第弐夜 02.4-23






      「腐った僕の脳が見る世界」 第弐夜 02.4-23



       この世界は狂っていた。
       正確には壊れてしまった。

       それは僕達の周りだけの世界なのか
       皆の周りもそうなのかは分からないけれど
       この世は狂ってしまったんだ。

       皆は違っていても
       少なくとも僕達の世界は消炎と爆発音と火薬の焼ける
       そんな世界だった。

       平和だと言われていた世界は
       僕の中ではもう消えてしまって、僕の身近な人達は妹と祖母だけ。

       僕の両親は、小さい頃に消えた。

       死んだんだと思う。
       殺されたのかもしれないね。

       僕の父親は科学者か発明家だったんだと思う。
       僕がビックリする様な物を沢山作って遺してくれたから。

       僕の母親は強かった。傭兵だったのかな?
       僕がビックリする様な落とし穴とか罠を作るのが得意だった。
       すっごく綺麗な人だった。

       そんな父と母が消えた日から、祖母が僕達兄妹の面倒を見てくれる事になった。
       祖母はあまり笑わないし
       どちらかというと僕達兄妹の事を煩わしく感じていたのかもしれない。

       だって優しい言葉をかけられた事はないし
       抱き締めてもらった記憶も無い。

       でもそれは無理な相談だったかも。

       だって祖母は爆撃か敵の銃弾が足に当たったのか
       車椅子に乗っている人だったから。

       いつもしかめっ面だった。

       でも、そんな祖母でも優しい目になる時があるんだ。

       僕の母さん、つまり祖母にとっては娘にあたるのかな?
       母の写真を見ている時だ。その時だけは優しい目をしている。

       そんな僕達は山の上に住んでいる。
       正確には山の、頂きの一歩手前の場所だ。
       山の天辺を背景にして家が建っている。祖母の家は僕の家の隣だ。

       静かな場所だ。

       でもいつ敵がやって来て
       僕達の世界を壊すか分からない毎日が続いている。
       僕達はテロリストなのかレジスタンスなのかは良く分からないけど
       敵はこの国だという事だけはなんとなく分かる。

       活動は主に祖母が行なっていた。
       と、言っても僕達は三人だけの小さな組織だけどね。

       祖母は火薬を使うのが上手いんだ。
       僕達もそこそこ強いとは思うけど、まだ実戦はしていない。

       敵から受けた傷なのか、自分で負った怪我なのかは知らないけれど
       祖母の右顔半分には火傷の痕がある。

       でも僕はその傷痕が怖いとは思わない。
       だって蝶々のようだから。

       そんな祖母が今回仕掛けた爆弾は遠隔式の爆弾で
       どんなに遠く離れた場所でも
       こちらでスイッチ一つ押せば爆発させるという優れものらしい。

       そして仕掛けた場所は
       国のお偉いさん達が集まって会議をする所なんだって、言ってた。

       僕はてっきり、目の前で導火線に火を点けて
       線がジジジ…ってゆうのを目の当たりに出来ると思っていたけど
       僕達の知らない内に任務は終わっていたらしい。

       その事が終わった後、僕達の元にある二人組みが尋ねてきたんだ。

       一人は女性で
       もう一人は痩せ型でボロボロの帽子を目が隠れるぐらいに被った男だった。

       普通なら怪しいと思われる二人組みなのだろうけど
       僕は信用できる人達だと直感で思った。

       女性の名は「ミヅモ」さんというらしい。
       男の方は不明だけど、これからの付き合いでは分かると思う。
       焦る事はないと思った。

       ミヅモさんは祖母と何やら深刻な話をしている。
       僕が妹の手を引きながら"ジーッ"と見ていると
       少しはにかんだ笑顔で僕達の方へやってきた。

       「良くがんばったね。まだ小さいのに…」

       そう言ってミヅモさんは僕の髪をグシャと撫でた。
       小さいと言っても僕はもう10歳だし、妹は8歳だ。
       それに僕はもう直ぐで11歳になるから、もう立派な大人だと思う。

       僕がそんな事を考えている間に
       祖母とミヅホさん達の話し合いは終わったみたいだった。

       ミヅモさんが言うにはここは危険だから
       別の場所に逃げた方が良いらしいんだ。
       でも祖母はあの足だし
       今更ここを離れたくないって言って僕達に別れを告げた。

