ホーバクの思い出・2健作さんは子供がいてもいなくてもかまわないと言う人であった。でも外国で老後を暮らす私を考えて、子供がいたほうがいいと考えたようである。 ぶっちゃけた話、私と健作さんは仲は良かったけど、その当時、夜のほうはご無沙汰だった。 「子供ができる可能性が薄いのに関係を持っても仕方が無い。」 と健作さんは言っていた。 女性として、そんな言葉かなり傷つく。 でもその夜は何故か、どうしても関係を持たなければならないと思い、頑張ってみたのだ。 (その夜、ホーバクはやって来た。) 7月の初めに私は体不調を覚えた。 胸の張るような感じと胸焼け、下腹部痛などだった。 もしかしたら・・・ 私は胸やけがすると姑に告げた。 もしかして妊娠か?と期待するかなっと思って。 姑はいつも期待に反する反応をなさる。 姑の一言。 「お前の実家のかあさんは娘を育て損ねたよ。こんな子供も出来ない娘を送ってよこして・・・」 (その頃、姑と私の仲は良くなかった。) 私が涙を浮かべながら「日本に帰ってやる・・・」とつぶやいていたら、 その一言を聞いた健作さんがキレた。 お母さんの部屋にある机をひっくり返したり、部屋を修羅場にしてくれた・・・。 部屋を片付けながら、私は姑にわびた。 悔しくはあったが。 そして体不調のほうは続いていた。 もしやと思って体温を測ってみたら、高温であった。 続きはコチラ |