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まいかのあーだこーだ 

2019.08.20
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昭和天皇が「下剋上」とまで表現した者たちを、
靖国神社が合祀してしまった意味。


すなわち、靖国神社は、
たんに東京裁判の視点を振り切っただけでなく、
アジアの視点も、そして天皇の視点さえも振り切って、
合祀を強行したといえます。


そのうえで天皇を靖国に参拝させようという横暴な企ては、
いまもなおクーデタとしての意味を帯びます。



とくに近年、靖国神社については、
西郷隆盛などをふくめた賊軍合祀を進めるべきとの議論があります。

たしかに、日本人は古来、
「怨霊を鎮めるために敵味方を問わず神と祀るべし」という発想で、
平将門のような逆賊をさえ祀ってきました。

しかし、たとえ国内の逆賊を合祀したところで、
そこには、やはりアジア的な規模の視点が欠如しています。
日本軍に蹂躙されたアジアの人々の魂は、いっこうに鎮まりません。

西南戦争に「国家統一を目指す」という大義があったならば、
アジアの盟主たらんと目論んだ近代日本の戦争にもまた、
「大東亜共栄」「八紘一宇」「五族協和」といった建前はあったのです。
そのことを省みれば、「敵味方を問わず神と祀る」という精神のうちにも、
アジア的な規模の視野や配慮は欠かせないはずです。

靖国自身がアジアを敵視し、またアジアから敵視されるかぎり、
鎮魂とはほど遠い状況が今後も永久に続くでしょう。

もちろん、
あらゆる逆賊を一緒くたに合祀すればいいという単純な話じゃありません。
現時点でさえ下剋上をやらかした逆賊と一緒くたに祀られることへ、
はげしい嫌悪感を抱く人々はいます。

あらゆる日本人に「反省」の機会が必要だと昭和天皇が考えていたとすれば、
その機会を逃したことが大きな禍根になったと思わずにいられません。

靖国の名にそむき まつれる神々を思へば うれひのふかくもあるか

この憂いの深さの淵源がどこにあるか、あまりにも明白ではないでしょうか。







最終更新日  2019.08.21 15:42:19

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