       その時僕達は初めて祖母に頭を撫でてもらった。

       そうしてもらって初めて、これが別れだと実感した。
       でもやっぱり僕はまだ本当の意味での別れの意味を知らなかったのかもしれない。
       だって涙がでなかったから。

       僕達四人は祖母の家のうしろを通って
       僕達の家の裏に繋がる細い場所を低い姿勢で慎重に、でも早足で通った。
       そして物音をなるべく立てずに僕達の家の中に入った。

       行く先は僕が決めさしてもらったんだ。
       だってピッタリの場所があったから。
       そこは僕達家族以外は知らない秘密の場所。
       でも僕達兄妹には密かな遊び場だった。

       そこに行くにはまず、僕の家の居間の部分にあたる部屋を通るんだ。
       僕の家はあまり広くなくて、居間も狭かったりする。
       でも元々二部屋だったのを仕切りにしていた襖を取ったから少しは広くなったんだよ。

       その元二部屋の奥の方の部屋にある、押入れ。
       天井に近い小さな押入れと普通に襖を開くと中で二段式にわかれている押入れ。
       そこがまず、最初の通過点なんだ。

       僕達はでかい押入れの襖を開け、二段にわかれてるそこに足をかけ
       天井近くの押入れの襖を開けた。そしてその狭い押入れに入るんだ。
       大人が入るのは少しきつそうだけど、この二人なら大丈夫だと思う。
       二人とも細いし。

       勿論最後に入った人は襖をちゃんと閉めてね。

       押入れの中を少し先に進むと、勿論壁がある。
       押入れ自体普通そんなに広くはないと思うけど、他の家庭はどうなんだろう?
       でも僕達の家と他の家と間違いなく違うのは、僕達の家がカラクリ屋敷だということさ。
       普通の世間一般の、家の押入れにこんな抜け穴は無いだろうから。

       僕は壁を軽く二回叩いた。


" ガ コ ン "



       壁が開いた。勿論人一人分のサイズだけどね。
       僕達はその暗い穴の中に入り、滑り台のように下に降りて行った。
       かなり急な滑り台だけど。

       そして暗闇の中、地に足がついたら、地面を撫でてみて下に繋がる扉を探すんだ。
       あまり広くないと言っても
       四人位は余裕でいられる空間だから、子供にはちょっと大変だ。

       扉を開くと、そこは僕達の家の地下駐車場。
       と、言っても小さめな車が二台ギリギリ止まれる程度の広さ。
       でもここは電気も水道もあるから、ここで生活だって出来るんだよ。
       冬は暖かいし、夏は涼しいし
       ガレージだってちゃんと下ろしてあるからプライベートだって守れる。

       でも僕達の敵にはこんな所に隠れたって、直ぐに見つけられるのは分かってる。
       勿論ここは僕達が行こうとしている場所の通過点に他ならないしね。
       ただ少し説明をしたかっただけなんだ。

       駐車場の中にも抜け穴がある。
       ちょっとした物置になっている場所にあるんだけど、
       今までは車のタイヤがあって入るにはちょっと難しかったんだ。
       今回は僕より大人の人達が二人もいるから大丈夫。

       タイヤをほんの少しずらして
       鉄の板が何枚も壁にもたれるようにおいてあるその内側に
       壁の灰色と同じ色の小さな扉があった。
       これも四つん這いにならないと大人は通れないんだ。僕達兄妹もだけど…。

       そこを通ったら今度は一気に上昇するんだ。
       狭い箱の中。
       エレベーターみたいなものかな。
       ただ登ってる、って感じが体で感じるから、きっとそうなんだと思う。

       昇り終えたら、その箱の中、自分の手前の壁を軽く押すと
       そこが僕達の、僕達親子の秘密基地なんだ。

       いつ来ても、やっぱりここは凄いと思う。

       とっても広いんだ。
       例えば学校の体育館の壇上から眺めたみたいな感じかな。
       そんな広いところが僕達兄妹の物なんだよ。
       ね、凄いでしょ。

       でもただ広いだけじゃないよ。

       僕達の両親は予感していたのだと思う。
       僕達があいつ等に追われる事を。だって前に母が僕に
       この場所は僕達の為に造ったって言っていたから。
       だからここは僕達には遊び場所でも敵には罠だらけの空間なんだ。

