念風鬼8老女房は語る。姫がなぜ鬼に憑かれたかを… 「姫様には恋人がおりました。名を近衛正樹様。藤原一門でもない彼は有能で少将の位の殿方でございました。彼は身分が低かったのですが、宮家の姫さまに似合う殿方になるためにがんばられたのでございます。」 その一生懸命さと、お優しさに姫様も惹かれ、相思相愛の仲になられたのでございます。 けれど、結婚するためにはまだ位が足りぬ、もっと昇進してからでないと姫様との正式な結婚を許さなかった宮さまでした。 そんな時、賊盗伐の命が下り、正樹様はその命を受け賊討伐にいかれました。 手柄をとれば、少将から中将に昇進できる。 『姫この討伐で手柄をたて、きっと姫を幸せにしてみせる。だから待っていてくれ…』 『正樹様…あなたが無事に帰ってきてくださるだけで良いのです…討伐が終わったら真直ぐに私のもとに…』 『ああ…必ず姫のもとに戻ってくるよ…』 と堅い誓いをたて、賊討伐に出かけられました。 姫は正樹さまを信じて待つ日々が続きました。 そして、討伐が終わって凱旋の日、姫は正樹様をお待ちしておりました。 けれど、正樹様はいらっしゃいません。 『正樹様…一体どうなさったのかしら……まさか…!』 姫は正樹様に文をおくりました?けれど返ってきた返事は正樹様のものではなく、正樹様に付く従者のものだった。 それに記された文面を御覧になった姫は深い悲しみに暮れてしまわれました… 正樹様は討伐にいき、敵に討たれて亡くなられてしまわれたのでございます。 私は姫の傷心ぶりを宮に話しました。 『そうか…姫はそんなになるくらい正樹殿の事が…おしいことを……』 宮も正樹様が亡くなられたことを悲しく思われました。 宮は正樹様のことの討伐の時の話を関係した貴族達に話を聞き姫に正樹の勇姿を聞かせてやろうと、父親心に聞き回りました。 そこで、府に落ちないことを聞いたのです。 藤原の大臣の息子が討伐で活躍する正樹様をねたましく思い、どさくさにまぎれて、正樹様を殺したという噂を… 大臣の息子で三十路もすでに過ぎていて、正樹様と同じ官位のその息子は藤原一門でもないのに若くして少将ということに妬みを持っていたのだ。 そして、討伐にでかけたことと藤原の大臣の息子だということで三位の中将という位についた。 正樹様、今は中将となった男に殺されてしまわれたことを姫は聞いて、深い悲しみは、激しく根強い恨みとかわり毎日恨み続け、夜風にあたり、鬼に憑かれておしまいになられたのです… 「そう言うことだったの…怨みの念が念をよび惨劇を呼んだのね…」 とその女房の語りを聞き葛葉は悲しく思った。 父上がいった無念そのままだと、呪うのは呪わせるような悪いことをした者が悪い。 そして、恨みを成就できなかった姫に悔しさを思った。 「けど、播磨の男ってどういう意味だ?」 と頼光が問う。 「大臣の息子のことですわ…その男は現在播磨にいると…うわさが消えるまで播磨の地で隠れるつもりで大臣に命令されたそうですわ…鬼の身になったときに分かったことですけど…」 姫君はその問いにまた恨みに満ちた目で答える。 「播磨の中将ねぇ…ふ~ん……」 ぼそりと炎の光栄は独り府に落ちたようにごりる。 「許せませんわ…また、鬼に身をやつしてでもあの男だけは!あの男だけはっ!」 姫はぎゅっとその恨みを拳に握りしめ、涙がぽろぽろと、こぼれ落ちる。 その涙を優しい目に見えない、手が拭おうとする…けれど身のないモノがその涙を拭うことはできない… 葛葉はハッと気付いた。その透明なもの。 ふつうの者には目に見えないもの… 鬼の荒れ狂う風の中姫を守っていた人… 「姫…正樹様はいるよ…姫のそばにずっと…」 憎しみ、恨みを握りしめる姫の拳を葛葉は開かせ、両手で握りしめる。 「今あわせてあげる…在光明現 前事真形…」 呪を唱えると姫の目に移らなかった者が光となって形をつくり、この世にすでにいない愛しいものの姿になる。 「ま…さき…さま…?」 