たなばたによせて
7月7日は、七夕(たなばた)だ。そして、私の友人の命日でもある。「私のことを忘れないで」という友人の声が聞こえるようだ。忘れようにも忘れられない。25の若さでみずから遠くへ逝ってしまった彼女。私が初めて喪服を着たのは彼女とのお別れの時だった。あの時はとにかく「どうして」という思いが強く、もし目の前に彼女がいたら、いろいろ聞きたいこと話したいことが山ほどあって、毎日そればかり考えていた。友人も母を突如失った時、「とにかく話したかった」と言っていた。そして夢に出て来た時にいろいろ言おうとすると、消えていってしまうという。その後、彼女は夢に2度出て来てくれた。一度めは、なくなってからそう遠くない頃。一列に並べられた椅子に座って、友人6~7名の向こうに彼女が座っていた。私は列から顔をだし、不思議そうに彼女を見つめる。「あれ。うめちゃん(友人の呼称)・・・。」彼女は生前とかわらないいつもの笑顔で、ただ、ただ、私を見つめていた。お互い言葉は発せず、見つめ合うだけ。二度目は、1~2年経った頃だろうか。彼女は私の目の前にいた。周囲に何もなく、二人だけだ。その時は、もう彼女がこの世にいないことを、私は夢の中でしっかり認識していた。そして私は彼女の手を両手で握り、話しかけていた。「出て来てくれて、ありがとう、うめちゃん、また来てね。また会おうね。」私の身体は震えていた。彼女は、ただ、ただ、懐かしい笑顔でうなづくだけだった。この時は、何かを伝えに来てくれたのだろうか。規定の研修をようやく終え、遠いところへいく前のようだった。それ以降、彼女とは夢の中で出会えていない。もうかなりの年月が経った。当時はまだ「うつ」に対する対応や理解もなかったような時代だ。強くてまじめでそしてデリケートだった彼女。責任感も強く、決していい加減な人ではなかった。自殺者が、毎年3万人を超す時代。自殺をする人を「弱い人」と、良く言うが、それは強者の言い分だろう。私は毎年必ず彼女の供養をしている。徳を付けてそして少しでもいいところへ行ってほしい、少しでも気持ちが楽になってほしいという願いからだ。世間ではほどなく盂蘭盆会(うらぼんえ)を迎える。盂蘭盆会は次の話に由来する。釈尊の十大弟子が、その神通力をもって自分の亡き母の姿を透視した。すると地獄で逆さ吊りになって苦しむ様子が見えたという。驚いて水やご飯を供養しても、ご飯は火となって燃え、水も飲もうとしても火となって燃え口に入れることが出来ない。困った弟子は釈尊に相談した。すると釈尊は、正しい施餓鬼の法をもって供養を施し、苦しむ母はようやく救われたという。これが仏教寓話に残る盂蘭盆会のお話だ。このように、供養は正しく法を修めた方が正しい法をもって執り行うことが大切だ。正しく修行し、日頃から心を修めている高僧のお経はとても功徳がある。そして供養をお願いする人(施主)も日頃から正しく心を修めることが大切だろう。遠いところへいった友だちに、どうぞ供養がとどきますように。