コロナ感染から肺炎、そして、疥癬・・・ヒゼンダニが一番(虫の中で)憎い
母がコロナに感染したと連絡があった日からあっという間に、肺炎になってしまった。グループホームでコロナがまん延し、酸素濃度が80パーセント台に・・・救急車で病院へ行って、誤嚥性肺炎との診断で入院することになった。毎週、母と面会し、食べたいものを食べたいだけ食して、おしゃべりするのが私と母の貴重な時間だった。コロナになっても回復して元気になると思っていたけど、やっぱり、高熱は体力を奪う。食事も摂れなくなり、会話もままならない状態での緊急搬送。(:_;)それでも、病院は毎日面会OKで、安心した。入院してから毎日、面会に行った。入院4日目に、私の子供たち(母の孫)が病室に入ると母がパッと目を覚ました。孫に久しぶりに会えて、受け答えもできて、涙が止まらなくなった。次の日は、母の仲良しの友達を連れて行き、片言ながら会話もできた。母が大好きな森昌子さんの「せんせい」を口ずさむことも・・・やっぱり、音楽は脳にとって、とても良い効果があると思った。歌を聴くと意識が少しハッキリして、昔の思い出も鮮明になり友達と意思疎通ができたので、嬉しかった。が、次の日は、看護さんが慌てている・・・何があった?母の手に赤いポツポツが!Σ( ̄ロ ̄lll)ガーン「疥癬(かいせん)の可能性があるので、今後、面会はできません!」(;´Д`)えーーーーー!エプロンやビニール手袋をして、とりあえず、病室に入ることはできた。会話も成立したし、もっといろんな人と面会したいと前向きな表情で、少し安心した。顔を覆っていた酸素マスクが、鼻からの酸素になったので、少しずつ肺炎は改善しているようだった。赤いポツポツが疥癬かどうか???それが運命の分かれ道・・・(-_-;)3日後の皮膚科の先生の診断で「疥癬」だった。しかも、重症の疥癬で、個室で隔離生活。家族も面会禁止で、様子は看護師さんに電話をして聞くしかない。飲み薬と塗り薬で、疥癬と闘う母を思うと辛くなった。疥癬と断定されたら、私にも赤いポツポツが・・・1日1か所ずつ、増えていく謎の痒み。以前は夏だったからもっと大量に湿疹ができたけど、今回は大きなポツポツが腕と太ももに!!またあの悪夢を見るのか??(T_T)皮膚科へ行って、ポツポツを何個もピンセットでつまみ、先生が顕微鏡で覗いたけど、ヒゼンダニは見つからない。見つからないと、飲み薬は処方されず、塗り薬(オイラックス)のみ。オイラックスを付けてからポツポツの数はそれほど増えないけど、痒みは続く(:_;)一番心配だったのは、母の肺炎が良くなってきたものの、口から栄養が摂取できるか?入院から2週間後には酸素も抗生物質の点滴も終わり、肺炎はほぼ治ったと診断された。口から水分を飲む練習を始め、ヨーグルトまで進んだところで、難しくなったそうだ。2週間以上、口から飲食しないでいると、嚥下機能が低下して「ドックン」という、反射がなくなってしまうそうだ。喉ではなくて、肺に誤嚥してしまうと、また肺炎になってしまう。(-_-;)口から食事が摂れない時の選択肢は、このまま点滴だけで安らかに眠るように旅立たせるか、または、胃ろうなどの経管栄養や中心静脈栄養で延命治療をするか・・・80代半ばを超えている母にとってどちらが良いのか?疥癬となり、面会もできないまま、母とお別れするのはどうしても納得できない。毎日悩んだ。胃ろうや中心静脈栄養について調べた。同じように悩んで、中心静脈栄養を選択した友達にも相談した。最後はAIにも相談した。たどり着いたのは、私が一番納得いく道を選ぶことしかないってこと。それは、母にとって辛い、痛い、治療だったとしてもそれが、母にとって望んでいないことだったとしてもそれで、私が納得できるなら、母に頑張ってほしい。母が元気な状態で会話をした日、病室で最後に会話をした日を思い出して、もう一度、母と会話をしたい。意思の疎通ができるところまで復活してほしい!!このまま延命治療しないと「余命1か月」の余命宣告を受けてしまったので、これ以上悩んでいる暇はない!主治医に「延命治療」を希望をお願いした。先生はすぐに鼻からの経管栄養を開始してくれて、1日3回、400カロリーずつ(計1,200カロリー)を摂取し、体力回復と疥癬の完治を目指すことになった。つづく♪