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小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

ちんどんや

   『ちんどんや』

窓の外からちんちんカンカンという音、どんどんと太鼓の音。
聴いたこともないような不思議な音楽が流れてきた。
僕は窓を開けて外を見た。
ピエロとか、紙でできた傘をさした人とか、でっかい黒ぶちメガネをかけて胸にたいこをしょっている人とかが、一列になって歩いてくる。
 『おっ。懐かしいな。ちんどんやか。』
僕の後ろから顔を出したおじいちゃんが言った。
 『ちんどんやって?』
 『お店の宣伝をして廻る人たちだよ。おじいちゃんの子供の頃はよく見かけたもんさ。』
 『へえ~。』
僕は家の外に出て、ちんどんやをそばで見たくなった。
玄関で靴を履いているとお母さんが、
 『どこへ行くの?もうすぐお昼ご飯よ。』と聞いた。
 『すぐ帰ってくるよ。』
僕は引き止められないようにあわてて外に出た。

外に出てみると、ちんどんやは角を曲がっていくところだった。
僕はその後を追った。
すると同じようにちんどんやを追っかけていく子供がいた。
さっちゃんだ。
弟の健太の手を引いている。
 『おい。あれ何か知ってるか?』
 『知ってるわよ。ちんどんやでしょ。和也知らないの?』
僕よりいっこ下の癖に生意気な女の子だ。
 『もちろん知ってるさ。』
僕たちが追いつくと、ちんどんやのあとを、数人の子供たちがぞろぞろついて歩いていた。
その中に同じクラスの武もいた。
 『お~。』
 『よお。和也お前も来たのか。』
僕と武は並んで歩いた。
ちんどんやは、かんかんどんどんちんちんと派手な音を鳴らしていた。
ピエロもメガネのおじさんも傘をさした着物の女の人も、誰も彼も、何も言わずただ音楽を奏でているだけだ。
いったい何のお店の宣伝なんだろう。
ちんどんやの音楽は、にぎやかだけど、どこかもの悲しかった。
行き会った人は、ある人は懐かしげに、ある人はうるさそうに見ていた。
子供は皆不思議そうに見ていた。
僕たちのように後をついてくる子もいた。
最初は数人だった子供たちが、今では十数人になっている。
僕たちはちんどんやのあとを、ただ黙ってついていった。

急にぱらぱら雨が降ってきた。
 『わっ!雨だ。』
僕は空を見上げた。
いつのまにか空は黒雲に覆われていた。
 『これは土砂降りになるぞ。』誰かが言った。
子供たちの何人かは立ち止まり、ちんどんやをちらりと見て、諦めたように来た道を引き返していった。
 『健太。濡れるから一人でうちに帰んなさい。』
さっちゃんが弟に言っている。
健太は口をへの字に曲げて、さっちゃんのスカートを握り締めた。
 『一緒に帰ってやれよ。』僕は言った。
 『健太!』さっちゃんは大きな声を出した。
健太の顔が真っ赤になり、目じりにじわじわと涙がたまり始めた。
風がさあ~っと吹いてきて、雨がみるみる大粒になった。
さっちゃんは、健太の手を取ると、がみがみ怒鳴りながら帰っていった。
あたりが暗くなり、バケツの水をひっくり返したような激しい雨になった。
子供たちはあわてて、頭に手を置き散り散りに駆け去った。
ちんどんやは滝のような雨の中を、ぜんぜん気にしないで、ちんちんカンカンどんどん歩いていく。
そのあとをついていくのは僕と武だけになった。

僕たちはあっという間にずぶぬれになった。
靴の中に水が溜まって歩くたびにぐじゅぐじゅ音を立てる。
髪の毛から水が滴って目の中に落ち込んでくる。
服はべったり張り付いて、僕たちは二匹のお化けみたいだ。
僕はなんだかおかしくなってくすくす笑った。
 『やべぇ。叱られるぞこりゃ。』
武もくすくす笑った。
僕たちは顔を見合わせてげらげら笑った。
笑いながらちんどんやについて歩いた。
ごおごおと雨が降っている。
暗い世界に一瞬ぴかっと光が走った。
続けてドーン!!
雷だ。
 『わっ!』
僕は叫んだ。
 『わっ!』
武も叫んだ。
ごろごろごろ・・・不吉な音が響いた。
それでもちんどんやは止まらない。
僕たちはお互い目で相談しあった。
 (どうする?)
 (せっかくここまでついてきたんだ行こう。)
雨のせいで、ちんどんやの姿はぼんやりにじんで見える。
だけど不思議なことに、ちんどんやの音は激しい雨の中でもはっきり聞こえた。
僕たちは誘われるように、その音についていった。
ごうごうぴかっドーン!!どんどんちんちんかんかん・・・。

町内を抜けてちんどんやと僕たちは町外れまで来た。
そこまで来ると、雨は止んでまぶしいほどの青空が現れた。
丘の上に向ってちんどんやは進む。
草に残った雨の粒がダイヤモンドのようだ。
どこかでかえるが鳴いている。
ちんちんどんどんかんかん。
目の前に大きな虹が架かった。
それは今まで僕が、見たこともないぐらい見事な虹だった。
七色の一つ一つがまるで燃えているようだった。
ちんちんどんどんかんかん。
ちんどんやはその虹を登っていく。
僕と武は、ぽかんとそれを見ていた。
ちんちんどんどんかんかん。
みるみるうちにちんどんやが、どんどん小さくなっていく。
僕はそのあとを追いかけようとした。
でも武がぐいっと僕の肩を掴んだ。
 『見ろよ。』
虹の橋が下のほうからすうっと薄れて消えていく。
僕と武は立ちすくんでちんどんやを見上げた。
ちんどんやが虹のてっぺんで、小さな小さなごま粒ぐらいになったとき、虹は青空に溶けるように消えてなくなった。
ちんどんやの姿はもう見えない。
ただ青空の高みから、ちんちんどんどんカンカンという音と、もの悲しい音楽がかすかに聞こえるばかりだった。

僕と武は手をつないで、その最後の音が消えるまで空を見上げて立っていた。
 ピィーーーッ!鋭いひばりの声で、はっと我に返る。
さわさわと風の音ばかりがする。
お日様は真上にある。
僕たちは丘を降りた。
 『また明日な。』
 『ああ。学校でな。』
僕たちは握り合っていた手を離して、にやっと照れくさそうに笑いあった。
そしてそれぞれの家路に向った。
早く帰らなくっちゃ。お母さんに怒られる。
もうすぐ昼ごはんの時間だった。








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