運転免許書
二度目の入院を終えた私は、すでに車の運転は不可能となった。所沢の免許更新に出掛けて行った。適性検査で見事に落ちた ショックで、担当官に食ってかかって言った 「もう一度テストしてくれ」 「いや出来ません」 「どうしてなんだ」 「貴方の病気は運動ニューロン疾患症じゃありませんか。診断書を見ますと、運動神経が徐々に弱くなり、次第に動かなくなると書いてあるじゃないですか」 「えっ そんな事がどこに書いてあるんだ」 「ここですよ、ほら、ここに・・・・・」私は呆然となった。今まで診断書というものを提出するのは初めての事であったし、封印がしてあって、自分の目で見るのも(確かめるのも)初めてであった。その診断書には、次のように記されていた。病名「筋萎縮性側索硬化症」 別名「運動ニューロン疾患症」 大脳から指令を伝える神経経路(運動神経{ニューロン})が侵され、刻々と筋肉や骨格が萎縮・退化し、球麻痺(嚥下障害、言語・呼吸障害)が進化する現在の医学では原因不明で、何の治療法もない難病である・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。足の震えが治まらない・・・手の震えも治まらない・・・血流が下がり、私は真っ青になってその場に倒れてしまった・・・その後の記憶はなく、気が付いたら救急病院の一室に居た。この世に仏も神もないのか。なんで俺がこんな病気にならなくてはいけないんだ。私は病室で大声で叫んでいた。もう一度気が付くと、私の体はベッドに縛り付けてあるではないか。再び大声を出して「医師を呼んで来い」と、ぶざまな姿で看護婦に言っていた。その日は安定剤を打たれて眠りに付いた。翌朝、先生が病室に入って来るなり、こう言われた。「makibo さん、昨日の事は覚えていますか?。おそらく覚えていらっしゃることと思います。あのね makibo さん、あなたの病気は車の運転は無理なんですよ。分かりますよね。ご自分でもお分かりのことと思いますよ。手の動き、足の動きが・・・ね。私の説明はもう必要ありませんよね。あなたご自身がよーく解っていらっしゃると思いますから・・・」私は先生の説明を聞いている間は「涙が怒涛のように溢れていた」。妻が迎えに来た。私は「泣き崩れていた」。自宅に帰るまで泣き崩れていた。なおも自宅に帰り着いても泣き崩れていました。こんなに泣いたのは初めてであった。こんなに泣いたのは・・・・・・ 夕暮れを侘しく歩く一人の男