act.13『ケットウ?』『ケットウ?』『田口さんどうぞ』 熊はぼそぼそと言った。 よく見ると、白髪まじりの無精ひげをいっぱい生やした人間だった。 すると、犬とその飼い主らしいおじさんは、ガラス戸の横のドアを開けて入っていった。 犬は、ドアの前で一瞬立ち止まると、おいらを振り向いた。 何か言いたげだったけど、結局何も言わないままおとなしく入っていった。 ママはあわてて立ちあがって、 『先ほどお電話しました山野ですが。』と、ぺこりとお辞儀した。 熊は黙ってちょっとうなずくと、ドアの向こうへ消えた。 何が始るんだろう。おいらはドキドキしながら、ドアの向こうの気配をうかがった。 しずかだった。 どこかで時計の音がコチコチしていた。 突然、ドアの向こうから。 きゅう~~~ううん! という泣き声が聞こえた。 もしかしてさっきの犬? おいらは、ますます耳をぴくぴくとさせたけど、またシーンと静まって、泣き声は二度と聞こえなかった。 しばらくすると、またドアが開いて、さっきの犬がのそのそと重そうに歩いてきた。 おいらを見ると、目を細めてにかっと笑った。 確かに笑った。 『もうすぐ子供が生まれるのよ。』 犬が言った。 『どうせ、すぐ離れ離れになることはわかっているけど、でもまたしばらくの間、お乳をあげたりできるのよ。』 『どうして離れ離れになるの?』 おいらは、怖さも忘れて犬に聞かずにはいられなかった。 『私の子犬はとても血統がいいんですって。』 犬はポツリと言った。 おいらにはさっぱりわからなかった。 どうして『決闘』が強いと、ママと離れ離れになるんだろう? おいらも決闘が強いんだろうか? だから捨てられたんだろうか? 『さようなら。』 おいらは、あんまり一生懸命考えていたので、飼い主につれられてその犬が、もうひとつのドアから、いつの間にか去っていったのにも気がつかなかった。 act.14『ごろごろだよ』 に続く ジャンル別一覧
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