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カテゴリ:ジャズきのこ
虫の音も絶え、静かな夜のとばりが世界を包む。こんな夜は超レアなVocalを楽しむことにしている。Patty Waters。1965年12月録音というから博物館に入ってしばらくののち収蔵不能で廃棄されたって不思議のないような逸物だ。当時、といっても私が知ったのは1970年代後半だから10年後のことになるが、アルバート・アイラーやサン・ラなどのレア盤を出していたESP-DISKのもので、西宮北口にあったジャズ喫茶で聞いておもらししそうになった珍盤だった。さっそく探しまわって見つけ出し、以来私の秘蔵盤になっていて、こんな稀有な夜にだけ聴くことにしている。冒頭、Moon,Don't Come Up Tonightと来ちゃって天心の満月を冷笑する滑り出し。Why Can't I Come To Youと言い訳が入り、You Thrill Meなんてたたみかけてくる。僕は「月天心貧しき町を通りけり」なんて蕪村みたいな心地になっているのだが、彼女の言葉にしたがい月は無きものにしてロシア土産のタバコに火をつけている。しかし、月影だけはいかんともし難く、彼女が未練を残しながら去ったあと、ただちにクリス・コナーの「月影のステラ」を聴くことにしてようやく月とご対面。そして、あまりに高いところにいる月を首を長くしてみつめていたせいか、スタン・ゲッツの飛行機のタラップから手を振っている姿が突然浮かび、しめくくりはDear Old Stockholmにしようと固く決意したところだ。
こんな明るい月夜の晩は、電気を消したら月光が忍び寄りその愛撫で眠れそうにないので電気をつけたまま床に入ろうと考えている。私にとって月は格別な友達。私を置いて去ったしまった死者たちとのうたげを用意してくれる唯一のホステスなのだ。今、音楽はロシアのヤン・フレンケリ作詞の歌をアンドレイ・ミローノフが気のおけない間合いで唄う名演の数々が流れている。身体はとても疲れているのだが、月の光は私をますます鼓舞しつづける。ミローノフもずいぶん前に逝っちゃったなと思っていると、ふとアンナ・ゲルマンが出てきた。ロシアのパティ・ウォーターズ。ホーランド人だが、ロシアで有名になった。彼女もとっくの昔に全国ツァーの途中、バス事故で亡くなってしまった。そうだ、私のまわりはいつしか死者ばかりになっている。しかし、これはなんと心休まる発見だろう。 死者に囲まれてある日々。私が生きている間は死者もまた健在だ。死者のために生き抜く覚悟。時折りのぞいてくれるてとわくんも、どうかこの覚悟で生き抜こうぜ。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2005年10月18日 00時00分45秒
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