第二章第二章パタパタパタパタパタ・・・ 駆けてくる足音が、軽やかに響く。 朝の静けさは、いつもこの足音によって破られてきた。 今朝も、また・・・。 「フィリルさん!おはよーございまーっす!!」 少年の名はヨシュア。ヨシュア・トルード。 歳は15。ふんわりと短く刈られた髪は、深いみどり碧。 瞳の色は明るいが、やはり深い碧の色をしている。 少年らしい、健康的な肌の色をしている。 可愛らしい顔立ちで、まだ幼さが残っている。 「おはよう、ヨシュア」 返事を返したのは、ヨシュアよりやや背の高い人物。 流れるような髪は、美しい濡羽色をしている。 腰ほどまであるその髪は、今は三つ編みにされている。 瞳も同じ。暗黒の、深い闇の色である。 しかし、それはその表情よりも多くのことを語る。 透き通るような肌に、その髪と瞳は妖しいまでに映え、 見る者を惹きつける。 フィリル・ルーシェン。 それが、この人物の名である。 だが、この人物のことは、その名前しか分かっていない。 ・・・年齢も、性別さえも。 「見習い魔術師」という形で城にいるが、実際はどうなのか、 誰一人として知るものはいない。 心に、静かな泉をたたえている、そんな雰囲気をもった人物だ。 「今朝も早いですね。師匠も、見習ってくれたらいいのに・・・」 口元をほころばせながら言うフィリルに、ヨシュアは照れ笑いをした。 「お腹空いちゃって・・・。ご飯、もう出来ました?」 「もう出来ますよ。師匠を起こしてきてくれますか?」 そう言った頃には、すでにヨシュアの姿は彼らの師匠の寝室のある二階の部屋へと、 その姿をくらませていた。 (やれやれ・・・) その行動の速さになかば呆れながら、フィリルはため息をついた。 けれど、口元は楽しそうに微笑んでいた。 (けど・・・。今日も無理、だろうなぁ・・・) 「はぁ・・・・・・」 今度は、諦めたような、正真正銘のため息だった。 * * * * * この城の二階は、2人の師の私物が、ほとんどの部屋を占領している。 大量の魔道具をはじめ、一生かかっても読みきれるかどうかというほどの本や魔術書。 中には、希少価値の非常に高い、世界に数えるほども現存していないとされる本や、何重もの、一級魔術師にさえ施せるかどうかと思うほどの、複雑な封印魔法や呪いがかけられていたり、触れただけで呪われるという呪いのかかった、空恐ろしい闇魔術書まで埃を被っていたりする。もっとも、実際にはフィリルやヨシュアが毎日のように掃除をしているので、埃を被るというような事はほとんど有りえないのだが。 さて、この常識はずれな師匠なのだが。 名を ルーファス・ハメルンという。性別は男。歳は二十六でまだまだ若いのだが、すでに師匠としての職に就いている。肩ほどまでの長めの紺の髪に、知的な切れ長の目が特徴だ。黙っていればなかなかの美青年で、何か重大な事が起こると、惜しみなくその才能をさらけ出す。そういう場だけを見たものは、冷静沈着で、かつ、気の行き届いた人物だと思うだろう。彼は、道端に生えている草にさえ心を配るのだ。ところが、口を開けばその冷静さなど何処へやら。私情になると、指を紙の端で切った、指先を火傷したなど、そんな事で何事かと思うほどの大騒ぎを起こすのだ。 ところで、この、どこかずれている師匠。実は朝がかなり苦手で、日が昇っても起きてこなかったりする。そのため、毎朝師匠を起こすのはヨシュアの役目になっている。更に言うと、彼は放っておいたらが日が沈むまで起きてこないという。いったいそんな状況下でどうやって術を習っているのか。けれど、術は一級以上で、術者の間では異常なまでにその名を知らしめている。それが幸か不幸か、化け物だとか悪魔だとかと恐れられ、潰そうとする者さえいない始末。しかしその一方で、たくさんの若い魔女からの手紙が途絶えないのも事実である。 そんなルーファスなのだが、今は木窓でしっかりと日を閉め切った暗い寝室で、深い夢の中にいた。 ちょうど、そのとき。 パタパタパタパタ・・・ いつもと同じ時間に、いつもと同じ足音が近づいて来ていた。 とはいえ、夢の中で楽しんでいるルーファスが知るはずもなく。 「師匠!ルーファス師匠!!おはようございまーす!」 ばんっ、という音とともに、部屋の扉が開かれた。 普通なら、これだけで何事かと飛び起きるだろう。が・・・。 「師匠!ししょー?まだ寝てるんですか?」 パタパタとルーファスの傍に行き、体を軽く揺すぶる。 それにもかかわらず、一向にルーファスが起きる気配はない。 はぁ、とヨシュアはため息をついた。すぐに起きろという方が無理な話なのだ。 「窓、開けますよー?」 しっかりと光を遮断している木窓と窓を大きく開けると、春の暖かい日差しとともに、朝ではまだ少し刺すような風が、心地よく部屋を包んだ。 「師匠、起きてくださいよぅ」 ヨシュアは再びルーファスの体を軽く揺らす。 「師匠、師匠!」 声が大きくなっていくとともに、次第に揺らす力も強くなる。 それでも、まったく返事をしないルーファス。 「師匠ってばぁ~!!」 怒鳴るように耳元で叫ばれ、やっとルーファスが身じろぎをした。 「んん~・・・」 「師匠!目、覚めました?」 ほっとしたように言うヨシュア。しかし、彼の第一声はこうだった。 「もうちょっと~・・・」 毎朝の事ながら、やはりヨシュアはため息をつかずにはいられなかった。 「ほんとに、ちょっとですからね!」 そういうと、ヨシュアは部屋を出て行った。 邪魔者がいなくなったルーファスは、再び幸せそうに夢の中に沈んでいった。 ところで、扉と窓が開け放されて、冷たい風が吹き抜けるようになっているのは、ただヨシュアが忘れていただけなのか。それとも、ただの嫌がらせか・・・。 しかし、ルーファスはそんなことなどまったく気にする様子はなく、幸せそうに眠りこけて、夢の中に戻っていた。 ジャンル別一覧
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