act.27『忍者猫』『忍者猫』春になった。 おいらの毛皮はお日様を浴びて金色のしましまだ。 おいらはベランダでごろごろお昼寝。 よく寝る子は育つってね。 そんな時、そいつが現れたんだ。 おいらの目の前を真っ黒いものがひゅんと飛んできた。 なに?なに?カラスかな? おいら目をぱちくりさせた。 そいつは真っくろ黒の猫だったんだ。 耳の先から尻尾の先までつやつやした黒い毛皮のオス猫。 歳はおいらよりちょっと上くらいかな? そいつはおいらのおうちの屋根の上で、のんびり毛づくろいをはじめた。 『ここはおいらの縄張りだよ。』 おいらはその猫に言ってやった。 黒猫は、おいらを横目でちらりと見ると、毛づくろいを続けた。 『いっちょ前にもう縄張り意識があるのか? 室内飼いの猫に屋根は関係ないだろう? こういうところは、自由な猫の縄張りさ。』 おいら頭にきた。 だって、だってね。 黒猫はそういって屋根の樋にマーキングしたんだよ。 ここはおいらのおうちなのに。 おいらがふ~っ!て怒っても黒猫はニヤニヤしただけだった。 おいらはベランダから初めて屋根の上に降りた。 屋根は斜めで高くて、ベランダから降りるのはちょっと怖かったけど、 おいらのおうちだもん。 おいらが守るんだ。 おいらはそろりそろりと黒猫に近づいた。 『へえ。ちびの飼い猫のわりにがんばるじゃん。』 『ここはおいらのおうちだよ!出て行ってよ!』 黒猫はどうするかなという風に尻尾を振っていたけど、 『ばいばいちびすけ。』というなり、屋根の上を駆け去った。 そしてひらりと隣の屋根に飛び移り、 そのままひらりひらりといくつもの屋根を越え、 あっという間に見えなくなってしまった。 なんだか忍者みたい。 おいらはテレビで観た、まっくろな人間を思い出した。 次の日もまた黒猫はやってきた。 おいらはベランダから屋根に移ると、黒猫の方にじりじり近づいた。 黒猫は昨日と違って興味深そうにおいらを見ていた。 おいらはそれに気を取られて、つるっと足を滑らせた。 黒猫はさっと、おいらの首ねっこを捕まえた。 『おっと。気をつけろよ。』 『おいらのおうちを盗りに来たの?』 おいらはジタバタあばれた。 『危ないから暴れんなって。盗らねえよ。』 黒猫はおいらを離すと、目の前に座り込んだ。 『ほんとに盗らない?』 『こんなちびから縄張り奪っても、自慢にもならないからな。』 『もうおいらちびじゃないよ。おっきくなったもん。』 黒猫は鼻をひくひくさせておいらの匂いを嗅いだ。 『まだまだだね。』 おいらが怒る前に黒猫は、おいらの鼻の頭をぺろりと舐めた。 黒猫の舌はざらざらでくすぐったくって、おいらはうひゃっと首をすくめた。 黒猫は笑った。 なんだかおいらはそれを見ても、もう腹は立たなかった。 こうして、おいらと黒猫は友達になった。 おいらは黒猫を忍者猫と呼ぶことにした。 黒猫に名前を聞いたら、 『オレは野良だから好きなように呼んでくれ。 時々オレに餌をくれる人間たちもいろんな名で呼んでるし。 猫の知り合いも好きなように呼ぶよ。』と、言ったからだ。 おいらと忍者猫が会うのは決まって屋根の上かベランダだ。 おいらがおうちの中で一緒にミルクを飲もうよと誘ったら、 忍者猫は一言いっただけだった。 『野良猫は家の中に入ったらひどい目に会うんだよ。』 おいらがどんなに、この家の人は大丈夫だと言っても忍者猫は承知しなかった。 おいら切なくなった。 忍者猫は、お腹をすかしたりすることがないんだろうか? あったかい寝床があるんだろうか? おいらがひげを垂らして泣きそうになってると、忍者猫は変な奴だなと言いながらも、 おいらの背中を優しくなだめるように舐めた。 『忍者猫もこの家で暮らさない? おいらママに一生懸命頼んであげるよ。』 忍者猫は首を横に振った。 『大丈夫だよ。飼い猫は心配性だな。 野良は野良なりに楽しくやってるもんだぜ。』 忍者猫は言ったけど、おいら知ってるよ。 おうちの無い猫が、どんなに寒くて、お腹がすいて、寂しいかって。 おいら忍者猫にママと桃に拾われる前の話をした。 忍者猫は耳をぴくぴく動かして一生懸命聞いてくれた。 『そうか・・・苦労しらずのちびだと思っていたけど、 こにゃんもけっこう苦労してきたんだな。』と、まじめな顔になった。 『オレは生まれたときから野良猫だ。 いまさら飼い猫になって、家の中に閉じ込められるなんて真っ平さ。』 忍者猫は餌をくれる人間も何人も知ってるし、ねぐらだってあると言ったけど、おいらはまだ心配だった。 忍者猫は時々ふらりと尋ねてきて、おいらにいろんな事を教えてくれた。 野良猫の集会の事、春の恋の事。 おいらは、夜中に近所のメス猫がな~おな~おと鳴くと、 オス猫同士のすごい喧嘩が始るのが何でか知った。 メス猫の鳴き声を聞くと、なんとなくおなかの中が変な感じがして、 そわそわしてしまうわけも。 おいらがそういうと忍者猫は、 『まだ子供の癖に生意気だな。』と言って笑う。 自分だって子供じゃないか! おいらが迷子になったときの話をしたら、 『へえ。4丁目の大将と知り合いになったのか。 大将は飼い猫だけど、なかなかすごい奴だぜ。』と、ちょっとおいらを見直したみたいだった。 大将って飼い猫だったんだ。 おいらは、大将がどうしても名前を教えてくれなかった。 飼い猫だから名前があるはずなのに。と、忍者猫に言った。 忍者猫は、まじまじとおいらを見つめたと思ったら、 いきなり爆笑した。 『そうか・・・そりゃ大将は名前を呼ばれるのを嫌ってるけど、 特にお前には呼ばれたくないだろうな。』 おいらちっともわけがわかんないよ。 忍者猫はおいらをよくからかうけどいい奴だ。 ほんとにおいらと暮らしてくれればいいのに。 そしたらおいらと忍者猫は兄弟になるのかな? おいらがママ猫のおっぱいを飲んでたとき、 きっとおいらの兄弟猫もいたんだ。 おいらおにいちゃんだったのかも知れない。 おいらの弟や妹はおいらと同じしましまかな? 忍者猫みたいな黒いのもいるかな? いつかどこかで会えるかな? 初めましておいらの弟猫。妹猫。 おいらがお兄ちゃん猫なんだよ。 act.28『満月』 に続く |