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浜田マキ子(林原チャンネル)のブログ「再見」

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2020.10.26
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今日は午前中に日程を入れなかった。手紙を書いたり時間のかかる電話がかけられました。天気は良く、なんとなくテレビを10分ほど見ました。たまたままだ歩けない赤ちゃんがいろいろと体を動かすことを児童心理学者が解説していました。赤ちゃんて面白い。
息子が子供の頃、私はひたすら忙しくて赤ちゃんの面倒は(この孫命)の母に任せきりでした。反省また反省の反省。赤ちゃんの息子にもっとべったり付き合いたかった。つまり自分が損した!

息子もお嫁ちゃんも、自分で自分の足場を確立してからの結婚でした。30代半ば。それから赤ちゃんが生まれて日本に落ち着きました。お嫁ちゃんを私が食事に誘った時、ママ、私は子供を預けてまで外で食事したくないの、と断られてしまいました。あっという間に子供は大きくなる、本当に彼女が正しい。
このお人形さん、女の子が生まれたので私は嬉しくてお洋服まで不器用な手を動かしてちゃんと着せてあげたのですが、お人形さんには全然興味がなくてきれいに結い上げた髪の毛はガシャガシャに引っ張ってしまいましたので、そーっと私の手元に持ち帰りました。もうお洋服は陽に焼けて私の反省。サリーと呼んでます。






最終更新日  2020.10.26 20:40:41
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2020.10.25

旦那様が早く体幹を整えるためには兎に角歩くこと!だそうです。
ところで二人とも歩くのが嫌いは今にはじまったことではない。私はセッカチだからでもある。
それでも一週間に一度市ヶ谷の美容院まで歩くと決意。案外なことに一人ではすぐ挫折するけれど卓二郎さんを歩かせるためという(使命感)を持つと不思議に続きます。まさに情けは人の為ならず!

歩いていると色んなことに気がつきます。こんな階段が一番危ない!瀟酒なエントランスのようでいてこの段差が見えない私たち世代。段差がないように格好良くデザインしてあるから!
これからは設計には贅沢とお洒落を知りながらシニアになった女性建築家のセンスにニーズあり。






最終更新日  2020.10.26 14:01:52
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2020.10.24
林原チャンネルで田村秀男さんが繰り返し丁寧に発信して下さるように、今はまず日本の元気を取り戻さなければなりません。贅沢ではなくささやかでも稼いでいく自信があるならば、こうした集まりに身銭を切るべきなのです。

お金を貯めても、国が力を失えば仕事もなくなります。そんな時自分にはどんな特技があるか、それはいつも自分で心がけていかなければなりません。でも人間が存在する限りそこには人が必要とする仕事が必ずあります。謙虚に何でもするつもりになればの話ですが、その原点を忘れなければあまり心配する必要はありません。私もゼロから立ち上がったからこそ敢えて申します。

毎月第4土曜日にずっと続いていた築地田村のお楽しみ会、この半年コロナで途切れました。先月はボイラーが壊れて急遽お休み、そのおかげでうちの旦那様も無事復帰できました。
田村の女将さんも七宝つなぎの帯に可愛いウサギ、晴れ晴れとされてます。

まず先付け 煮鮑、アワ麩、オクラ、銀杏、南京、ミニトマト、色ナス、海老、イエローベル、白玉とあります。いったいこれだけどうやって出てくるのかと思っていました。ゼリー寄せ。すりゴマのクリームを敷いて柚子をふり。どうだ!という顔の田村の大将。このアイディアはいただき!

それから先はこのご馳走全部!

最後の甘味はモンブラン?と思ったら栗の甘露煮を裏ごしししてクリームチーズで溶いて大納言を包む、これも今回初登場。238回目。







最終更新日  2020.10.24 22:18:26
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2020.10.23

石井幹子さん、どこから見てもいつお会いしても素敵な笑顔、人生と人格の厚みがそのままお顔に現れている。太平洋戦争に負けた時5歳。父上は東大理学部在学中、サッカーチームの主将としてオリンピックに出場、強豪を下して世界の注目を集めた。その父上は招集され戦死。

石井幹子さんの人生は日本が敗戦からの立ち上がりそして輝ける世界の日本として復活した人生そのもの、それを牽引した日本の代表的女性です。彼女の照明は一昨年ローマのコロシアム、昨年はパリのエッフェル塔のライトアップを実現、今や世界的に押しも押されぬ第一人者。けれど1度も偉そうな居住まいを示されたことがない。例えばよみうりランドのライトアップも1枚1枚親しい私たち友人にご自分で入場券を配って下さるのです。

さて、今日の林原チャンネル(ひとりがたり)。
今や世界一、見事に整った豊かな国と言われる日本が実は危機に瀕していると田村秀男さん。

ありていに見ればこの25年ずっと経済成長なし。
しかもこの経済の低迷はどこから見ても人災であると田村秀男さん。
経済低迷を少子高齢化の理由にしているが何の根拠もない。人口構成に理由を求めるなど無責任の極み、しかし不思議なことに一般メディアはそれに同調している。