姫は驚きのあまり目を見開いて正樹を見つめる。 正樹も姫が自分を見てくれていることに驚いたが、すぐに、愛しいものに向ける優し気な笑顔になった。 「姫…もう…恨みを持つのは止めなさい…姫のためにも…オレの所為だな…姫をこんなにも窶れさせてしまったのは…すまなかった」 愛しい姫のやつれた姿を悲しそうに見つめ頬にふれる。 頬に生前生きていたころと同じようにふれる正樹の手の上に姫の手が重なる。 「いいえ…いいえ!悪いのはあの男っ…」 正樹は姫の恨みの言霊を吸い込むように口付けをした。 「姫…約束をしてくれ…もう人を恨むまいと…このように美しかった姫が窶れて、恨みに心を汚すようなことは…見たくないのだ…健やかに…幸せに生きてほしい…」 「いや!あなたがいない幸せなんてあり得ない!あなたがそばにいてくれなければ…」 涙ながらに激しく正樹を見つめながら訴える…正樹の体を掴み、抱き締めようとしても、通り抜けてしまうこの世にはない愛しき者…ならば、自分もこの世のものにならずにあなたのそばにいたい! その真剣で悲しい表情に、正樹は困ったようにだけど、優しく見つめていう。 「姫はこの世に生きていてほしい…それにオレはずっと姫のもとにいる…姫を守っている…姫の目にはオレが見えなくてもずっとそばにいるから……おれと同じモノになろうとはせずに生きてくれ…」 姫を納得させるようにいい終えると、葛葉の呪によって姿が見えていた正樹はまた消えていく…声も聞こえなくなる前に 「姫…愛してるよ…ずっと…そばにいる…」 くり返し言う。 「正樹様…わかりました……私も愛しております…いつまでもずっと……」 光はだんだん細くなり消えた… 「これで一件落着ね…」 葛葉は疲れたように正座を崩し、後ろに手を尽き安堵のため息をつく。 呪は力を使い、体力を使う。葛葉はとても疲れたが、晴れ晴れとしたスッキリした気分だった。 「ううううっ!いい話だったなぁ~葛葉~正樹殿は男の中の男だぁ~!」 と顔中、涙と鼻水に濡れなから、頼光は感動している。 頼光の目にも呪が消えたとたん消えた。 葛葉は力を使ってしまったため、今は見えないがきっと、姫のそばに正樹はいるだろうと思った。 「葛葉ちゃん良くがんばったね。初仕事、お見事だったよ。頼光君もね」 炎の光栄はニコニコしながら二人を誉めた。 「だけど、鬼を退治したのは、光栄様よ?」 「それでも、一番大事なところは葛葉がおさえていたんだよ。偉い偉い」 炎の光栄は葛葉の頭を撫でた。 撫でられてとても嬉しく満たされた気分になる。 「僕もそろそろ、炎に意識をもどさないとね。」 「ええええ!もう帰っちゃうの!?もう少しお話したいよ!」 「僕も葛葉とお話したいのはやまやまだけどね。 炎も氷もへとへとだし、僕にはもう一仕事あるからね」 仕事というところを強調した。 「仕事?仕事があったのに私達のこと手伝ってくれたの?迷惑かけてごめんなさい!」 すまなそうに葛葉は光栄に謝る。 「謝らなくていいよ、共通した仕事だったから」 「共通した仕事?」 「そう、例の中将からの依頼」 ニッコリと可愛らしい炎の表情でいうから一瞬分からなかったが、ハッとして思いあたる。 「中将ってまさか!」 「しっ!」 炎の光栄の手に口を塞がれる。 光栄はその男を助けるための依頼を受けたのか?その男を助けるためだったのか?と怒りの疑問を口にするよりも早く! 「ちゃんと、懲らしめておくからさ!」 と言うやいなや、炎はバタリと抜け殻のように倒れた。 けれど、すぐに弱々しくも上半身を支えながら立とうとするが、疲れ果ているようで、後ろに手をささえにして仰け反ろうようにすわる。 「光栄様ひどいよ~~~!いきなり、意識を奪うし!僕達も一応鬼なのにあんな、鬼を散らす呪を放つなんて!氷から聞いてるはずなのに…晴明様から頂いた額の五芒星がなければ僕達死んでたよ!もう!それでなくても疲れるというのに~~~!」 炎は立つ力はなかったが、怒りを口にする力はあるらしい… |