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小説 こにゃん日記

小説 こにゃん日記

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しましまこにゃん

しましまこにゃん

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☆長編猫小説『こにゃん日記』


act.1『よお。』


act.2『聖なる日に』


act.3『劇的シーン?』


act.4『桃のママ』


act.5『おいらは空を飛んだんだ』


act.6『冬薔薇』


act.7『上手にちっち』 


act.8『ママVSパパ』


act.9『やっちゃった。』


act.10『おふろでちゃぷちゃぷ』


act.11『焼きたてのパンみたい』


act.12『犬と熊』


act.13『ケットウ?』


act.14『ごろごろだよ』


act.15『みんなで踊ろう』


act.16『ねんねん』


act.17『イチゴとおっぱい』


act.18『おいらの冒険』


act.19『キジ猫大将』


act.20『あれはおいらのお家だ』


act.21『トラ猫』


act.22『お耳でぐりゅぐりゅ』


act.23『回転寿司』


act.24『にゃ~ん』


act.25『おいらと銀の鈴』


act.26『おもちゃのチャチャチャ』


act.27『忍者猫』


act.28『満月』


act.29『菜の花とお月様』


act.30『しま姉さん』


act.31『綿菓子猫』


act.32『おいらのママ猫知りませんか?』


act.33『長い長いおいらたち』


act.34『月猫』


act.35『悪い猫』


act.36『会いに行こう』


act.37『おいらはこの町の猫だ』


act.38『夜の明かり』


act.39『となり町』


act.40『喧嘩』


act.41『懐かしい声』


act.42『キラキラ』


act.43『それは光のように』


act.44『あるメス猫の話』


☆ショート小説


母走る


夢で読みましょう


都会の水


3匹のこぶた


お父さん


海に行きたい


ちんどんや


仏師医


三角くじ


もうひとりの僕


ラムネ


家路


クロノス


薔薇の下にて


貝殻骨


サトリ


つり橋の心理学


命が乗る船


カーマ


おじいちゃんの机


縁日


都会の箱


恋するカレー


星の王


僕の怖いもの


旅立ちの曲


アニマル的コミュニケーション


偉大な一歩


不条理なメルヘン


ちょうちょ結び


デパートにて


お弁当


ドロップ ドロップ


夏の終わりの電話


昼下がりの悪魔


雨の日曜日


なわとび


夜を走る


傷跡


金木犀の花咲く下で


琥珀の人魚


闇の取引


変身


ある画家の話


☆中編小説


人魚姫(act.1)


人魚姫(act.2)


人魚姫(act.3)


人魚姫(act.4)


人魚姫(act.5)


人魚姫(act.6)


人魚姫(act.7)


人魚姫(act.8)


人魚姫(act.9)


人魚姫(act.10)


人魚姫(act.11)


人魚姫(act.12)


悲流子


スノーテール1


スノーテール2


スノーテール3


スノーテール4


スノーテール5


スノーテール6


月の虹


☆詩と川柳


小さな歌


夏の雨の歌


星めぐりの歌


うそつきな子供


夏休みの歌


結婚しよう


おるごぉるの夜


お祭りの歌


花の歌



そらのなみだ


ちいさな幸せ


鳳仙花


『ティータイム no1』


悪女


空とアトラス


長編小説


星を統べるもの1


星を統べるもの2


星を統べるもの3


星を統べるもの4


星を統べるもの5


星を統べるもの6


星を統べるもの7


星を統べるもの8


星を統べるもの9


星を統べるもの10


January 29, 2006
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カテゴリ:中編小説
*『悲流子 上』の続きです。




奈美子はだんだんと、関係者に怒られるのとは、別の意味で怖くなってきた。
この薄暗い場所で、自分はたった一人で、裸というまったくの無防備な状態なのだ。
戻ろうかしら?奈美子は後ろを振り返った。
もう夫は湯から上がり、休憩室でビールでも飲んでいるかもしれない。
そのとき、下のほうから、ばしゃんと水音が聞こえた。
とたんに、小さく低いが、今まで聞こえなかったのが不思議なほど、がやがやと人のしゃべる声が聞こえてきた。
『まるで生き返るような心地だねえ。』
くすくすと笑い声。
『それにしても、もっと入り口をわかりやすくすりゃいいのに。』
『そりゃ。秘湯だから。』
奈美子はビクビクしてた自分が可笑しくなった。
それから、この施設のオーナーに腹がたった。
そうよ。入ってもいいなら、もっと解りやすくしてよ。
あんな入り口じゃ誰も気がつかないわ。

