537969 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

まいかのあーだこーだ

2021.05.10
XML
カテゴリ:政治
クリスマスやバレンタインデーが来るたびに、
憂鬱に気持ちになって、疎外感と孤独感を強める人は多い。

それと同じように、
母の日や父の日が来るたびに、
不快な思いにおそわれる人たちも多いはずです。

義理チョコが、
ある種のセクハラ的な慣習だったとすれば、
義理カーネーションもまた、
ある種のパワハラ的な慣習だというべきです。



すべての人間が両親を慕うわけではない。

父を恨む人もいれば、
母を疎ましく思う人もいる。

昔なら、
それを無条件に「親不孝」と呼んで非難したでしょうが、
親が子を選べないように、
子もまた親を選べないのだから、
そこに「強いられた不幸」が生じうるのは当然なのです。

わが子に対して、
精神的・肉体的な暴力をふるう親もいるし、
あからさまな暴力をふるわないまでも、
愛情に見せかけたエゴをふりかざす親は非常に多い。

自分の思いどおりに子どもを従わせ、
そのことに満足して依存してしまう親たち。
世間の親たちの大半がそうだといっても過言ではない。

それは愛情ではなく、
ほかならぬ精神的支配なのですが、
きれいごとの家族幻想がその真実を覆い隠しています。

これは、いわば、
子どもたちに対する社会的ぐるみの暴力なのです。



メディアや企業は、
「恋人幻想」への同調心理を巧みに利用して、
クリスマスやバレンタインデーを商業化したように、
「家族幻想」への同調心理をあおることで、
母の日と父の日をもまんまと商業化させました。

しかし、
これらの欺瞞的なキャンペーンは、
人々を幸福にするどころか、
きれいごとの幻想に振り回される人々を追い詰め、
ますます不幸を増幅させるばかりです。

母の日や父の日が来るたびに、
妬みと鬱憤と猜疑心と欲求不満が顕在化し、
ますます家族関係に亀裂が入ることもあるでしょう。



日本にバレンタインデーの風習が定着してから、
「義理チョコはセクハラである」
という真っ当な認識が社会に共有されるまで、
じつに30年以上もの期間を要しました。

おなじように、
「義理カーネーションはパワハラである」
という認識が共有されるまでには、
またしても長い歳月が必要となるのでしょうか?

本来、母の日と父の日は、
家族幻想を社会ぐるみで再生産するイベントではなく、
「その愛情はエゴではないのか?」ということを、
社会全体で厳しく問い直すキャンペーンであるべきなのです。

そうでなければ、
愛情という名のもとに、
無自覚に自分のエゴをふりかざす親たちは、
いつまでたっても後を絶たないのだから。



ブログランキング・にほんブログ村へジャンル関係無しなんでもレビュー 映画ブログ・テーマ






最終更新日  2021.05.10 10:50:05


PR

X

キーワードサーチ

▼キーワード検索

日記/記事の投稿

お気に入りブログ

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.