星を統べるもの2昼休み俺は、購買での熾烈な戦いの末、手に入れた焼きそばパンを抱えて、屋上へと続く階段を上がっていった。建付けの悪い戸をがたがたと開けて、大きく深呼吸する。 空が青かった。寝不足の頭がくらくらする。 早く飯を食って、昼寝でもしよう。 俺は給水タンクのはしごをよじ登ろうとした。その上が俺の秘密の昼寝場所だ。 けれども、俺がまだはしごに足をかけないうちに、タンクの陰からMサイズのピザのようなニキビ面が顔を出した。 『よお。怖気づいたかと思ったぜ。』 ニキビ男は、ニヤニヤと笑いながら、指で自分のあごのニキビのひとつをつぶした。 うええ。俺は思いっきり顔をしかめた。飯を食べる前に見たい光景じゃない。 『誰?なんか用?』 俺が聞くと、ニキビ男はニヤニヤ笑いをやめた。 『ふざけんじゃねえ!てめえ。ちょっとばかり可愛い顔してるからって、いい気になるなよ!』 『可愛いとはなんだよ!』 『可愛いだろっ!』 『男に可愛いって言うな!』 『可愛い奴に可愛いって言ってなにが悪い!』 俺たちががふーふー髪を逆立てていると、タンクの裏からまたしても現れた奴がいた。 二年の岸本だ。 『おい・・・話がずれてんぞ。』 岸本はあきれたようにニキビ男を小突く。 学ランを、まるでマントのように肩にかけ羽織っている、180はありそうな背の高い姿は、ちょっぴり俺のコンプレックスを刺激してくれる。 『と、とにかくだな!お前が純真な婦女子をたぶらかしているのを、俺は許せんのだ。』 ニキビ男は、小突かれた頭をニキビをつぶした手で揉んだ。 俺は、アクネ菌が頭に回らないのかなと、他人事ながら思わず心配してしまった。 『腐女子?』 『婦・女・子!うら若いご婦人だ~っ!』 ウ~ム。発音も同じなのに、なぜ俺の思考が読めるのだろう? もしやコヤツは、どこぞの星から来たエスパー?星座はピザ・・・なんちゃって・・・。 『早い話が、お前に、藤原あかりから手を引けってことだ。』 岸本が、さくっと話を進めてくれた。 え?え?なんだそれ? 『常に複数の女と付き合っているようなお前に、あかりさんはふさわしくない!』 ニキビ男が、顔中を沸騰させて怒鳴った。 『えっと・・・もしかして、なんか勘違いしてる?』 『え~い!往生際が悪いぞ!その可愛い顔を、整形してやる~っ!』 ニキビ面が俺に迫った。 うぎゃ~っ!アップは許して・・・。 思わず顔の前で腕を交差して、目を閉じた俺。 けれども、何時までたっても何の衝撃も訪れない。 こそっと目を開けてみると、岸本に学ランの襟元を、猫の子の様に吊るし上げられたニキビ男の姿があった。 『な、なんだよお。俺に加勢してくれるんじゃなかったのか?』 『誰がそんなこと言った?お前が面倒を起こさないように付いてきただけだ。』 どうやら少なくとも岸本は、俺を無理やり整形しようとかは考えていないらしい。 岸本は、俺を見て眉間に皺を寄せた。 年には不相応なほど、苦みばしってかっこいい。 『お前。こいつからの手紙、見なかったのか?』 手紙?言われてみれば・・・。 『もしかして、ピンクのキテイちゃんの封筒?!』 『・・・・・・・そうだ。』 岸本が、顔に苦渋を浮かべて肯定した。 『違う!』 ニキビ男が、じたばたともがきながら叫んだ。 『あれはキテイちゃんじゃない!シナモンちゃんだ!』 『若芽が萌えいで、猫が発情するこの季節。 皆様いかがお過ごしでしょうか? 心ときめく出会いを得て、俺、いえ、僕は惑い、惑わされてカーニバル。 だが、貴様がどんな卑怯な手段を使おうとも、彼女は俺が守ってみせる。 明日という字は、明るい日と書くのだ。 俺は日のいずるところの天使だ。そうだ愛のキューピッドだ。 光あれ!』 俺はスラスラと暗誦して見せた。 『そうだ!ちゃんと読んでんじゃないか。さっきはとぼけやがって。』 ようやく地面に降ろされたニキビ男は、自分の首筋を撫でている。 