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2021.02.15
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カテゴリ:俳句バイキング

渡邊十絲子『今を生きるための現代詩』(講談社現代新書)に入沢康夫の「『木の船』のための素描」が全行引用されている。これを「とほうもなく格好よくおしゃれなもの」と言いつつ、この詩の解釈は「ほとんど不可能にちかいことだ。なぜならこれは、作者の内部にあらかじめ伝えたい感情や考えがあって、それを読者に解読させるための詩ではないからだ。」とし、「ここにあるのは架空の光景をうつくしいことばの流れだけだ。」と言い切る。そうなんだろうか? 
僕の読みではこの架空の光景はちっとも美しくないし、ことばも「物凄まじい勢い」とか「鳥肌立つ思い」とか、まあフツウに感じる。逆に、僕は作者の解読させたい意図を感じてしまう。この上下左右前後に「その正確な数を知るものはいない」「大小さまざまな」船室とは、ヒトの脳の寓意じゃないか? 「ここではいくつかの人間的欲望が失われている」特に「食欲」「排泄欲」が失われているので、大脳新皮質じゃないかと。但し「好奇心と記憶力もおとろえている」ので海馬は除き、前頭葉(?)も若干傷んでいるのか? 欲望より根源的なクオリアに閉じこめられてるってことかもしれない。とりわけ「決して入ることのできない船室」があって、「船室の内部に、海があった。」から、これは意識の座(!)だろう。「鳥たちだけはまったく自由に隔壁を通過する」ので、ニューロンの発火・伝達を言ってるんじゃないか? 
だとしたら、あまりに味気ない。『銀河鉄道の夜』の鳥捕りが捕まえて押し葉にするチョコレート味の鳥は詩人の抱くイメージのメタファーだと、以前僕は書いた。しかも賢治と同期時にデビューした稲垣足穂に対する羨望と嫉視があるとも。最後に、「もし外部から見たとすればこの船は単に一個の木箱に過ぎない」から、ますますヒトの脳の気配がただよってくる。







Last updated  2021.02.15 21:42:01
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