プレバト俳句「羽田空港杯&海ほたる杯」に異議あり?!
海ほたる着秋気は放課後の香 秋空に指弾ませて島数ふ 秋光や瀬戸にモネ来し夢ひと日 月ぬ夜や琉球瓦あかくぬれ 石段を二百造船の街さやか わナンバーのサイドミラーを秋の海 白秋の波光たゆたふ掛けうどん 眼下に海ほたる月は目の高さ 秋燕海ほたるまで下りてこよ 血の池地獄秋日傘と行き違ふ ひぐらしは千の鈴なり加賀の風 潮風眩し金秋のアジフライ 金風にのって天まで那智の滝9月11日のプレバト俳句。チャンピオン決定戦「羽田空港杯&海ほたる杯」です。◇中田喜子。秋燕 海ほたるまで下りてこよ海ほたるまで下りて来よ 秋燕(添削後)添削は前後を逆にした一種の倒置法。最後に視線を上に向けて、主役の季語で終わらせるのが的確です。◇フジモン。眼下に海ほたる 月は目の高さ月は目の高さ 眼下に海ほたる(添削後)これも前後を逆にした添削。どちらがいいのか、微妙なところではあるけれど…最初から「高所にいる」と答えを出すより、なぜ月が目の高さにあるの?と思わせてから、最後に「高所にいる」と答えを出すほうが効果的。やはり添削句のほうが上かなと思います。◇皆藤愛子。海ほたる着ちゃく 秋気は放課後の香放課後の香なり 秋気の海ほたる(添削後)添削句は、「秋気の海ほたるが放課後の香りである」の倒置法になってるわけですが、原句のほうは、「海ほたるに着くと秋気が放課後の香りである」という内容なので、主語が違ってます。意味をよく考えずに、調べだけを整えようとして語順を入れ替えると、こういう結果になってしまう。原句の意図を尊重して倒置法にするなら、放課後の香なり 海ほたるの秋気とせねばなりません。◇フルポン村上。秋空に指弾ませて島数ふ秋空に弾ませ島を数ふる指(添削後)この添削でも、語順を安易に入れ替えてますが…その結果、何が弾んでるのかよく分からなくなってる。主語と述語を離しすぎたからです。これじゃ「気持ちが弾んでる」と誤読されかねない。原句のままでもいいと思いますが、かりに語順を替えるなら、秋空に島を数ふる指弾む秋空や 島を数へて弾む指のような形になるはずです。◇犬山紙子。秋光や 瀬戸にモネ来し夢ひと日モネの描く秋光 瀬戸の夢ひと日(添削後)原句の後段は幻想ですが、過去形で「モネ来し」としてるので、ほんとうにモネが来たかと誤読されかねない。実際、倉敷の美術館にはモネの絵画があるので、その意味でなら「モネが来た」という事実はあります。かたや添削句は、これまた安易に語順を入れ替えてる疑いが強い。上五「モネの描く」が隠喩かどうか分からないし、かりに「モネの描く秋光」が実景ならば、季語は絵のなかの虚構になってしまいます。ためしに、秋光の瀬戸内 モネの夢ひと日秋光の瀬戸や ひと日のモネの夢としてみました。◇森迫永依。血の池地獄 秋日傘と行き違ふ血の池地獄 秋の日傘と行き違ふ(添削後)添削句は、調べを整えるために助詞「の」を加えてますが…原句の「秋日傘」は、日傘そのものではなく《秋日傘の人》の省略だから、その言い方は下手に変えないほうがいいと思う。また、動詞「行き違う」は《擦れ違う》の意味だけでなく、現代語では《会い損なう》という意味もあるので、読み迷う人がいないとも限りません。ためしに、血の池地獄 横目を過ぎる秋日傘血の池地獄 小道を譲る秋日傘のように直してみました。◇森口瑤子。石段を二百 造船の街さやか縦書きで「二百造船」と読めるのが、ちょっと気になるところです。かりに前段を「二百の石段」としても、昇り切った場面は見えてくるはずだから、あえて助詞「を」にこだわる必要はないでしょ。◇蓮見翔。わナンバーのサイドミラーを秋の海これも、助詞「を」にこだわる必要は感じません。たしかに、助詞「に」だと静的な印象になり、助詞「を」だと動的な印象になるけれど…近景がどんどん通り過ぎるのに対して、海のような遠景はほとんど動かないからです。機械的に「を」を選べばいいというものではない。事実、過去には、夏の雲サイドミラーにひしめきぬのような句もあったのだし。◇内藤剛志。月ぬ夜や 琉球瓦あかくぬれ月ぬ夜に濡れて琉球赤瓦(添削後)瓦が月光に照らされる様子を、隠喩で「濡れる」と書いてますが、読み手には隠喩かどうかが分からないので、ふつうは《雨上がりの月》と誤読するはずです。なので、やはり直喩で書かねばならない。一方、助詞「の」を琉球方言で「ぬ」と書いたなら、もはや「琉球」と書く必要はありません。月ぬ夜に濡るるがごとき赤瓦と書けば、沖縄の場面なのは明瞭です。◇キスマイ横尾。潮風眩し 金秋のアジフライご当地の宣伝句として、これを1位に選んだのだろうけど…兼題と無関係に読んだ場合、「潮風」と「アジフライ」の取り合わせが近い。その意味では凡句に見えてしまいます。◇梅沢富美男。ひぐらしは千の鈴なり 加賀の風これも、ご当地の句として1位にしたのでしょうが…蜩の描写を比喩に頼り、土地の風と取り合わせただけなので、やはり内容的には凡句だなと感じます。◇三宅香帆。白秋の波光 たゆたふ掛けうどん白秋の波光 出汁濃き掛けうどん(添削後)白秋の波光 味濃き掛けうどん(添削後)白秋の波光 東京湾の掛けうどん(添削後)原句の語順では、たゆたうのが波光なのか饂飩なのか分からないし、かりに後者だとしても、汁の中を「麺がたゆたう」と誤読されるはずで、作者が言うように「湯気がたゆたう」とは読めません。◇清水アナ。金風にのって天まで 那智の滝てっきり、滝のうえに立ったときの気分かと思いました。そういう幻想句だと解釈するなら、それほど悪い出来じゃないと感じます。まあ、あそこに立てるのは修験者だけで、一般の人は立ち入れないのかもしれませんね…(^^;那智の滝で大しめ縄張り替え 和歌山・那智勝浦町 https://t.co/DWk1cX3hMd pic.twitter.com/n6IwPMIGZQ— 産経ニュース (@Sankei_news) July 9, 2017/📣木曜、夜7️⃣時からは #プレバト !! 9/11は2時間スペシャル!✨\清水アナが次回のお題に挑戦!🔥難易度高め!😭#清水チャレンジ#夏井いつき 先生#俳句 pic.twitter.com/DkRX4QGHHV— 「プレバト!!」毎週木曜よる7時【公式】 (@prbt_official) September 8, 2025▽過去の記事はこちらhttps://plaza.rakuten.co.jp/maika888/diary/ctgylist/?ctgy=12