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舞芝堂グループ公式ブログ【まいろた雑記帳】

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自己紹介

2021.02.05
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カテゴリ:自己紹介
私自身のWAIS−Ⅲの結果数値です。


言語性(VIQ)評価点  65
動作性(PIQ)評価点  41
全検査(FIQ)評価点 106 

言語性(VIQ)IQ 105
動作性(PIQ)IQ  87
全検査(FIQ)IQ  96 (平均100)



言語理解(VC)評価点 25
知覚統合(PO)評価点 30
作動記憶(WM)評価点 40
処理速度(PS)評価点 10

言語理解(VC)群指数 92
知覚統合(PO)群指数 99
作動記憶(WM)群指数 119
処理速度(PS)群指数 72



障碍者ドットコム​さんでもある通り、
WAIS−Ⅲの見方を解説してくれてます。


一応、これで私は、軽度ASDと診断されました。

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最終更新日  2021.02.05 06:10:56
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2021.01.05
カテゴリ:自己紹介

※2021年1月現在






最終更新日  2021.01.05 02:07:50
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2020.12.30
カテゴリ:自己紹介
私自身、以前から『個人業的なこと』を
いろいろしてきた経緯があります。
まだツーカーやJ-PHONEという
携帯電話会社があったそんな時代、
携帯電話販売代理店のお手伝いを
しておりました。
自転車で直営店回りをしたり、取次をしたりして、
『営業販売員』という役職名が、
気付かぬ間についていた、なんてこともありました。
そして、私がお世話になっていた、
鍼灸針治療院の先生が、『弱視』のため、
私が携帯電話の同等の最適機種を探し、
時間のある時に、基本操作をお手伝いしたりしました。
『すごく助かった!ありがとう!』
この一言に救われたことが、本当にたくさんありました。
そして、その頃から、『お手伝い業』というものに
変わっていました。
電気店で、パート社員として働いた時も、この気持ちは忘れずに
働いていたわけで、運転免許を取ったり、人間関係を学んだり、
営業から謝罪などいろんな経験をしました。
『お金』がどうこう、『利益』がどうこうなんてじゃなく、
『如何にその方のお役に立てるかどうか』ということです。​
それも、1対1でのことですから、すごく感じました。
今まで社会人として働いて来ましたが、鬱などになってしまい、
障碍者となった今は、
『相手の方の技術(技量)』と、『自分自身の技術(技量)』の、
『現代版・物々交換』をしつつ、交流を進めております。
今ここにある『舞芝堂』は、個人業で培ってきた、
同じような境遇など、対等な方々ひとりひとりに
お役に立てることをモットーに、
これからも活動をしてまいります。
『障碍者の「生きる権利」(人権)を守る会』の
発足もできたらと思っています。
(私は、今一人で世の中と戦っています。)
人がどんだけ集客できただとか、どんだけ儲かったとか、
『成果主義的』などうでもいいことは、私には一切関係ありません。
これからも困っている仲間と助け合っていく活動を忘れず、
『お手伝い・お助け要員』としての役割を、全うしてまいります。






最終更新日  2021.01.02 01:57:43
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2020.12.29
カテゴリ:自己紹介
舞芝自身が受けたものの一覧は以下の通りです。

・臨床心理士の先生による心理テスト検査(2013年あたりから)

・発達障碍専門クリニックにて、WAIS-Ⅲを含めた心理・脳検査。
(2017-18年にかけて)


・てんかん専門クリニックにて、『てんかん発作』検査。
(2017-18年にかけて)


・MRIはかなり前(10数年前)に受け、データー所持。


・血液検査は年4回(3か月に1回のペース)
(主治医の通院で検査しています。)






最終更新日  2020.12.29 12:30:34
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2020.10.20
カテゴリ:自己紹介
1982年、昭和の終わる前、京都市山科区の西野山に生まれる。
小さいころから、父親からの当時の軍事的教育(今でいうDV)を
受けつつ、自然たっぷりな町の中で育っていた。

昭和から平成に変わり、小学3年の終わり(平成4年)に
親の離婚により、母親方を選択したが、同市内の祖父母宅にて、
転校した小学校で4年生から生活をすることになる。

『母子家庭(片親)』ということで、その当時は、昨今のように、
『シングルマザー』と認知されておらず、片親であるからして、
『母子家庭!』という言葉でいじめを受けたことは多かった。

家庭内問題・学校内での問題など、中学3年生あたりから、
臨床心理士の下でカウンセリングを受け、高校生あたりから、
抗不安薬(デパス・リーゼ)を服用し始めた。
高校3年生の夏に自転車に乗っている際に事故に遭う。
辛うじて無傷ではあったが、意識が一瞬とんだ。後になって、
精神的症状などにより、通学が難しくなることなど、
日常生活に支障をきたす位、いろんな問題が出始めた。

高校卒業とともに、社会に出て実務経験を積むため、
アルバイト(パート)を転々としていた。

当時、『京都の電気店街』と言われていた四条寺町の
各電気店で、修行を積むことになったのが始まりで、
電気店勤務が主だが、書店、コンビニ、
スーパーの住居関連売場等、
色んな仕事(主に接客)を経験した。

しかしながら、自律神経失調、躁鬱・抑鬱など、
HSPであることもわかり、さらに、パニック障害、
嘔吐障碍、全般性不安障害など、複数発症し、
仕事ができなくなり、精神障碍者となる。

私自身の性別違和的な悩みで、『個性のある世界』にも、
足を踏み入れたことも。
(異性装・女装・同性愛(ゲイ)など)

性同一性障害の疑いもあり、ホルモン的なものを
サプリでとったりしていると、肝機能が著しく
低下したこともあり、動けなくなったこともありました。

※サプリを取る際は、薬剤師・医師・メーカーに
よく相談してください。

現・京都市中央青少年活動センター
(旧・中京青少年活動センター)での活動がきっかけとなり、
サポステや。障碍者生活就業センター、
障碍者地域支援包括センターなどで相談をしていました。

最近、『大人の発達障碍』または、『隠れ発達障害』の
傾向が強まり、聴覚過敏・嗅覚過敏などもはっきりし、
専門機関で検査をしたところ2017年末に、
軽度ASD、軽度ADHDも追加となった。
 
一人暮らしも幾度と失敗しているが、
チャレンジを繰り返してました。

現在、軽度発達障碍と軽度精神障碍の
両方を持っているため、主治医の指示のもと、
訪問看護や生活計画支援相談、
発達障碍支援センターなど、色んな方々のサポートを
借りて生きております。






最終更新日  2020.12.23 04:52:56
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