アトリエ昔、小学生だったころ、2つ下の弟と一緒に、絵を習っていた。 そこは、絵画教室のようなところではなくて、先生の自宅兼アトリエのアパ-トで 弟と私はふたりで、先生に絵をおしえてもらっていた。 先生は、おじさんで、黒ぶちのメガネをかけていて いつもパイプをくわえていた。 先生のアトリエには外国の絵の本がたくさん並んでいて、 部屋は、いつも油絵の具のにおいと、パイプのけむりのにおいがした。 先生の奥さんは目の不自由な方で、ハ-プ奏者の方だった。 先生の名前は覚えていない。 私と弟は、いつも「絵の先生」と呼んでいたからだ。 その、決して広くはないアトリエの中を、私は今でもよく覚えている。 たくさんの絵の本、絵筆のいっぱい入った筆入れ、赤いソファ、ハ-プ、イ-ゼル、デッザン用の石膏像、そして、いつも盲導犬が行儀よく座っていた。 そこで、私達は色んなことをさせてもらった。 窓ガラスに絵が描きたい、といえば描かせてもらったし、 アパ-トの屋上へ行ってみたい、といえば行って3人で紙ヒコ-キを飛ばしたりした。 美しい外国の絵本を見せてもらったりしては 幼いならがらも、その色彩の豊かさに驚いたりした。 ある時、棚にあったアルミホイルで包まれた棒状のものを見つけた私は、先生に、あれは何か?とたずねた。 先生は、にやりとしながら 「これは人間のホネだよ。」と言ったのだ。 ちいさい私は、まさか、と思いながらも もしかして本当なのかな、とどきどきした。 アルミホイルの中をちらっと、のぞかせてもらったけれども 本物なのかどうかは、ちっともわからなかった。 一体、あれはなんだったのか、今となっては、もう知る由もないけれど。 私が短大生のとき ふと思い立って、弟とふたりで先生を訪ねていったことがあった。 先生はお元気でいらして その時は、スワヒリ語を翻訳して辞書を作る仕事をしていると仰っていた。 先生は昔と同じで、やっぱりパイプをくわえていて あの懐かしいアトリエのにおいがした。 今でも、油絵の具を使うとき、 先生のアトリエを思い出す。 そして、絵筆をいっぱい入れた、自分の筆入れを見ては 「あっ。絵の先生みたいだ。」と うれしくなったりする。 ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|