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まいかのあーだこーだ

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2026.04.13
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カテゴリ:政治
NHK100分de名著「星の王子さま」の回を見ました。
2012年の再放送。

当時は島津アナの第1期ですが、
(第1期:2012年4-6月/第2期:同10月-13年1月/第3期:17年4月-18年9月)
このころの回を見たのは初めてです。
現在とはオープニングタイトルもテーマ曲も違って、
ちょっとムジカピッコリーノっぽいのね。

ちなみにNHKは現在、
「おはなしのくに」と、
「こころの時代~宗教・人生~」でも、
なぜか星の王子さまを取り上げてます。
https://edu.web.nhk/school/watch/bangumi/?das_id=D0005150542_00000


フランス人にかぎらず、
ラテン系の人はサン=テグジュペリが好きよね。

命がけの冒険心で自由な空を目指した飛行機乗りの姿と、
地中海へ漕ぎ出した古代の船乗りの記憶を重ねたりして、
ロマンを掻き立てられてはラテン民族の血が騒ぐのかも?


アントニオ・カルロス・ジョビン版「星の王子さま」

斉藤由貴版「星の王子さま」


王子さまは主人公の子供時代に仮託したキリスト教的な精霊。
だから「象を飲み込んだウワバミ」の絵も理解できてしまう。

バオバブは拡散し肥大する言説や思潮の隠喩。






それはそうと、
去年の「人間の大地」の回を見たときも、
サン=テグジュペリの従軍のことが、
わたしは気になったのだけど…

彼の従軍を、
反ナチのレジスタンスととらえるか、
フランス国家主義ととらえるかで、
微妙に評価が違ってくると思います。


以下はChatGPTの回答。


かりに、
人間的な連帯や献身を重視する発想が、
一足飛びに国家主義へ直結してるとすれば、
その危うさは宮沢賢治に近いところもある。

両者に違いがあるとすれば、

サン=テグジュペリの国家主義は、
連合国側の「正義」を体現したけれど、
宮沢賢治の国家主義は、
枢軸国側の「悪」を体現したってこと。

しかし、本質的には同じじゃないかしら?


以下はChatGPTの回答。



身近な人との親密な関係性を希求し、
共同体の絆を理想化する考えは、
世界平和よりも、
家族や祖国のために戦う立場を正当化しかねない。

> 人とのつながりや絆を結ぶために
> 自分が変わることを恐れてはならない
> 他人を飼い慣らすのと同じくらい
> 自分も他人から飼い慣らされねばならない

…みたいな話は、
人生の実践的なヒントにはなるでしょうが、

それが国家主義に結びついた途端、
恐ろしい思想にもなりかねないし、
宗教に結びつくのも危うい感じがします。


この回の講師の水本弘文は、
「生き延びることよりも、どう生きるかが重要」
「思うような生き方ができなければ、人は生きるのをやめることもある」

と話してましたが、

サン=テグジュペリをそのように読めるとすれば、
やはり宮沢賢治と同じ危うさがあると思います。


実際、星の王子さまは、
愛するバラを守るために自分の肉体を捨て、
魂だけになって星へ帰る…という結末です。


率直にいって、
宮沢賢治やサン=テグジュペリを、
国家の正義に結びつけるのは非常に危うい。




その点でいえば…

宮崎駿が、
国家に従属した日本の堀越二郎と、
国家に従属しなかったイタリアの豚とを、
対比的に描いたメッセージは明快で、

そちらのほうが、
やはり表現としても優れてると思います。
https://www.jtnews.jp/review/1072/?SELECT=24063#HIT


なお、この世代には飛行機に憧れた人が多い!
1896年生:宮沢賢治
1900年生:サン=テグジュペリ
1900年生:稲垣足穂
1903年生:堀越二郎






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最終更新日  2026.05.05 16:21:39


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