サンドの博士ちゃん「おーい応為」蝶々二美人図。
サンドの博士ちゃんは、映画「おーい応為」に合わせて北斎特集。所在不明だった葛飾応為の「蝶々二美人図」が、約60年ぶりに見つかったとのこと。…この絵は初めて見たかも。🪭特別展はただいま準備中🪭次回の特別展では、美人画の名手としての北斎のルーツと、その画風の変遷に注目します。北斎も認めた美人画の名手である北斎の娘・葛飾応為の肉筆画も必見です!特別展「北斎をめぐる美人画の系譜~名手たちとの競演~」https://t.co/EIBcX1Kzi9 pic.twitter.com/xYgFFSyflb— すみだ北斎美術館 (@HokusaiMuseum) September 6, 2025pic.twitter.com/au3CX5istT— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 17, 2025番組では、この絵をふくめて、応為の真作を「8点」と紹介してました。「雪中虎図」はともかく…「蚊帳美人図」も「手踊図」も応為の作には含めないらしい。pic.twitter.com/7fK51cwBrT— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 17, 2025 なお、Wikipediaには「十数点」とありますが、これはたぶん父との共作を含めてなのだろうな。(映画の公式サイトに「数十点」とあるのは間違いでしょう)◇一方、晩年の北斎が小布施へ行った理由については、・天保の改革で浮世絵から肉筆画に切り替えたから・弟子の高井鴻山がパトロンになったからという2点を挙げてました。集中線を用いた技法についても、当時はキリシタン関係の絵は見れないはずなので、ダヴィンチの「最後の晩餐」に似てるのは偶然との話。さすがに政治的な背景の可能性には触れないよね…(^^;pic.twitter.com/OPcouuMvJU— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 17, 2025…でも、北斎はシーボルトとも交流があったし、応為もエンゼルの絵を書いたりしてるし、かりにダヴィンチの絵を見てなくとも、遠近法のための集中線については、すでに知ってた可能性があるんじゃないかしら?https://plaza.rakuten.co.jp/maika888/diary/201709270000/ペーパークラフトも作ってたとは知らなんだ!pic.twitter.com/VtZZkGepXX— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 17, 2025100才を目指して漢方や仙人修行もやっていた。pic.twitter.com/s76mQZFOca— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 17, 2025北斗七星に執着したのもそのためです。pic.twitter.com/2fey7OrvTl— まいか (@JQVVpD7nO55fWIT) October 17, 2025長澤まさみの文字絵がちょっと怖いw