奈美子はようやく階段の下にたった。
そこはぽっかりと開いた、湯だけで満たされた空間だった。
黒々とした湯は、腰までの深さで少しぬるりとしている。
これが源泉なのだろうか?
『おや、若くてずいぶん綺麗な人が来たよ。』
『本当だ。』
固まるようにして入っていた数人が振り返った。
3人の年寄りと、一人年若い女が入っている。
『お邪魔します。』
なんとなく遠慮がちに肩まで湯に浸かると、3人の老婆は奈美子の傍まで、しぼんだ腕で湯を掻き分けるようにしてやってきた。
『ご旅行かい?』
老婆の一人が、黒ずんだ歯茎を見せてたずねた。
『ええ。皆さんはこの土地の方ですか?』
奈美子が問うと、老婆たちは顔を見合わせてくすくすと笑った。
『いんや。私らは下の方からだよ。』
この温泉のある山村より下の村という意味だろうか?

『この肌。若くて生気に満ちてていいねえ。』
突然、老婆の一人に腕を取られて、奈美子は思わず悲鳴を上げそうになった。
ぶよぶよとした、なんともいえない感触が肌を波立たせる。
奈美子はどうにか悲鳴を飲み込んだ。
老婆たちは、まるでミイラのように見えた。
ぽっかりとくぼんだ眼。
内側に引っ張られているような頬。
灰ピンク色の頭皮には、ちょぼちょぼと白髪が生え、筋のようになった首から骨ばかりになった肩に続く。
唯一脂肪が残っているのは、垂れ下がりしぼみきったふたつの乳房だけだ。
曖昧な作り笑いを口に上らせて、皆さんもお若いですよといえず、声を詰まらせた奈美子を見て、老婆たちは揃ってけたけたと笑いだした。
やっと離された腕を、気がつかれないように、奈美子は反対の手でそっとさすった。
湯の中でも鳥肌が立っているのが解る。

一人の老婆の声が掛かる。
『若いもんは、若いもん同士。あたしらは、そろそろ出るかえ?』
老婆たちが揃って、湯をはねながら立ち上がった。
ちりちりと音を立てて電灯の光が弱くなり、明かりがついたり消えたりを繰り返した。
ぱちぱちと瞬きを繰り返す間に、また電灯は元の明るさを取り戻し、ぼんやりと湯船を照らしだす。
そのわずかな間に、いつの間にか老婆たちの姿は消えていた。
奈美子は階段を見上げた。
ただ見えるのは湯煙ばかり、後は闇に溶け込んで何も見えない。
耳を済ませてみたが、老婆たちの話し声も、足音のひとつも聞こえてこない。
どこかほっとした気分で、奈美子は肩の力を抜いた。
ぬるぬると温かい湯が体を包み込む。
最初は違和感があったが、だんだんとそれが心地よいものに感じてくる。

『まるで母親の胎内のようだと思いませんか?』
かけられた言葉より、その声に、今度こそ奈美子は悲鳴を上げた。
残された若い女と思ったのは、細く白い肩に髪を散らした若い男だったのだ。
奈美子はパクパクと声もなく口を開け、湯の中で身を守るように自分の体に腕を回した。
『驚かせてしまいましたか?』
男は申し訳なさそうに、首をすくめ、それからほんの少し笑って見せた。
『そんなにあわてなくても、こんな濃い色の湯の中、まして明かりもこうですからね。
大丈夫。見えませんよ。』
そうは言われても、奈美子はあまりのショックに言葉も出ない。
『困ったな・・・ああ。じゃあ僕は先に出ますので、あなたはゆっくりしていらっしゃい。』
男は背を向けて立ち上がろうとした。
それに奈美子ははっと我にかえった。
『ここって女湯・・・。』
男は、背を向けたまま答える。
『いえ。ここは混浴ですよ。』
『え?でも、この階段の上は確かに。』

奈美子は男から視線をはずしながら、あたりを見渡した。
階段はひとつしかみえない。
どこかに男湯からの入り口があったのだろうか?
黒々とした岩壁に、上にあったような戸があるのかもしれない。
『ああ・・・あなたは上から来たんですね。』
男は納得したような声を出した。
『まったく。
きちんと入り口に混浴だって注意書きぐらいすべきだ。』
じゃあといって、湯から上がる気配を奈美子は思わず引き止めた。
『いえ。私が・・・上がりますから。』
『いや。僕が出ますよ。あなたはせっかく来たんだし、もう少し浸かってらっしゃい。』
優しく子供に言うような声音で言われて、奈美子は取り乱した自分が恥ずかしくなった。
落ち着いてみれば、黒々とした湯に沈んだ体は、自分自身ですらほとんど見えはしない。
見知らぬ他人に、まるで痴漢扱いするような失礼な態度をとってしまった。

