です。その場に立ち尽くし大泣きしている私の側をたまたま自転車で通りかかったおまわりさんが家まで連れて帰ってくれました。

 ああそうそう、ハンミョウって言えばもう一つエピソードが。当時我が家には都心部としてはビックリするほど広大な庭があったのですが、そこに小さな穴がポツポツ空いているのに気が付きました。早速、側で庭いじりしている父親にこの事を報告すると「ああ、それはハンミョウの幼虫の棲家だよ。俺が子供の頃は、その穴に細い葉っぱや小枝を差し込んで釣りをしたもんだ」と妙な所で博識振りを披露してくれました。なんでも、ハンミョウの幼虫(成虫とは異なりイモムシ型)はその穴の中に潜み、穴の上を小さな虫が通りかかるのを待ち受けて、近づいたと見るやいきなりガブッと来るそうです。

 いやぁ~、ガキの癖にやるね~、獰猛だねぇ~!って事で、早速実験開始!穴という穴に細い草の葉や小枝を差し込んで引き上げてみたんですが、一向にイモムシったらガブってしてくれません。それを見ていた父親が「そんなやり方じゃダメだよ。もっと静かに近寄って、ハンミョウ驚かさないようにやらなくっちゃ」と言いながら近寄って来ました。うーん、さすがはわが父上です。惚れ惚れするような見事な父親ぶりっ!

 ・・・って、10分後には「アレッ?おかしいなぁ??子供の頃はこうやって上手く釣れたのになぁ~」とか言う父親を思い切り疑いの眼差しで見つめる私の姿がありました。それから数日間は毎日のように「ハンミョウ釣り」に精を出しましたが、釣果はゼロ!いわゆる「坊主」って奴です。ほんとにハンミョウの幼虫釣れんのかぁ~??「ハンミョウ釣り」成功した経験のある方いらっしゃいます??個人的には、釣りに用いた草が「ノビル」って言う、野生のアサツキみたいな奴だったのが敗因かと思ってます。だって、この草は「ネギ+にんにく+ニラ」みたいなものすごい臭いですから、こんな物いきなり巣穴に突っ込まれたら、「ウッ」とかなって、ハンミョウの幼虫だってガブってする気力なくなっちゃうはずですから。






Last updated  2011/03/03 09:05:17 PM
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2011/03/02
《前回より続く》

 その頃の私の一番の愛読書はって言うとこれが「図鑑」(笑)。初めのうちは、学研とか小学館の小学生向けの図鑑シリーズで満足していた物が、小学校高学年の時点ではそれではもう飽き足らず「保育社の原色図鑑」シリーズとか読んでました。何だか可愛くないガキだったんだろうなぁ~。だって、他の子供が「あっ、お花にハチさんが飛んできたっ!」とか言ってる側で、「いや、あれはトラマルハナバチだよ」とかほざいてたんでしょうから。・・・あ~っ、恥ずかしい(笑)。

 その当時一番好きだった生き物は「さかな」じゃなくて「ムシ」でした。昆虫ならば全般好きだったのですが、通常他の子供たちがカブトムシやクワガタ、チョウ辺りに興味を持つのに較べて、当時から既に「人生の王道を歩けない」性格だったらしい私の好みはテントウムシ&ハンミョウ!それからゾウムシとかオトシブミなんかも好きでしたね~(笑)。まぁ、第三者的に冷静に自己分析してみると「人と違う道を行きたい」「コレクション癖がある」「サイズの小さな物が好き」と言う3点は、この当時既に私の内部に芽生えてたんですね~。

 例えばテントウムシとしてはおそらく一番ポピュラーな「ナミテントウ」。よく庭先などで見かける黒地に2つの鮮やかな真紅の斑紋がある奴ですが、実はコイツはカラーバリエーションが豊富で、全身オレンジ・オレンジにブラックスポット、逆に黒地にオレンジスポットなどなかなか奥深い存在なんです。一時はこの「ナミテントウ」のカラーバリエーション集めにハマッてまして、物凄い数の「ナミテントウ」を採取して虫かごに入れて持ち歩いてましたっけ。近所のおじさんやおばさん達も「あらッ、凄いわね~」とか言ってくれてましたけど、きっと顔面引きつってたんじゃないかと思います。まぁ、当時は大人の顔色窺うような高等戦術使えませんでしたから、本人は単純に得意満面でしたけど(笑)。

 テントウムシって言えば、「ナミテントウ」とか「ナナホシテントウ」辺りは益虫って言われているのに、同じテントウムシでも「ニジュウヤホシテントウ」とかは害虫って扱いになってるのご存知でしょうか?前者は、アリマキとか種類によってはカイガラムシとかウドンコ病菌とか、とにかく野菜なんかに悪さする昆虫を捕食するから益虫って事です。後者は、ジャガイモの葉っぱとか食べちゃうんで害虫。本来は後者の方が菜食主義者な訳で、平和的なんだけどな~。

 ちなみに「ベダリヤテントウ」って言う赤の地色に黒の斑紋が4つって言うテントウムシなんかは、本来は日本原産のテントウムシではありません。ミカン類の害虫とされているカイガラムシの一種を食べると言う事で、はるばるオーストラリアから連れて来られてその辺りに放たれたと言う虫です。これなんかだって農業的には益虫でしょうが、しばらく前にブラックバスやウシガエルなんかで一部マスコミが狂ったように騒いでた外来生物問題から考えるといかがなもんなんでしょうか?ウシガエルやアメリカザリガニだって本来は人間が勝手に食用と考え輸入した物なんですけど、利用価値がなくなりゃ「特殊外来生物」扱いですから。

