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テーマ:お勧めの本(7942)
カテゴリ:思想
1999年、NATOがユーゴスラビアを空爆したことをきっかけに著されたとおぼしき多木浩二の
戦争論 1999年出版だけれども、内容は二年後の同時多発テロを予見しているようでもあり、また戦争はどこかで今も起こっている。 この本では、近代の戦争、近代日本の戦争、ナチの暴力、冷戦、そしてNATOによる空爆、と、歴史の流れに沿って「戦争はいかにして起こるのか」を考察している。 この本でわかったことは、「戦争は理性というものを失ったときに行われる」ということ、そして「戦争する可能性を持ってしまえば、戦争に行き着いてしまうこと」だ。 確かに、アメリカを攻撃した日本が、当時理性的な推論をしていたとは思えないし、明治政府は士族階級を抑えるために平民から兵士を調達し、理性を兵士に与えない教育をしたという。 「聖戦」とはナショナリズムお得意の語だけれども、若者が国家のために生命をかけて戦場に赴く衝動をかきたてるものであって、哲学的には貧困である、という記述は、なるほどという感じ。 北朝鮮からミサイルが飛んでくるかもしれないということで、迎撃の準備をしていると報道されていた。そりゃ、防がなければ危険だとは思うけれども、一部の人はワクワク感を持っているのではなかろうか。「やっとこの武器が使える♪」と思っている人も。イヤな感じだ。 日本が安易なナショナリズムに走らないよう、「理性」を鍛えておきたい。 「どんなに戦争がハイテク化しても、死んでいくのは個人的身体」という筆者の言葉は重く受け止めなければならないと思う。 決して難しい本ではありません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2009年03月31日 09時37分58秒
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