『その・・・すみません。つい驚いてしまって、もう落ち着きましたので。』
男は小さく声を立てて笑った。
『やあよかった。僕も驚きましたよ。』
ざぶんと湯をはねる音をさせてから、男のふうというため息が聞こえた。
『あなたさえよければ、もう少し僕も浸からせてください。
なんせ、すっかり冷たくなってしまってね。』
ええどうぞと、奈美子は答えるしかない。
ちゃぷんちゃぷんと揺れる湯の音。
それに、じりじりという電灯の音しか聞こえなくなった。
沈黙に耐えかねて、奈美子は男に声をかけた。
『あなたも、先ほどの方たちと同じところからいらしたんですか?』
『ああ・・・あの婆さんたち。
よく下のほうから来るんですよ。僕は今回初めて連れてこられましてね。』
『その・・・ここって子宝の湯で有名なんですよね?』
くすくすと笑う声。
『なんで、婆さんたちや男の俺が来るって?』
奈美子はあわてた。また失礼なことを言ってしまったのだろうか?

『母体回帰願望かな?』
婆さんたちは知らないけどね。俺は・・・と男は答えた。
『ここは、まるで母親の胎内のようだと思いませんか?』
最初と同じ問いが奈美子にかけられた。
薄暗い岩壁に包まれた空間。
ぬるりと体を包み込む温かなお湯。
どこか甘い香りのするような湯煙。
緊張が湯に溶け出していき、代わりになにか柔らかい快感が体を押し包む。
奈美子はわずかに体をくねらせ、ええと声に出して頷いた。
『ずっとここにいたくなる。』
男は言った。
『のぼせちゃいますわ。それに赤ん坊なら生まれてこなくては。』
奈美子は、湯煙を思いきり吸い込んだ。
頭の芯まで温まっていくようで、ぼんやりと夢見心地になっていく。
『あなたなら、いい母親になれそうだな。』
男の声もぼんやりと聞こえた。
ええ・・・そう。きっといい母親になってみせる。
奈美子は黒い湯を抱きしめた。
温かな感触がぬらぬらと、毛穴の一つ一つを侵食する。
ぞくぞくと粟立つ快感に、奈美子の息が詰まる。

『僕はね。ずっといたかった。母親に望まれてないのが解っていたから。
だったらずっと、母の温かい胎内の中でそのままでいたかった。
だけどね。無理なんだよね。
僕は壊され、無理やり引きずり出された。』
姉さん・・・と男がささやいた。
いつの間にか、目の前にあった顔は、驚くほど奈美子によく似ていた。
けれども奈美子は、陶然とした視線を男に当てるばかりだ。
細い鼻梁も、ぷっくりとした唇も、大きなアーモンド形の目も同じ。
ただひとつ違ったのは。男の瞳は不思議な色をしていた。
黒々とした虹彩を、灰色の輪が囲んでいる。
『母さんが、胎内にいる姉さんと僕のうち、姉さんだけを選んだとき、僕は恨まなかったよ。そのまま母さんの中で母さんと一緒になりたかった。』
生まれてこなくては・・・甘い快感に痺れる意識の中で、もう一度奈美子はつぶやいた。
黒々とした湯が、いつの間にか這い上がるように、奈美子の肌を滑って、そのむき出しになった肩を、首を、顔を、つややかな髪の一本一本まで覆っていった。
ごぽりと奈美子の喉を湯が下った。
黄色い電灯がふっと消えた。

奈美子が、休息所になっている畳敷きの大広間に行くと、夫がすでに赤くなった顔をしてビールで粟立つコップをあげて見せた。
『ずいぶんゆっくりだったな。いいお湯だったか?』
こくりと頷いた奈美子の肩に濡れた髪が散っていた。
『まだ、髪が濡れてるじゃないか?風邪引くぞ。』
大丈夫だというように、もう一度おとなしく頷いてから、奈美子は夫に言った。
『はやく生まれるといいな。』
夫はにやりと笑って、それから、奈美子の耳元でささやいた。
『それでは奥さん。今夜から子作りに励むとしますか?』
奈美子はゆっくりと、自分の腹部を優しくなぜた。
『子宝の湯なんだから。』
『おいおい。ずいぶん気が早いなあ。』
まんざらでもない顔で夫がつぶやく。
『可愛い赤ちゃん。のぼせちゃう前に、ちゃんと出て来るのよ。』
小さく歌うように声をかけながら、奈美子はゆっくりと自分の腹を撫ぜ続ける。
その瞳の虹彩には、黒に灰色の輪がぐるりと囲むようについていた。





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Last updated  January 29, 2006 08:05:43 AM
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