男子フィギュア:イリア・マリニンの物語は終わらない!
個人フリーの演技で、マリニンが何度も転倒する姿に、不謹慎ながらも、悲劇の王子みたいな美しさを感じてしまった…(^^;団体戦でも、個人ショートでも、エキシビジョンでも、あんな壊滅的なミスはなかったのに、よりによって、個人のフリーでだけ何度も転倒するってのは、たんに「疲労」という理由じゃ説明がつかない。「重圧が彼を押しつぶした」「史上最大の衝撃」マリニンのミス続出に欧米メディアも速報https://t.co/s4wc6dnMR9ミラノ・コルティナ冬季五輪は第8日、フィギュアスケート男子フリーが行われ、金メダルの最有力候補だったマリニン(米国)はジャンプでのミスが続出して8位に沈みメダル獲得を逃した。— 産経ニュース (@Sankei_news) February 14, 2026でも、その悲壮感に満ちた姿が、プログラムの内容と音楽にも相まって、かえって心に強く刻まれてしまったのです…(^^;実際、今回の「失意の王者」という称号が、これからの彼の物語にとって不可欠なのでは?…って気さえする。Asaf Avidan「The Ball」実際、アリサ・リウがこう言ってますよね。> ミスをしても、> それは失われるわけじゃないし、何かが残る。> それでも物語になるの。> 悪い物語もやはり物語だし、それは美しいと思うから。この考え方はとても重要だと思う。フィギュア金メダル女子「失敗すら物語の一部」THE ANSWER https://t.co/j4hqsIshge— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) February 23, 2026思えば、北京五輪のときに、薬物疑惑で西側メディアに騒がれ、演技中に何度となく転倒したワリエワも、いまやロシア国内では、悲劇のヒロインとして絶大な人気を得てる。ロシアはけっして選手を使い捨てにはしてない。◇いまだに西側メディアの一部は、「エテリのチームは組織的に薬物を投与している」「薬物で少女たちの成長を止めている」「少女たちは使い捨てられている」…みたいな根拠のないデマを垂れ流してますが、ワリエワの薬物を、ロシアのチームが組織的に投与したとか、他の全選手にも薬物が投与されてるとか、そんな証拠はどこからも出てないし、そもそも、若いほうが有利な女子スケートでは、層が厚いほど世代交代が活発なのは理の当然。自国のチームの世代交代が活発なら、やれ「層が厚い!」などと賞賛するくせに、他国のチームの世代交代が激しいと、やれ「使い捨て!」などと批判するのは、たんに ”ものは言いよう” という話であって、馬鹿特有のダブルスタンダードにすぎません。むしろ、「オリンピックで失敗したらそれで終わり」…みたいに考える西側メディアのほうが、はるかに選手のことを使い捨ててます。◇ロシアのスケート界にとって、国際大会であるオリンピックは、いわばアイスショーという輸出産業のための、一種の見本市のようなものです。そこで、選手の個性と魅力的な物語を発信できれば、たとえ試合で成功しても失敗しても、その芸術性は競技後の選手の表現に生かされる。ロシアのスケートが、ただの競技性にとどまらず、それ以上の芸術性や物語性を備えるのは、まさにそのためであって、けっして使い捨てにはなってません。むしろ、たんなるメダル獲得のために、点数稼ぎの運動競技で終わるほうが、よほど選手の使い捨てなのだってことを、西側メディアはまったく理解してない。◇ネイサン・チェンと同じく、中国系のアリサ・リウや、ソ連(ウズベキスタン)系のイリア・マリニンが、米国の選手として活動してる背景には、経済的・政治的などの理由があるわけだけど、結局のところ、彼らに並ぶような身体的・文化的な遺伝子は、アメリカ国内からは生まれてきてません。逆にいえば、その身体的・文化的遺伝子さえあれば、薬物など不要であることも証明されてる。◇そもそも、ロシアスケートの芸術性は、薬物で得られる類のものじゃない。かりに日本の選手に薬物を投与したところで、ロシアのような芸術性は獲得できません。ロシアが組織的に行なってることがあるとすれば、それは選手の養成のみならず、国家予算を投じて各分野の優秀な人材を揃え、総合芸術としてのプログラムを開発し、それを産業としてのアイスショーに繋げること。これこそが、選手を使い捨てにしないためのシステムであって、むしろ西側のスケート界に欠如しているものです。◇なお、マリニンがフリーで使用した楽曲は、Asaf Avidan「The Ball」Alan Mayer「The Smell of the Sea」Power-Haus, Sergiu-Dan Muresan「Code Duello」 …の3曲に彼自身のモノローグを加えた、「A Voice(ある声)」というオリジナル作品。https://www.olympics.com/ja/milano-cortina-2026/news/アサフ・アビダンの「The Ball」は、メラニー・ロランの監督・出演作『Le Bal des Folles』の挿入曲。(邦題は『社会から虐げられた女たち』)原作のヴィクトリア・マス『狂女たちの舞踏会』は、19世紀パリの精神病院を舞台に、抑圧される女性の「声なき声」を描いた小説です。メラニー・ロランと同様に、アサフ・アビダンもユダヤ系フランス人ですが、「自分はイスラエル出身だが、イスラエルの立場を代表しない」と述べてます。◇ウクライナへの侵攻を理由に、今大会からロシアが排除されたのは当然ですが、同じ侵略行為をしているイスラエルが、なぜ排除されないのかといえば、それはIOCが実質的にNATOの傀儡だからであり、ネタニヤフとゼレンスキーがユダヤ人だからです。そして、このダブルスタンダードを正当化するべく、現在の西側メディアはロシアに対して、さかんにネガティブキャンペーンを張ってます。じつはオリンピックの日程そのものが、ウクライナ侵攻開始からちょうど4年目の、反ロシア世論の高まる時期に設定されており、ほかならぬ日本の新聞各社も、(誰に頼まれたのか知りませんが)あらかじめ準備された「ロシア下げ」の記事を、このタイミングに合わせて連日のように掲載してる。本日の読売新聞で「ウクライナ侵略4年」特集。『悪党たちのソ連帝国』の池田嘉郎さんと、『危機の三十年』の細谷雄一さんが、解説者として登場しています。キーワードは「サボールノスチ」(池田)と「ユートピアニズム」(細谷)。ぜひ両著でご確認ください。 https://t.co/F1nwWcAM1M— 新潮選書編集部 (@Shincho_Sensho) February 17, 2026 ◇わたしはべつに、プーチンを擁護する気もないし、政治的にロシアを支持する気もないけど、IOCや日本の新聞各社が、実質的にNATOの傀儡である以上、そちらを信用する気にもならないし、その印象操作を真に受けるわけにもいかない。しかし、トランプ政権下の米国や、高市政権下の日本をふくめ、いまや西側社会の全体が、SNSのデマで世論が形成される絶望的な社会になってます。そして政府やメディアも、体制維持のためにそれを利用するようになり、8割近い人々がそれを鵜呑みにしている。そういう状況のなかで開催され、体制側がメディアぐるみで嘘をつく仕組みを、いっそう強化させる結果になったのが、今回のミラノ・コルティナ五輪でした。狂女たちの舞踏会 [ ヴィクトリア・マス ]価格:2,640円(税込、送料無料) (2026/2/24時点) 楽天で購入