人魚姫(act.9)『人魚姫』act.9中3の冬休み。 そう、あれは12月24日イブの日だった。 私は自室で、ぼんやりとラジオを聴きながら、気のない勉強をしていた。 春からは、寄宿舎つきの私立高校へ、行くことが既に決まっている。 担任は、私ならもっと、高いレベルの高校を、目指せるのにともったいながった。 その高校を、私に進めたのは義姉だ。 『とても自由な校風でね。 場所も、自然が多くて空気もいいし。 祐樹さんは、気管支が弱いから、体にもいいと思うわ。』 にこやかに優しげに、いつの間にか取り寄せた、学校案内のパンフレットを広げて見せた義姉。 でも私は会った瞬間から、義姉が私を、疎んじている事に気づいていた。 なぜなら、私自身も義姉を嫌っていたから。 それでも私は、義姉の進める高校を選んだ。 早く、義姉と兄の住むこの家から出て行きたかったから。 兄は、私が一人で、寄宿生活をすることに心配顔だった。 『何も、そんな遠くの学校へ行かなくても・・・。』 義姉は、兄の腕に自分の腕を絡ませ、胸を押し付けるようにしながら、くすくす笑った。 『あなたって、いつまでも祐樹さんを、小さな子供だと思ってるのね。 祐樹さんだってもう大人よ。 こんなにお兄さんが、べったりじゃ、息が詰まってしまうわ。』 義姉の言葉に、兄は困ったように頬を掻いた。 『いや・・・お前を子ども扱いしようなんて・・・その・・・。』 『ほらね。やっぱり子どもだって思ってるでしょ?』 義姉は困った人ねといいながら、兄の髪を赤いマニュキュアを塗った指でなぜる。 毒々しいほど赤い指先。 義姉は心の中で、その鋭い爪を、私の心臓につきたてているのだろう。 そのねっとりした赤さは、私の流す血の色だ。 吐く息が白い。 私はぶるりと身を震わせた。 エアコンの調子が悪い。 私は机から立ち上がり、ベッドの上の、エアコンの送風口に手をかざした。 そこからは、少しも暖かみのない風が吹いているだけだ。 私は諦めて、スイッチを落とした。 ガチャリ。 同じタイミングで、部屋のドアがノックもなく開けられる。 『あら、もうおやすみ?』 ベッドの上の私をみて、そう声をかけたのは義姉だった。 『紅茶を入れてきたんだけど。』 珍しいことがあるものだ。 『兄さん。帰ってきたんですか?』 義姉はトレイを机の上に置き、何気ないしぐさで、ぱらぱらとノートをめくる。 『まだよ。いつものことだけど。』 机の上のラジオから、小さくクリスマスソングが流れる。 『ご馳走、無駄になるかもね。貴方も、夕飯食べないし。』 義姉の指が、小さくノートの端をピリッと破く。 『すみません。友達の家で、食べてきちゃったから。』 『友達って、あのガールフレンド?』 義姉の目が私のほうを向いた。 『ええ・・・まぁ・・・。』 ふうん。と義姉は笑って見せた。 『私ね。あの人と一緒にイブを過ごした事ってないの。 付き合ってから3年間一度もね。 祐樹が、ひとりじゃかわいそうだからって。 もし良かったら、私も自分たちと一緒に、クリスマス・イブを過ごさないかって。 冗談じゃないわよ。』 言葉の内容とはつりあわぬ、義姉の朗らかな口調。 『あの人ってば、自分が貴方の父親ぶりっ子するだけじゃ足りずに、私にまで母親役を押し付けようっていうのよ。』 『兄さんは、別に義姉さんに、そんなこと押し付けようなんて。』 私がそういうと、義姉はかっとなったようだった。 『押し付けようと思っていない?そうでしょうよ! あの人は、無意識に要求しているだけ。それが当たり前というように。 私がどう思うかなんて考えてもいないわ!』 義姉はポットの紅茶を、やや乱暴にカップに注いだ。 それと一緒に差し出されたのは、白い生クリームに、つやつやとしたイチゴの乗ったショートケーキだった。 『私が焼いたクリスマス・ケーキよ。』 私は口の中で、もごもごとお礼を言って受け取った。 『結婚してから初めてのクリスマス。 貴方は邪魔だけど、今年くらい3人で過ごしてもいいと思ったわ。 どうせ貴方は、もうすぐこの家を出て行くし。』 私はびっくりした。 心の中でどう思っていたにせよ、義姉が私のことを、はっきり口に出して、邪魔だといったのは初めてだったからだ。 『そうしたら、今年は仕事? 私がいるから、祐樹は一人のクリスマスを過ごさなくってすむ。ありがとうって。』 義姉はどさりと、私の横に腰を下ろす。 その衝撃で、私の体がベッドの上で小さく跳ねた。 ベッドに置いたケーキの上に、たぶんわざとだろう、義姉の手がものの見事に置かれていた。 熱い紅茶が指にかかり、私は小さく悲鳴を上げる。 カップを取り上げると、義姉は、赤く色づいた指を口に含んだ。 『義姉さん!』 義姉の大柄な体が、私に覆いかぶさってくる。 叫んだ口の中に、何か肉感的な、生暖かいものが忍び込んできた。 プンと強い酒のにおいがした。 |