act.9『やっちゃった。』『やっちゃった。』次の日。おいらはまた、冷たいミルクをおなかいっぱい飲んだ。 それから、ママはおいらを自転車のかごに入れた。 かごの中は、クッションと古いセーターが敷き詰めてあった。 おいらを入れると、ママはかごの上にタオルを載せ、ふちをぐるりと紐で縛って、おいらが外に飛び出れないようにした。 おいらは怖くなって、にーにー鳴いた。 『少し我慢してね。警察までは15分くらいで着くから。』 ママはやさしく言ったけど、おいらは、また温かい場所から離されるのが悲しかった。 自転車が走り出すと、がたがたゆれておいらは怖かった。 昨日、桃のポケットの中で見た風景はとても綺麗だったのに、今日は、通り過ぎてゆく車は、大きなヴオォ~っという音や、黒いムカッとする匂いを出す怪物のように見えたし、並んだ家々は、上からおいらを押しつぶすかのように見えた。 おいらはかごの中でブルブルと震えた。 にーにー泣き叫んだ。 どうにか逃れようと力いっぱい暴れまわった。 ママは呪文のように 『大丈夫よ。もう少しだから大丈夫よ。』と、繰り返していたけど、おいらは、ちっとも大丈夫じゃなかった。 おいらは、なんだかだんだんおなかの辺りが苦しくなってきた。 ぼこぼこと、何かが上の方から下っ腹めがけてやってきた。 そして下っ腹で、それはごろごろとものすごい勢いで転がった。 おいらもかごの中で転がった。 ママはおいらの様子がおかしいのに気がついて、自転車を止めた。 でも、その時はもう間に合わなかった。 おいらは・・・おいらは・・・つまりやっちゃったんだ・・・。 ママは下痢便にまみれたおいらを、しばらく呆然と見ていた。 それからはっとして、おいらをかごから出してタオルで包み、着ていたジャンパーの中に突っ込んで、片方の手で上から抱え、猛スピードで自転車をこぎ始めた。 もう駄目だ・・・おいらは思った。 おいらは糞まみれでとても臭かった。 ママは怒ってる。 おいらの心の中まで糞まみれになった気がした。 ママはきっと早く、こんな汚いおいらと別れたいに違いない。 ものすごいスピードで自転車をこいでいた。 act.10『おふろでちゃぷちゃぷ』 に続く |