       「ここが僕達の父さん達が遺してくれた場所なんだ。
        凄いんだよ。
        昔一度だけだけど、ここのどこかの場所で僕港を見たんだよ」

       ミヅモさんは「そう」と呟き、彼女達らしいわ…と言った。

       その時の目は何処か祖母と同じ優しさを感じた気がした。

       ミヅモさんの提案でトラップにさらに磨きをかけ、僕達は一番下の広い場所に移る事になった。
       最後のトラップを仕上げる為に…。

       一番下の部屋で僕達は、思いがけないものを見つけた。

       最近どころか、本当はここ何年もこの下の部屋には来た事が無かったんだ。
       だから家の部屋からいつの間にか消えていた大切な物が此処にあるなんて思いもしなかった。
       たぶん父さん達の仕業だと思うけど。

       「ねぇ、お兄ちゃん。
        見て、お母さん達の写真」

       そこには3つ位、少し大きめの家族写真が額縁に入れて置いてあった。
       飾ってあったて言うのが正しいのかな。

       「うわ、本当だ。
        ハハ。ゆり、お前よだれかけしてるぞ」

       「何よぉ、お兄ちゃんだって
        今と全然違うじゃない。変な髪型ー」

       僕がまだ本当に小さくて、まだ世界が平和だと思っていた頃
       家族で一度っきりの旅行に行った事がある。
       その旅行先でピンクの4人乗りのブランコがあって、そこで撮った家族写真。
       その他にも
       色んな思い出がある写真達が、まだ無邪気に笑えていた僕達が写真の中にいた。

       ゆりは大切な物を大事に、そっと額縁から出した。

       「あ、
        お兄ちゃん。この写真の下にもう一枚写真があるよ」

       妹にそう言われて見てみると
       祖母がいつも大切そうに胸元にしまっていた母の写真が出てきた。

       それは父と母の結婚式の写真。
       花嫁さんである母の顔が中央に映ってて、父は写真からずれてしまっているところが
       何だか僕の父らしくて妙におかしかった。

       その他にも父と母の若かりし頃の写真が出てきた。
       その内2枚は祖母が大切に持っていた写真だった。
       どれも母が中心で映っているからだろうか…。

       「ねぇ…、
        この写真もって行っちゃダメ?」

       ゆりが少し元気の無い声で、そう言った。

       「駄目って言っても、持っていくんだろ?」

       溜め息まじりでミヅモさんがそう言うと、ゆりは返事はせず、コクン…と頷いた。

       「いいかい、アンタ達の敵はとてつもなく大きい。
        アンタ達を捕獲する為か殺す為かは知らないが、子供2人にただならぬ人数だ。
        いざとなったら荷物は捨ててでも生き延びるんだよ」

       そう言ってからミヅモさんは優しく笑い僕達の頭を撫でる。

       僕達もそれなりに訓練したつもりだ。
       地下駐車場の時から外にいる敵の気配が近付いて来ている事が分かった
       …ような気がする。

       祖母はこうなる事が分かっていたんだなぁ…。
       などと思いながら、最後の別れを告げた祖母を思い出していた。

       知らず内に上を仰ぎ見ている僕を見て、ミヅモさんが「ゴメンネ…」と言ってくれた。

       「説得したんだけど…」

       僕は首を横に振りながら
       祖母はそうしたかったんだと理由は分からないけど、そう納得していた。

       「おばあちゃんが…、
        僕らが戦いだしたのは、父さん達が消えた日からだったような気がする」

       僕達の周りの世界が壊れた日。
       壊れる前の日。
       祖母にとって、母がいた日々のある家。

       今の僕らに出来るのは、父や母が残してくれたこの場所で戦う事。

       最後のトラップを皆で仕掛けた。
       でも今回のトラップはそんなに手は込んでいないんだ。
       だって元から難しい場所だから。

       床が途切れ途切れで、しかも横長の板状のものなんだ。
       そしてそれが公園のシーソー見たいな感じでバランスが保たれてる部屋なんだよ。
       中央で上手くバランス取ってて、一人で歩くのなら中央。
       二人なら両端でバランス取って歩く仕組みに元々なっていたから。
       落ちたら大変だよ、ここかなり高いから。

       勿論僕達兄妹は何処が固定されているか知っているから楽だけど
       練習のためバランスを取る道を良く歩いていた。
       結構大変なんだ、階段もあるし…。
       一昔前にあったスーファミのあるゲームみたいだ。