だから・・・アクネ菌が・・・いや、そこはもう手遅れか・・・。 『そこまでしか読んでいない。それ以上読むと、洗脳されちゃいそうで怖かったから。』 俺が変な宗教の勧誘かと思ったと言うと、岸本は、黙って重々しく頷いた。眉間の皺がもう一本増えた。 無性にアイロンをかけたくなる皺だ。 『石田は、藤本あかりの件で、お前と話がしたいと、今日、この時間、この場所を指定してたんだ。』 はは・・・偶然って怖いな~。 『俺と藤本は、ただの友達だよ。』 『なっ!?お前。あかりさんの心をもてあそんだのかっ!?』 もう一度、俺に跳びかかろうとしたニキビ男の襟元を、ぐいっと岸本が引いた。 『きゅうん。』 ニキビが潰れた。 『少なくとも、お前にその気はないんだな?』 『おう!』 『解った。邪魔して悪かったな。』 『へっ?』 岸本はそのまま、ニキビ男を引きずって立ち去ろうとした。 あ~あ。昼寝する時間はなさそうだ。 『お前。顔はいいが、軟派野郎にも見えないし。なんで、女とばかりいつもつるんでいるんだ?』 なんだよ。まだ話し終わってなかったの? 『男は嫌いだから。』 なるほど。と岸本は頷いた。 『あんたこそなんで?こんなことに関わるの?』 友情だなんて聞いたら、まじ吐いちゃいそう。 『こいつは、俺の従兄弟なんだ。』 俺は二人を見比べてみた。 岸本って、和製ジョニー・デップみたいな顔をしてるよな。 そしてピザ男の顔を、もう一度まじまじと見てみる。 俺は遺伝子の神秘さに触れた気がした。 『それから、どうやら気が付いてないようだけど、石田はお前と同じクラスだぞ。』 入学して1週間。 クラスの女の子の顔は覚えたが、男の顔なんざ一人も覚えちゃいない。 ニキビ男は石田というらしい。 『俺は二年の岸本。』 『あんたのことは知ってる。』 『ふ~ん。光栄だな。』 『女の子たちから、噂を聞いていたから。』 誰ともつるまないで、いつでも一人でいる奴。 そのくせ、妙に存在感があって、教師にも生徒にも一目置かれている。 成績はトップクラス。喧嘩もどうやらめちゃくちゃ強いらしい。 不良グループのレッドスネークが解散したのは、岸本が絡んでると言う噂もささやかれていた。 『あがりざんはわだざないぞお~~~っ!!』 そのとき潰れた叫びを上げて、ニキビ男・・・石田が俺に跳びかかってきた。 とっさに伸ばした岸本の手も届かない。 石田は、盲目的に俺に突っ込んできた。俺の体が宙に浮いた。 俺は巴投げの要領で、大きく投げ飛ばされていた。 ああ・・・空が青いな。 俺はそのとき本当に眠かったんだ。 俺の背中に、鉄の棒の感触が触れた。 そのままくるりとひっくり返って、俺は再び宙にいた。 まるでスローモーションのように、何か叫びながら、俺に向かって腕を伸ばしている岸本が見える。 あ・・・落ちる。 そう思ったとたん、悲鳴のような音が耳元でした。 空を切る俺の落下音だ。 そして俺はベルバラに。 『ベルバラ?』 澄んだ子供の声が聞こえた。 『なんだか翻訳機の調子が変じゃない?』 もう一人、少し生意気そうな子供の声。 俺は自分の足元を見た。ここは地面じゃない。空中だ。しかも少しずつ浮上しているではないか。 俺はふよふよと漂いながら、屋上に戻った。 『ウウ・・・幽霊になるってこういうことか。』 『やだなあ。死んでもらったら困るよ。』 石田でも、岸本でもない子供の声。 俺は、恐る恐る、その声が聞こえてきた方。つまり上の方を仰ぎ見た。 空中に、二人の子供がいた。 金色の巻き毛と、空よりも青い瞳。 年の頃は、12歳くらいか? まるで鏡に映したようにそっくりの子供たちだ。 『天使が迎えに来たのか?』 銀なら5枚。金なら一枚のはずだ。 『『初めまして、お父様。』』 天使たちは、声をそろえて歌うように言った。 『星を統べるもの』3に続く ジャンル別一覧
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