人魚姫(act.12)『人魚姫』act.12『美弥が死んで、私はようやく美祐のことに思い至った。 だが、美祐は・・・私は、取り返しのつかないことをしてしまった。 刑事が来て、事故の事をいろいろ調べていた。 私は急に恐ろしくなったんだ。 美祐の体が、ろく癒えるのも待たず、私は逃げ出した。 逃げて、逃げて、海辺の小さな貸し別荘に、美祐とふたり、ようやくたどり着いたんだ。』 兄さんが失踪したのは、そんなわけがあったのか。 だが、刑事が来たのは確かだったが、すぐにあれは、不幸な事故だったと調べはついたはずだ。 『美祐は最初は、母を恋しがり、自分が二度と立てないのだと知って、毎日泣きじゃくっていた。 私は、その声が辛くて、ただ耳を塞ぐだけだった。 無理やり連れ出したのに、ろくに抱きしめて慰めもしてやらず、自分の悲しみだけに閉じこもって。 そのうちだんだん、美祐は泣かなくなった。 ぐったりとベッドに寝たまま、黙って、窓から海を眺めているだけになった。 私は泣き声が止んだことに、ほっとしてさえいた。 5歳の子供が、笑う事も泣くこともせず、じっとして黙っている事が、どんなに変かということを考えようともしないで。 美祐の食べる量が、日々僅かになっていくのさえ、気にも留めないでいた。』 私は父親に省みられず、痩せてぐったりとした美祐を思い浮かべ、心を痛めた。 力のないか弱いものが、大人たちの身勝手な罪に、その身も心も削られていく。 そして私は、美祐を苦しめた元凶であるのだ。 『ある晩のことだ。 ふと、目を覚ました私は、隣で寝ていた美祐のベッドが、もぬけの殻になっていることに驚いた。 あわてて明かりをつけ、ベッドの下も見たが美祐はいない。 部屋のドアが開いている。 まだ、車椅子もなかった頃だ。 ベッドから転がり降りたのだろうか? そして這いずるようにして部屋を出た? 酔っ払って、気を失うようにして寝ていた私は、その物音にも気がつかなかったのか? 私はあわてて美祐を探した。 玄関のドアが開いている。 外へ出たのか?あの体で? 家の外は砂浜につながっていた。 砂にはまるで、大きな蛇が、のたうちながら進んだような、長い長い跡がある。 私は大声で美祐を呼んだ。 入り江になっているおかげで、ほとんど波もない静かな海が、その時無性に怖かった。 私は美祐の這った跡が、そのまままっすぐ海に、続いているのに気がついたんだ。 私は海にはいっていった。 暗い水に腕を入れ、探るように大きくかき回し、もしや美祐の亡骸が、あるのではないかと、子供のようにおびえながら。 懐中電灯を落としてしまった私に残されたのは、空から降り注ぐ僅かな光が頼りだった。 だが、波の表面を照らすばかりで、水の中までは光は届かない。 私は次第に深みにはいっていった。 時折私の靴を履いたままの足が、ふわっと浮かび上がり、片方の靴は既に波にさらわれていた。 水は私の顎を時折洗っていた。 美祐が死んだのなら、私もこのまま死んだほうがいいのではないか? そう考えたら、ようやく安らかな気持ちになった。 私は力を抜いて、海に浮かんでみた。 いい気分だった。 月が明るかった。 あんなにしみじみと月を見上げたのは、子供の頃いらいだ。 まだ、裕也。お前も生まれていない昔。 母と父に囲まれて、庭で月見をした。 月見だんごを頬張りながら、まだ若かった母の細くて綺麗な十五夜の歌を聞いていた。 そんな思いに浸っていたとき、私は本当に歌声を聞いたんだ。 今までに一度も聞いた事のないような歌。 それなのに、無性に懐かしい歌声を。 私の体は歌に惹かれるように、波間にゆっくりと沈んでいった。 口からあふれ出た空気の泡が、キラキラと綺麗に輝きながら空に上がっていく。 しずかに目を閉じ、沈んで行く私を、その時やわらかく抱きとめた者があった。 母が迎えに来てくれた。 私はそう思った。 もう怖いことはない。 私は目を開けて母の姿を見ようとした。 白く小さな少女の顔。 私はその時、人魚にであったんだ。』 続きは停止中です。 |