まいかのあーだこーだ

2023/03/10(金)13:04

映画「エッシャー~視覚の魔術師」の感想。

音楽・映画・アート(77)

GYAOの無料動画で、 ドキュメンタリー映画「エッシャー~視覚の魔術師」を観ました。 原題の《Journey Into Infinity》を直訳すると、 さしずめ「無限への旅」あるいは「無限への探究」でしょうか。 実際、エッシャー自身が探究したのは、 けっして「だまし絵」とか「視覚的トリック」とかではなく、 あくまで「無限」だったわけなので、やはり原題のほうが正しい。 ◇ 例のダグラス・ホフスタッターの、 『ゲーデル、エッシャー、バッハ』は全然読んでませんが! その書名の印象だけは無駄に強いので、 エッシャーというと、 つい反射的にゲーデルとバッハのことを連想しますw この映画にも、 バッハの話はちゃんと出てきました。 エッシャー自身も、バッハを好んでいたようです。 一方、 ゲーデルの話は出てきませんでしたが、 エッシャーは、電話をかけてきたグラハム・ナッシュに、 自身のことを「芸術家ではなく数学者だ」と言ったそうです。 ◇ とはいえ、 子供のころは数学が嫌いだったらしく、 親の意向に反して、建築の道にも進まなかったのですね。 エッシャーの父親は、 明治日本にお雇い外国人として招かれたほどの、 かなり高名な土木工学者だったらしいから、 優秀な理系の血を受け継いでいるのは明らかだし、 結果としては、 きわめて数学的・建築的な発想で、 独自の美術表現に取り組むことになったのだけど、 逆にいうと、本人の言葉どおり、 「科学者と名乗るには愚かすぎるが、芸術家でもない」 みたいな中途半端な天賦であったがゆえに、 「数学と芸術の間を漂う」以外になかったのかもしれません…。 美術大国のオランダに生まれたことも、 彼の立場をどっちつかずにしてしまった気がする。 フランドル美術を生んだ風土と文化が身近にあったのは大きい。 ◇ 彼は、 内向的なオランダ人であると同時に、 いかにも理系的な気質だったと思いますが、 他人との面会や手紙などを嫌い、 貨物船の上での孤独な海上生活を好んだり、 版画の反復的な印刷に没頭するような偏執的な性向も見られます。 しかし、その反面、 イタリアやスペインのような南欧の風土を愛したり、 船上から見る地中海や空の青を眺めては、 その自然から美的なインスピレーションを得たり、 さらにはムーア人の幾何学… すなわちアルハンブラのアラベスク模様に惹かれたりした。 ◇ 彼の「無限の反復」というコンセプトは、 数学や建築などの理論から得られたのではなく、 自然からのインスピレーションで得られた感じです。 実際、 そこにもフラクタルのような数学的な構造があるし、 自然のなかの時間や空間は反復的になっているといえます。 強いて数学でいえば、 彼の関心にいちばん近かったのは「結晶学」だったようで、 それがいわゆる「平面の正則分割」の手法に繋がっていく。 さらに、 コクセターの「反転変換」の話なども出てきましたが、 エッシャーは、それを理論的に把握したのではありません。 むしろ感覚的に「無限」の表現方法を模索し、 やがて有限な平面のなかに「無限」をもちこむことに成功。 そこに実現したのは、 いわば「全世界」や「終わりなき循環」を内包させる表現でした。 ◇ エッシャーは、 自身の作品がサイケデリックアートとして消費されることに、 かなり嫌悪感を抱いていたらしい。 でも、わたしが思うに、 有限のなかに無限をもちこむ発想は、 やっぱりサイケデリックの価値観にも通じ合う部分があって、 ロックの時代のヒッピーにとっては、 おそらく彼のアートも、瞑想やドラッグと同様に、 内的な小宇宙を実感するための一つの手段だったのでしょう。 ◇ ちなみにエッシャーの表現は、 従来の西欧美術の遠近法をあきらかに否定しています。 すなわち、 〈前景〉と〈後景〉の主従関係を否定し、 鳥の背景を鳥にしたり、虫の背景を虫にしたりして、 すべての細部に同等の価値を与える表現になっている。 まさに「平面の正則分割」などが、その典型です。 これって、 けっこうキュビズムに近いと思うのですが、 なぜか彼自身は、 キュビズムにもシュルレアリズムにも接近しなかった。 それどころか、 あらゆる美術界の"潮流"とは無縁だったようです。 その立ち位置もまた、 冒頭の「芸術家ではなく数学者だ」という発言に結びつくのでしょう。 ◇ もともと、彼の表現の原点は、 西洋絵画というよりもグラフィックアートだったし、 彼が実際に選択したのは、 反復的な複写の可能な「版画」という手法だったし、 もっといえば、 エッシャーのような表現は、 むしろアニメーションやCGにこそ親和的だったのですね。

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