200232 ランダム
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カガワちゃんの毎日。

カガワちゃんの毎日。

アトリエ



昔、小学生だったころ、2つ下の弟と一緒に、絵を習っていた。
そこは、絵画教室のようなところではなくて、先生の自宅兼アトリエのアパ-トで
弟と私はふたりで、先生に絵をおしえてもらっていた。
先生は、おじさんで、黒ぶちのメガネをかけていて
いつもパイプをくわえていた。
先生のアトリエには外国の絵の本がたくさん並んでいて、
部屋は、いつも油絵の具のにおいと、パイプのけむりのにおいがした。

先生の奥さんは目の不自由な方で、ハ-プ奏者の方だった。
先生の名前は覚えていない。
私と弟は、いつも「絵の先生」と呼んでいたからだ。
その、決して広くはないアトリエの中を、私は今でもよく覚えている。
たくさんの絵の本、絵筆のいっぱい入った筆入れ、赤いソファ、ハ-プ、イ-ゼル、デッザン用の石膏像、そして、いつも盲導犬が行儀よく座っていた。

そこで、私達は色んなことをさせてもらった。
窓ガラスに絵が描きたい、といえば描かせてもらったし、
アパ-トの屋上へ行ってみたい、といえば行って3人で紙ヒコ-キを飛ばしたりした。
美しい外国の絵本を見せてもらったりしては
幼いならがらも、その色彩の豊かさに驚いたりした。

ある時、棚にあったアルミホイルで包まれた棒状のものを見つけた私は、先生に、あれは何か?とたずねた。
先生は、にやりとしながら
「これは人間のホネだよ。」と言ったのだ。
ちいさい私は、まさか、と思いながらも
もしかして本当なのかな、とどきどきした。
アルミホイルの中をちらっと、のぞかせてもらったけれども
本物なのかどうかは、ちっともわからなかった。
一体、あれはなんだったのか、今となっては、もう知る由もないけれど。

私が短大生のとき
ふと思い立って、弟とふたりで先生を訪ねていったことがあった。
先生はお元気でいらして
その時は、スワヒリ語を翻訳して辞書を作る仕事をしていると仰っていた。
先生は昔と同じで、やっぱりパイプをくわえていて
あの懐かしいアトリエのにおいがした。

今でも、油絵の具を使うとき、
先生のアトリエを思い出す。
そして、絵筆をいっぱい入れた、自分の筆入れを見ては
「あっ。絵の先生みたいだ。」と
うれしくなったりする。


 





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