       それを今回は少し改造して、固定された場所を無くしてみた。
       さらに四人同時に歩かないとバランスが取れないように微妙に細工して。
       その他に両端に爆発量の少ない爆弾も置いて
       少しでもバランスを崩すとその人の足にあたり爆発するようにしたり。
       僕達には特殊なセンサーで爆弾に触れても爆発しないようにしてあるから安心。
       下に落ちてもね。
       下には地雷一杯うえたらしいから。
       だけどその地雷は爆発じゃなくて高圧電流が流れる最新式のものらしいよ。
       あの無口なおじさんが下に降りて仕掛けてきた。
       あのおじさんも
       祖母や母のように爆弾やトラップは得意なんだって、ミヅモさんが言ってた。

       僕達はそのおじさんに与えられた爆弾を
       上のシーソーみたいな場所に設置する事が仕事だった。
       ミヅモさんが目にも見えない糸みたいなものでシーソーを固定してくれたし…。

       「あっ…」

       「あ―――っ。
        お兄ちゃん、ダメじゃない!! 転がしちゃ…」

       なんていうハプニングもあったけど、全て終るのにそんなに時間はかからなかった。
       やっぱりあの二人の手際がいいんだ。

       もう逃げ道が無い僕達はここでわずかな食事をしながら、敵が来るのを待つことにした。

       前の階と繋がる出入り口の扉の前はちょっとした一本道の廊下になっていて
       そこの下にほんの少しの空間があるからそこで食事をした。
       といっても食物にも限りがあるから、クッキーのカスとかを指ですくって。

       情けない事に僕達は食べ物をほとんど持って来ていなかったから
       ミヅモさん達が分け与えてくれた物を大切に食べるようにしようと決めた。

       「今、がっついて食べるんじゃないよ。
        ここぞ一番、という時に食べて力を入れる為にね」

       ミヅモさんはそういう時を味わった事があるみたいだ。
       母と同じ傭兵みたいな感じだし。

       そう思っていたその時、とてつもない足音が響きだしたんだ。

       敵が来たんだ。

       沢山の人数が僕達の隠れている通路の上をけたたましく走り抜ける。
       僕達は人数がある程度減るまで、ここに息を殺して隠れていた。

       気配を感じた。

       僕達の隠れている直ぐ近くで走り抜ける事はせずに
       その場に立ち止まり話している奴等がいた。
       もしそいつ等がしゃがみ込んでこちらを覗き込んだら、僕達の命は無い。

       心臓が爆発しそうな音がした。

       僕は妹を隠すように、背に隠し息を潜めた。

       次の瞬間、上で喋っていた男達が短い声を発して上から落ちてきた。

       隣にいたミヅモさんをみると短く首を縦に振り
       それが合図となって、作戦決行となった。

       僕達の仕掛けたトラップのおかげで敵はかなり減っていた。
       でもまだ僕達が勝つには少し人数が多いと思っていたが
       それは無駄な心配だったのかもしれない。

       武器を手にしたミヅモさん達は凄く強かった。
       このバランスの悪い場所で次々と敵を倒して行く。

       敵と戦いながら、僕達はある場所に誘導して行く。
       最後の作戦を決行するために。
       途中敵の口からミヅモさん達の事を「裏切り者」といって言っていた様な気がするけど
       その事をミヅモさん達に聞く事は出来なかった。
       もう二度と聞けない事を僕は知っていたけどミヅモさんが出会った時みたいに
       笑ってくれたから…
       僕は「ありがとう」とだけ二人に言って最後の作戦を決行した。

       あの無口なおじさんも最後に笑って「元気でな」
       って言ってくれたような気がした。

       全ての音が遠ざかって小さくなっていく。
       僅かな淡い光がこの倉庫のような場所を照らしていた。

       あのシーソーのような床をある道筋で通れば
       僅かな緩い円を描いた下りの階段になっているんだ。

       そこをそのまま4人で進み
       出入り口の通路になっている場所のせいで影になっている壁際の
       ある場所に向かうとその壁に僅かに人っ子一人通れる通路になっている場所がある。

       そこら辺は
       あたりがとても薄暗くて壁に通路があるようには見えないから見つけにくいよ。
       でも見つかっても安心なんだ。
       普通の人ならそのまま向こう側に渡ってトラップに引っ掛かるだけだから。

       僕達兄妹は壁に手をつきながらその通路を通る。
       そしたら僕達の指紋に反応して壁が開くから
       そこに入って本当に最後の僕達の隠れ場所に行くんだ。

