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小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

おじいちゃんの机

   『おじいちゃんの机』

僕は、小学校3年生になって、初めて学習机をもらった。
しかもお古だ。
友達は、みんな1年生のときに、真新しいぴかぴかの机を買ってもらってる。
それなのに、僕はおじいちゃんが使っていたっていう、古ぼけた木製の机を使わなくっちゃいけない。
『昔のものは、品がいいわねえ。』
お母さんが、水ぶきで机を拭きあげながら言う。
 パソコン台だってないし、どこが品がいいの?
『作りだって、しっかりしているしな。』
お父さんが、一番上の引き出しを、開けたり閉めたりしながらいう。
『あと何十年だって使えそうだ。』
 どうやら僕は、これを一生使わなくっちゃいけないみたいだ。
僕はがっくりと肩を落とした。
『ねえ、お母さん。
僕、こんな古いんじゃなくって、お隣の浩介の持ってるみたいな、新品の机が欲しいよ。』
僕が言うと、お母さんはふふんと鼻で笑って、
『いいわよ。来月の雄太のお誕生日に買ってあげましょうか?』と聞いてきた。
 うっ・・・僕は困った。
 だって、誕生日には、僕は、新しいゲームソフトを狙ってるんだ。
『いいよ。いいよ。この机を使うよ。』
僕はあわてて言った。

お父さんとお母さんが、笑いながら部屋を出て行ったあとで、僕はしぶしぶ自分のものを机にしまいだした。
艶のない茶色い木の机。
 ぜんぜんかっこよくない。
机の上の本棚に、教科書と本を並べる。
一番上の引き出しから、順番に、ゲームやクレヨンの箱、公園で拾ったつるつるした石、靴紐に、綺麗なキャンデーの包み紙、アニメのカード、磁石、セミの抜け殻。
大事な宝物をしまっていく。
 一番下には何を入れようかな?
そう思って取っ手を引っ張った。
『アレッ?』
引き出しは、びくとも動かない。
 もしかしたらこわれているのかな?
僕は期待でワクワクした。
新しい机が、買ってもらえるかも知れない。
よく見たら、一番下の引き出しだけ、鍵がかかっていた。
『そういえば・・・。』
僕は、ごそごそと、ズボンのポケットを探った。
小さな金色の鍵。
おじいちゃんの家のお蔵から、机を出していたとき、拾って忘れていたものだった。
見つけたのは、ちょっと変なところだった。
お蔵の脇に、もぐらの穴があったので、僕は棒でつついて遊んでいたんだ。
そうしたら、何かがきらりと光った気がして、僕は穴を掘り返してみた。
中から現れたのが、この金色の鍵だったんだ。
『この机の鍵なんてことあるかなぁ。』
金色の鍵は、鍵穴にぴたりとはまった。
がちゃり・・・鍵が回る。
『ごくり。』
僕は、引き出しを開けて、そっと覗いてみた。

『なぁんだ。空っぽじゃないか。』
僕はがっかりした。
わざわざ、あんなところに鍵を隠していたんだもの。
何か凄い宝物が入っているのかと思った。
僕はそこに、野球のグローブをしまって鍵をかけた。
別に鍵をかけなくったっていいんだけど、なんだか、そのほうがかっこいいじゃないか。
それからまた、鍵を差し込んでみる。
ガチャリ。
するすると引き出しは開いた。
『あれっ?!』
引き出しの中は空っぽだった。
僕はあわてて床に座り込み、引き出しの奥を覗いてみた。
何もない。
机の後ろに回ってみたり、下を覗いたり、他の引き出しも全部開けてみた。
僕の大事なグローブは、どこにも見えなかった。

『お母さん!』
僕は台所に向って、階段をどたどたと急いで降りた。
『お母さんってば!!』
『なあに?うるさいわよ雄太!』
お母さんは、玉ねぎを刻んでいた。
つ~んと鼻にしみる匂い。
『僕のグローブなくなっちゃったよ!』
お母さんは鼻をかみながら、僕にがみがみといった。
『だから、きちんと片付けなさいと、いつも言っているでしょ。
もう一度良く探しなさい!』
『だって、ちゃんと机にしまったんだよ!』
お母さんは今度は、エプロンの端で目を拭きながら言った。
『いつも、しまったとか、ちゃんとここに置いておいたとか・・・いい加減なことばかり。
ちゃんと、すぐ仕舞わないから物をなくすのよ。』
なんだか僕まで涙がにじんできた。
これは、玉ねぎのせいに違いない。
『だって、だって・・・今しまったばかりなのに・・・。』

僕は鼻をすすりながら、自分の部屋に戻った。
 僕の大事なグローブだったのに。
 大切に大切にしていたのに。
 お母さんは、僕の不注意でなくしたって思ってるんだ。
僕は机を蹴飛ばした。
 この変な机のせいだ。
僕は一番下の引き出しを開けて、グローブが戻っていないか確かめた。
何もない。
それこそちりひとつ転がってなかった。
僕は頭にきて、ゴミ箱を持ち上げると、引き出しの上でひっくり返した。
『お化け机め!これでも食べろ!』
それから、ぴしゃりと引き出しを閉める。
その前で腕組みをして、たっぷり100数えてから、引き出しをそっと開けてみた。
くちゃくちゃに丸まったちり紙や、みかんの皮や、鉛筆の削りかすが出てくる。
『ふん!ゴミは食べないって言うわけか?』
それから思いついて、引き出しを閉めると、金色の鍵を差し込んだ。
鍵を回して、もう一度引き出しを引っ張る。
引き出しは開かない。
僕は再び鍵を差し込んだ。
ガチャリ・・・目をつぶって、勢いよく引き出しを引っ張る。
『無い・・・。』
引き出しから、ゴミは、きれいさっぱり消えていた。

僕はけっきょく、誰にもあの机の秘密はしゃべらなかった。
お母さんもお父さんも、信じてくれるかわからないもの。
僕が何か、ふざけていると思われるかもしれない。
かわりに僕は、いろんなものをあそこに捨てた。
まあ・・・いろんな不要なものだ。

ある日夕飯が終わったあと、僕はリビングで、のんびりアニメカードの整理をしていた。
お父さんは、ビールを飲んで、真っ赤な顔をして上機嫌だ。
『おっ!雄太すごいぞ!何か、月で重大な発見があったらしい。』
お父さんは、身を乗り出してテレビを観ていた。
 なんだろう。
僕もテレビにちらりと目を向けて、思わず飛び上がりそうになった。
 画面いっぱいに広げられているのは、僕の算数のテスト用紙じゃないか!
『3年2組 さとう雄太と名前が記入してあります。』アナウンサーが読み上げた。
『今日、月の裏側で発見されたものです。
こわれたおもちゃや腐ったチーズの塊など、他にも地球の物としか思えないものが、多数見つかっております。』
『ん?お前と同じ名前だなあ。
そういえば雄太、何組だっけ?』
僕の背中を冷や汗が流れた。

 まずい。
僕は思った。
 まさかあの机が、月の裏側に通じていたなんて、思いもよらなかった。
算数のテスト用紙も、給食でこっそり残したチーズも、壊してしまったおもちゃも、みんな僕のものだった。
『まさか月で、お前のテスト用紙が見つかるわけないか~。』
お父さんは、ビールの泡を吹きながら、アハハと笑った。
僕もあわてて、アハハと笑って見せた。
だって、世界中に有名になってしまった、謎の17点のテストが僕のだなんて、いまさら名乗り出れっこないよ。
画面の端っこに写っていた、大事な大事なグローブを見ながら、僕はこっそりため息をついたのだった。




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