結果として日本には使われないお金がどんどん溜まってきている。銀行は今や運用する能力を失っているから余ったお金は外に流れている。
今ハラをくくって成長戦略に政策転換しないと世界一の金を持ちながら日本は立ち腐れていくだろう。21世紀を迎えて以来ずっと変わらぬ低迷。

お金だけは未だ有り余る日本。だから日本をまた元気にすることも実は簡単なことなのだ、と土佐っぽらしい。
総理大臣の(政策転換)の決意一つで十分。まさにかつての池田勇人さんの言った所得倍増論に倣らうべし。
緊縮財政をやめること、それと消費税の見直し、これだけで日本の経済は突然に活性化すると断言。
トップリーダーの覚悟なくして国は栄えない。これは世界共通の真理。
リンゴの古里、立派な西洋リンゴより日本の日本らしいリンゴの原点を思い出したい。

いまは財務省が天敵とする高橋洋一さんを内閣参与とした菅総理の覚悟に日本の命運がかかっている。
アメリカの熾烈な大統領選を闘っているトランプもバイデンも、一つだけ共通して主張しているのは(アメリカの経済成長をさせる)ということ。
政治の指導者は国を豊かにすることこそ最大の使命。






最終更新日  2020.10.24 00:56:46
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2020.10.22

今日のブログはこれに尽きます。林原健さんについて聞かせてくださいと突然新潮社の西浜記者から電話。ありのままにお話ししましたが、あんなにおしゃべりしてしまってよかったのだろうかと少し自分で反省していました。

でも今日目にした今週の週刊新潮、健さんについて私が感じていることそのもの、過不足なく捉えてまとめてありました。墓碑銘あるいは蓋棺録を書く方はその社でも最も筆の立つ方達だと伺っていましたが頭を垂れました。







最終更新日  2020.10.22 20:20:05
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ローズマリーの1束、織部の湯飲みに挿す。不思議です。今日は久しぶりに石井幹子さんにお目にかかりました。朝からローズマリーの香りが部屋中に満ちていました。この香りは石井幹子さん!

いつも惚れ惚れする美しさ、私が本当に憧れる方です。その人生を学べば学ぶほど真似ができない努力の積み重ね。描くアイディアの大きな豊かさ。息子たちが幹子さんそのものと言える東京タワーの真正面に住んでいることも不思議です。人の人生は不思議に満ちています。無心にできる限り命の限りに生きる以外にないと改めて教えてくださる方です。10月1日東京の名誉都民。







最終更新日  2020.10.22 01:29:18
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2020.10.20

私、10代の頃はファッションデザイナーになりたくてどの授業中もノートには洋服のデザインばっかり描いていました。今は林原チャンネルのある共同通信会館の目の前の三会堂で仕事をしていた岡田英子さんという人に出会って、自分のための服を自分だけのためにデザインしてつくってもらう自己満足デザイナーになって夢を実現。ちなみに岡田さんは歴代のアメリカ大使はじめアメリカ大使館の方々のズボンのサイズ直しもよく頼まれていました。つまり仕事が正確で安いと言うこと。(三会堂と共同通信会館はアメリカ大使館の前にある)

彼女の素晴らしさは(そのまま)ができることです。さんざんいろんなデザイナーの服を着てきた私はちょっとした切り替えやダーツも私なりのこだわりがあります。それをそのまま作ってくれるのです。案外なことに(そのまま)できる人は少ないのです。
デザイナーを気取っている似非プロは、私の希望どおりに(そのまま)はなかなか作ってくれない。私の経験で言うならば、そのまま、ができる人こそ本物になる人です。これはお医者様を始めどんな専門を職業にする先輩方もおっしゃることです。

友人の花、基本はそのまま、独自の境地あり、まさに美は乱調にあり。

この頃は日暮里と言う布地ばかりを扱っている街に彼女は連れて行ってくださる。感激の安さ。彼女はかつてはドレメで教えていたから腕は確か、ですが教えたり会社勤めをしたりするのはまっぴらと言うことで好き勝手に1人で好きな人のものを縫ったり直したりしています。それに独り者の彼女とは布地を買いに行きながら今日はお昼何を食べようかという楽しみができました。

日暮里の布地の街、通りっ端のお店でスパゲッティーやピラフがおいしいのと言うのでくっついていきました。本当にびっくりするほどおいしいお母さんの味。思わずご家族ですかと聞いてしまいました。いいえ私たちは働いてるだけです、中でお料理している人がオーナーです。問わず語りにオーナー女性が答えてくれました。69年ここでやってます、と。このお店も本物の味を気取らず省かずそのまま作っている。そのコーヒーも本当においしいのです。こういう街のお店が生き生きと仕事をしているこのかつてのバッタ街、嬉しい。