       僕達が壁に吸い込まれるかのように入ったら
       地面が静かに下に降りる仕組みになっている。
       そしたらこの倉庫に着くんだよ。

       僕も妹もこの場所は一度しか来た事がなかったから少し不安だったけど
       微かな記憶を確かに此処に来れた。
       もしなかったらどうしようかと正直ハラハラものだった。
       これからどうなるのかは分からない。

       ミヅモさん達は…祖母と同じ顔をしてた。
       僕には解るんだ。
       あの顔は死に場所を決めた顔だって。
       だって満足そうな顔してたから。
       きっとミヅモさん達はあれで幸せなんだ。

       僕はすっかり軽くなってしまった手をズボンのポケットにつっこんだ。

       さっきの場所で派手に動いたから
       僕達のリュックは下の地雷だらけの場所に落としてしまった。
       食料は僕のズボンのポッケに少しだけ入っているけど、これだけじゃ全然足りない。
       この倉庫に食料があるのかも今は分からないけど
       この場所にたどり着けた安堵の方が今は強かった。

       広くて静かなこの倉庫に僕達兄妹は二人だけになった。

       息が白くて、寒く感じた。
       まだ冬じゃないのに…。

       ゆりはこの倉庫を何となく懐かしげに見詰めながら
       天井からがっしりとした鎖でつながれている中央監視場みたいな場所に歩いて行く。

       そこはとても細く長い通路で、鉄筋製で出来ているんだ。
       その鉄筋製の通路は下に何の柱も無く
       天井にから無数に綱かれた鎖で支えられていた。
       その通路の先に中央監視場がくっ付いた状態であるんだ。
       出入り口から中央監視場に行くにはその通路だけしかないんだけど
       高所恐怖症だったらやばいよね。
       だってここもさっきの場所みたいにとても高いから。

       その中央監視場みたいなところの手前に二、三段の軽い階段があって
       ゆりは階段の上で腰をおろし、監視場に寝転ぶ形で宙を見上げた。

       僕は腕を手でさすりながら、ゆりに「寒くない?」と聞いた。

       ゆりは僕に手を差し出し、笑いながら「そう?」って聞いた。

       その時妹に聞いといてなんだけど
       妹が「そう?」と聞き返した理由が分かったような気が僕はした。

       一人じゃないから、僕達兄妹は二人だから、二人しかいないから
       だから二人ならきっと暖かいと思えたんだと思う。

       僕が笑いながらゆりの手を取ろうとした時
       倉庫の無数のガレージが上がる音が響いた。

       けたたましいエンジン音と騒がしい男達の声。
       ガレージが完全に上がりきる頃には、たくさんの敵が倉庫に入ってきていた。
       まだ僕達の存在には気付いてはいないけど時間の問題だと思った。

       ガレージの向こう側に見える景色は、確かに遥か昔僕が見た、港の景色があった。
       一度しかみた事がないはずだね。だって僕はここに一度しか来ていないんだから。

       「…おいで」

       「うん」

       僕はこの小さな階段で隠れるようにゆりを抱き締めた。
       先程思った事は確かでこうして二人くっついていると、とても暖かかった。

       ゆりを隠す時敵の一人が僕達を発見したような気がして
       普通なら心臓はバクバクもののはずなのに僕達は凄く落ち着いていた。

       僕達が広いと思っていたこの世界は案外狭かったのかもしれない。

       ここも僕達だけの秘密基地じゃなく、すでに敵の手の中だったんだ。

       「ね、
        ミヅモさんには内緒にしてあったけど、腰の所に銃を忍ばせといたんだ」

       ゆりがイタズラをした子供のように笑いながら僕にそう言った。

       ゆりの服を少し捲り上げて見ると
       オモチャのように小さな小銃がズボンと腰の間にはさんであった。
       子供の僕の手にもスッポリと収まるサイズだ。

       「でもね、
        弾がもう一発しか入ってないの」

       「…うん。
        解ってる、僕が撃つよ。
        ゆりが撃って僕にその弾が貫通しなかったらお終いだから僕が撃つよ」

       ゆりは僕の首に腕をまわし、ギュッと抱きついて言った。

       その時、ゆりは笑っていたんだと思う。
       だって僕も笑っていたから。

       きっと母や父の様に優しく笑っていたと思う。

       「いいよ」

       僕の耳元で囁かれた言葉と息が妙に生暖かく感じた。




       それが僕の
                  この世界で感じる

最後の体温だった。






―― 終 ――








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