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カテゴリ:日本史・世界史
NHK-Eテレの新シリーズ
3ヶ月でマスターする古代文明! これは見なければ… つーか、 わたしはいつから、 こんな歴史好きになったんだっけ? 昔は大嫌いだったのに…(^^; ◇ たまにEテレの高校講座を見ると、 昔の教科書の内容と違ってることが多いけど、 古代の世界史も過去の常識が覆されてる。 そもそも、 メソポタミア・エジプト・インダス・黄河を、 世界の「4大文明」なんて呼んできたのは、 日本人だけらしい…(^^; — まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 2, 2025 今回のギョベックリ・テペは、 メソポタミアより5000年以上も前に、 トルコで作られていた巨大遺跡。 https://ja.wikipedia.org/wiki/ギョベクリ・テペ わたしは、 メソポタミアとインダスの中間にある、 イラン高原あたりが人類の文明の基礎では? …と推測してたけど、 現時点での最古の遺跡はトルコにあるのね。 ![]() まだ農耕がはじまる前の、 狩猟採集民による巨大建造物遺跡です。 人類は、 農耕をとおして社会をつくる前から、 大規模な集団で狩りをして食料を確保し、 巨大建造物を作るほどの社会を構成してたのね。 — まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 3, 2025 ピラミッドを建てるよりはるか昔、 まだ金属器もなかった時代に、 重さ15トン・長さ5.5mもある巨石を切り出し、 丘の上まで運んで柱のように立てていた。 モアイ像みたいな立体的な彫像を作り、 狐やヒョウを神格化するようなアートも残してる。 — まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 2, 2025 まあ、 象やマンモスを捕らえるにしても、 それなりの集団が必要だったわけだし、 考えてみれば、日本の縄文人も、 けっこうな規模の社会を構成して、 高層建築を作ったりしてたのだから、 狩猟採集民を侮るべきじゃないのよね。 ◇ ちなみに、 ギョベックリ・テペの近隣には、 カラハン・テペという遺跡もあって、 双方の文明集団は競合してたとの話ですが… 同時に存在したのではなく、 ギョベックリ・テペの人々が、 カラハン・テペに移動した可能性はないのかしら? ![]() こうした狩猟採集民の文明は、 その後の農耕文明に直接に継承されたのではなく、 いったんは完全に消滅してしまい、 メソポタミアまでの数千年間は空白になるらしい。 — まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 2, 2025 ◇ ところで… わたしは以前から、 日本のお稲荷さんにも謎を感じてるんだけど、 トルコの古代人も狐を信仰対象にしてたの? お稲荷さんについては、 ゼンケツのときにも言及しましたが、 https://plaza.rakuten.co.jp/maika888/diary/202410170000/ チャットGPTの説明によれば、 農耕神を狐に結びつけたのは日本だけらしい。 一般に狐というのは、 ヨーロッパでもアジアでも、 邪悪な存在と見なされることが多いからです。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 狐を「ネズミ退治の益獣」と見なしたのも日本だけらしい。 ![]() ![]() 以下はWikipediaの解説です。 狐神信仰の発生がいつ始まったかの特定は難しいとした上で、発生の順番から考えて、土地が開墾される以前に狐が生息しており、畏敬された狐神と稲荷の結合は、田の神信仰と稲荷の結合に先立つであろうと言われている。 ![]()
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最終更新日
2025.10.05 16:49:40
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