最終更新日  2020.10.21 01:10:28
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2020.10.19

不思議なご縁でここ数年コパさんとご一緒することが1年に何回か。ご縁と言うのは神様が与えてくださるものだと言う感を深くしています。
コパさんの教えに従い昨日17日までに願うことをまとめあげ、今日は神様に祈りを捧げるようにと言うことでした。
実は今日は私の人生においてまさにがっくりと出鼻をくじかれるような思いをいたしました。でも日枝神社にお祈りしておみくじをいただきそしてコパさんの今週のメッセージをもう一度読み返しそれはとても良いことだったのだと分りました。これまでの仕事と来月からの計画を再検討の時、急ぐとミスをするので答えは出さずに待ちましょう、とあります。まさにその通りです。

この真正面に私の事務所がありました。月参りをしていましたがこの階段を平気で登って平気で降りたものです。事務所の人が窓からみんな見ていたそうです。人は年々歳をとるもので今はとてもこの階段を上り下りなどできません。

天の謀りことは人知を超える。私は人生で何回かこの言葉に感謝してきました。自分の頭で考えた事は人の知恵に過ぎません。
今日のことも思い巡らせばこうあるべきなのでしょう、後でまた神様にわかりました、そうでした!と申し上げる時がくると、改めて覚悟を決めました。
それに悲しみも喜びも生きてる間だけの事。全力を尽くして人生を走り抜ければ良いのだと自分に言い聞かせる。






最終更新日  2020.10.19 18:14:26
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2020.10.18

オイローパ、エウローペ、europa、牛に化けたゼウスにさらわれて愛された美女。そのお陰でゼウスの奥さんに恨まれて彼女自身も牛に変えられてハエを一匹付けられた。ハエから逃れて牛の姿の彼女が彷徨った大地がヨーロッパになりましたと、さ。ギリシャ神話で初めてヨーロッパと言う名前を子供の時覚えました。ゼウスは奥さんが怖くて女の人にそんなことをたくさんしている神様、彼女は可愛そうと思ったものです。

私はお料理が好きだと思っていましたが、それは遊びならのことだったと骨身に染みる。いまは毎日なにを作るかと頭の中に時限爆弾。今日もそれなりに美味しかったけど、夫が無事退院したと聞いたママさん達からラブレター付きのお見舞い色々。もうちょっと知恵がないのか。夜ご飯くらい食べに行ってほしい。バカバカしくて夫にのし付けて進呈したい。ゼウスの妻ヘラの凄まじさは日本人にはない。女を生きるなんて早く終わりたい。
昨日、中曽根先生の告別式、会葬者を大写しの画面でみながら思い出したこと。西村熊雄さんという戦後最初のフランス大使の夫人の言。

ビビアンリーとそっくりな絶世の美女でまさに才色兼備の方でした。その方がつくづくおっしゃいました。女がどんなに努力しても所詮ムダ!夫が立派ならどんな人でもみんなが煽てあげるの。
なるほど開き直って夫の存在を活用すべし。そのおカオと信用は貴重と思い定めれば美味しい物ぐらい作って元気に長生きしてもらいましょう。






最終更新日  2020.10.18 23:12:21
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2020.10.17

みんな若い。岸総理が39歳の中曽根先生を初入閣されました。
今日は去年11月29日に101歳で亡くなられた中曽根康弘先生の自民党との合同葬がコロナの為に延びて延びてようやく開かれました。一日雨が降りし切る。天からの涙。
私は大きな会は近頃はまず失礼していますが、中曽根先生だけはお見送りさせていただきたい。不思議なご縁なのです。
92歳から96歳までの4年間、私のテレビ局で毎月一回一時間、まず初めの2年間は松本健一さん、これは(政治は文化に奉仕する)という一冊になり上梓されました。次の丸二年間は岩見隆夫さんとまさに(政治を語る)、と対談してくださいました。岩見さんが体調不良で一ヶ月お休みとなり、岩見さんがそのまま翌月に亡くなってしまいました。
岩見隆夫さんが次のテーマを決められると、一ヶ月しっかり準備されるのです。その姿だけでも私は深く教えていただきました。

結縁、尊縁、随縁ということもその時教えていただきましたが、今日改めてこの言葉を大事にされていらしたと伺って、私の生き方も正にそのとうりだと僭越ですが、振り返りました。
全ては縁です。縁を大事にしていると天は運も与えて下さるのです。とにかく人生って本当に一幅の絵のように繋がっています。
今日も縁のある方は不思議に私の次に立っていらしたり、すれ違ったり。探しても大勢なので、なかなか見つからないのに。

私が大学に入ったばかりの時、先輩に銀座のローゼンケラーというビアレストランに連れて行かれました。その時朗々とドイツ語でリンデンバームを歌っていらしたのが中曽根先生。そして私の隣りのベンチに座られました。その時私たちに見せて下さったのがこの青雲塾の趣意書でした。






最終更新日  2020.10.17 21:50:49
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