 まぁ、いつの世も人間なんて勝手なもんです。「ベダリヤテントウ」だって、彼の存在が日本原産のほかのテントウムシの駆逐に関与していると言う研究結果が発表でもされようもんなら、一夜にして「益虫から害虫」に、それこそ天国から地獄に真ッ逆さまに転落間違いなしです。






Last updated  2011/03/02 10:18:08 PM
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《前回より続く》 

 まぁ、物語的には当然私の幼少のみぎり・・・つまり見目麗しき幼少時代からお話はスタートしなくてはなりますまい。何の因果か応報か、私「小児喘息」患者、しかもかなり重度の患者でした(涙)。子供の頃に、何回も呼吸困難になり救急車で病院行きの経験があります。両親も医者から「この子は、大人になるまで生きれないかも」って言われていたそうです・・・うーん、哀れだねぇ、涙を誘うねぇ。

 そんな不幸な星の下に生まれてきた私を哀れに思ったのか、両親は基本的にベッドの上の生活を余儀なくされているわが息子(当然私の事です)に、むやみやたらと本を買い与えてくれました。まぁ、おそらく「こいつぁ、運動方面じゃ物になりそうもないからここは一つ学問の道に進ませるか」とか二人で相談したんでしょう。ちなみに3歳年上の兄貴は、これまたどうした事か、超が付くほどの健康優良児!小学生の内に身長160cm近くあったし、スポーツ万能成績優秀と見事なほどに文句のつけようがないお子様でした。「それに較べて、下の子はねぇ~」って言う思いがあったんでしょうけど、とにかく私には超甘甘の両親でしたね~。

 所で、何で本ばかり与えていたかって言うと、基本的に「お外はNG!」でしたから。環境が変わったり興奮したりすると、すぐに発作がおきてゼーゼーしちゃうんですから困った物です。家族旅行に行った当日、喘息の発作が起きて家族全員で家に逆戻りなんて事もしばしば。3歳年上の兄貴にはずいぶん迷惑かけました。だって、兄貴が「イヤッホッ~!今日から1週間、海水浴三昧だぜぇ!!」っとか張り切っているのに、現地に付いた瞬間父親から「すまん、弟が例の発作だ。帰るぞ・・・」とか言われちゃうんですから。そんな私に与えられる無難なプレゼントが書籍だったんでしょうね~。さすがに「オイッ、今日はまた新しい本買ってきたぞっ!」「わーい、わーい・・・ゼーゼー」なんて事にはなりませんからね~。

 当時からむやみやたらに本ばかり読んでいたせいか、国語の成績だけはむちゃくちゃ高かったなぁ。駿台と代ゼミの模試で、国語の偏差値70切った覚えがありません。・・・でも、理系なんですけど(涙)。ちなみに、現役時代の大学入試直前の代ゼミ模試での偏差値が国語73、数学69、生物72、化学58、英語38って言うのを今でも覚えてます。何が凄いって、英語の偏差値38っていったい何??ちなみに私の父親、公立中学の英語教師だったんですけど(笑)。この成績見せた時の父親の絶望と諦めに満ちた顔は今でも鮮明に憶えてます。

 当然の事ながら、この成績を引っさげて東京大学理2受けたってんですから、無謀極まりない暴挙です。二次試験の英語、最初の設問の最初に出てきた動詞知りませんでした(涙)。って言うか、英語の長文なんて判る部分が全体の20%位しか無いってんですから、お話になりません。当然、浪人コースまっしぐらでしたけどね(笑)。






Last updated  2011/03/02 12:42:53 PM
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2011/03/01
 「炭水化物不耐症」とか言う訳の判らない病気に突然見舞われて、毎日チーズを主食に生きているさかなおやじです。やっぱり、体にどこか異常があると言うのは気が滅入るもんみたいで、なかなかブログの更新が出来ません。もちろん、更新する時間が無い訳じゃないんです・・・って言うか、体調を考え今年に入ってから仕事の量を減らしてますから、逆に暇な時間はたっぷりあるんですけどね~。やっぱり、こう言う物は精神的に少々躁状態の時の方が筆が進むようです。

 それでも、ありがたいもので沢山の方から「頑張れっ!」と言う励ましのお言葉を頂戴しております。結構多いのが「お体大変でしょうが、ブログの更新を楽しみにしております」と言う激励のお言葉。純粋に「頑張ってね」と言う言葉なんですが、ブログ更新をサボっている身にとっては結構プレッシャーが(笑)。でも、現状我が家の温室からはベタを始めとする熱帯魚は激減傾向にありまして・・・。衰弱した?体には水換え辛いですからね~。

 そんな訳で、当座のつなぎとして考えたのが「如何にして私がさかなおやじなんかになっちゃったのかっ!」って言う辺りを、私小説的に綴って見たらいかがなもんでしょうか?って事でした。これなら、お気楽モードでジャンジャン書いていけそうだし、気分転換にもなるんでね~の??

 ・・・と言う訳で、いきなりスタートする歴史超大作「さかなおやじの作り方」ですが、基本的に魚や生き物に関係した事項をメインに扱っていきます。それと、登場人物は伏字って事で御了承ください。まぁ、見る人が見れば該当する人物すぐに特定出来ちゃいそうですが(笑)、一応主人公(当然私)以外の登場人物は、表向きは架空の人物って事で、そこはそれ、阿吽の呼吸でご理解の程お願いいたしまする。もし、この駄文読んで「それって俺の事かいっ!」って思っても、一々いきり立たないようにね。あくまでもフィクションですから(笑)、表向きは・・・。






Last updated  2011/03/01 06:15:15 PM
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