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私の気にいったことば

私の気にいったことば

鬼と月と赤い砂漠12

鬼と月と赤い砂漠12

二ば毬を

 こ鬼とジャックの椅子と


 こ鬼は自分の足元の黒い雲の道にそって、

かけだしました。

 そのたびににもつをせおったようにからだ

もこころもおもく、おもくなっていくのです。

 フグリのことはかんがえないでおこう。

 そうおもっても頭のなかにぽつんぽつんと浮

かぶのはフグリのことばかりでした。

 「もう会えないや。どんなにがんばっても、

フグリのところにはいけないんだから。だか

らこのままぼくは進むんだ」

 こ鬼はそういうと、足をひきずるようにし

て前にすすみました。

 キャラバンをみるんだ。

 月あかりにてらされたらくだにのるんだ。

 にんげんにあうんだ。

 フグリじゃなくても、きっとたくさんとも

だちはできる。

 こ鬼は少し疲れて砂漠のなかでじっとすわ

りこむと月をみました。

 あたり前ですが、どこまでいっても同じ砂

ばかり、それらがきらきらとて、月あかり

のもとでこ鬼のこころが迷うほどにきらきら

と輝きだしているような気さえしました。

 「お月さま」
 
 こ鬼はそうつぶやきました。

 すると、

 「鬼よ、こ鬼よどこへいくんだい。どこも

ここからいけるところなどありゃしないよ。

もどりなさい。もどりなさい」

 いつのまにか、となりにふくろうがこしを

かけていました。こしをかけるといっても砂

ばかりです。

 そうです。ふくろうは砂でできた椅子にこ

しをかけていました。

 いつのまに、こんなところに椅子ができた

のでしょう。

 こ鬼はまじまじとおどろいて声もでません

でした。

 そして、さきほどのできごとできぶんがす

こししずんでいるのです。

 ふくろうはふくろうであって、ふくろうで

はなくやっぱりふくろうなのでした。

 からだはにんげんのようで背がひょろりと

たかく、足もぼうのように細く長く、背広の

ようなものをきています。首はながくまっし

ろで、そして、顔だけがふくろうなのです。

くちばしももちろんついていますし、くりく

りとした目んたまもついています。

 だからやっぱり彼はふくろうというべきで

しょう。

 ポケットにはこじゃれたサングラスとまっ

しろいはんかちをさしています。

 「こ鬼さん、どこへいくんだい」

 こ鬼はいぶかしげにふくろうをみました。

 「君はぼくがしっているふくろうじゃない。

ふくろう男だ」

 ふくろう男は
 
 「ジャックだ」

 そう渋い声でいうと、灰色のポケットから

白い紙をさしだしました。

 「名刺だ。やるよ。ジャックだと書いてあ

るだろう」

 「ぼく、字がまだはっきりよめません」

 「いいよ。やるよ。もってきなよ」

 ふくろうは、ごういんに白い紙をこ鬼に手

わたすと、白い紙は真っ黒ににじみはじめま

した。そのあと、赤いつきがじんわりとうかび

あがりました、そして最後に、月だけがぱり

んとはずれて、くるくるまわりだすと、ジャ

ックという文字が空中にうかびました。

 「なんだい。これ、おもしろいねえ」

 「おもしろいけど、いっかいだけだよ。そ

れがそんなおもしろいことになるのは」

 ジャックはそういうと、砂の椅子からたち

雪のような真っ白い羽根を広げました。椅子

はさざあっと形をくずしました。

 「白い羽根だ。ジャック。きれいだね。ジ

ャックさんはここのひとなの。ぼく、きっと、

これはゆめだとおもって、だって、ぼくフグ

リというともだちがいるんだ。チイサナムラ

サキの花のオオイヌフグリなんだけど。

 それが、いつもとちがって、ともだちがい

つもとちがうなんてへんだよね」

 ジャックはねむたそうにおおきなあくびを

すると、澄みきった凍りつくような瞳でこ鬼

にいいました。

 「ここからさきは、おまえがいってもたの

しいことなどありゃしないよ。もどりなさい」

 そしてとても静かにつづけました。「砂漠

のむこうはただの砂嵐さ。おおきな真っ赤な

つきがかたむいて、月の足の下になんでもない

すなつぶが海のように広がっているだけだよ」

「なんにもないんだぜ」ジャックはもういち

どそういいました。

 「ジャックさん。ぼくは、あの砂漠のむこ

うがわを少しだけみたことがあるんだよ」

 蜃気楼がゆらゆらしていて、

 ぼくが憧れていた人間の世界があったんだ。

たしかにみたもの、ぼく。きょうはきりぎり

すがいないから、わからなかもしれないけ

ど、白いもやのむこうにたくさんのたくさん

のきりぎりすたちがいて、

 ぼくをさそった。むこうにいこうって。

 ぼくはおとうさんに絵本でよんでもらった

こともあるんだ。

 にんげんたちもおなじで、泣いたり、わら

ったり、けんかしたり、好きな子ができたり

するんだよ。

 だから、おもう。ぼくは鬼だけど、だけど

にんげんの子供たちとはともだちになれる

って」

 こ鬼は真っ赤な腕をふりあげました。

 腕は真っ白い霧のような空気のなかで燃え

るようにただ輝きました。

つづく


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