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カテゴリ:映画
『ふがいない僕は空を見た』
(2/23~:フォルツァ総曲輪) 公式サイト:http://www.fugainaiboku.com/ 高校生の卓巳は友人に誘われたコミケで、アニメ好きの“あんず”こと主婦の里美と出会う。 やがて二人は深い仲になり、里美の好きなアニメキャラのコスプレで情事にふけっていた。 そんなある日、卓巳は前から気になっていた同級生の七菜に告白され・・・。 *********************************************************************** R18+指定なので無理ですが、 高校生は観ても良い、どころか、高校生こそ観れば良いのでは・・・と思いました。 Rの理由は主婦と高校生の独特の逢瀬でしょうし、それは見どころの一つです。 でも、描いているのは官能ではなく、もっと別の生命を感じるところです。 最初、「ふがいない僕」とは卓巳のことだと決め付けて観始めたのですが、 僕が思うに、この作品で一番「ふがいない」のは里美の夫でした。 彼はいろんな意味で甲斐性なしでした。でも、意外に多いタイプかもしれません。 主人公は卓巳と里美です。ですが、途中から、主人公が増えていきます。 特に卓巳の同級生の福田。彼だけの物語でも充分に1本の映画になります。 福田は借金まみれの母親が家を出て、残された父方の祖母と2人暮らし。 祖母は認知症が進み、金はなく、バイト先のコンビニの店長からは馬鹿にされ・・・。 卓巳は後に半分は自業自得の苦しみを味わうことになりますが、 福田は卓巳よりも明らかにつらい境遇の中にいます。 しかも、彼が住む団地は、抜け出せない泥沼の人生の巣窟のようなところでした。 でも、生きていかなければならない。そのために必要なものは・・・。 本作では、その答の一つは「したたかさ」であるとしています。 卓巳の母親は助産師で、一見、優しさに溢れた言動に満ちているようですが、 その人生にもそれなりの「したたかさ」が必要で、彼女はそれを適度に持っていました。 世の中はイイ人ばかりではありません。 というより、誰の心にも天使と悪魔が棲んでいて、悪魔ばかりが顔を出す人もいれば、 誰かにとっては天使でも、他の人にとっては悪魔になってしまう人もいますよね。 そのことの是非を論じても、どうなるものでもありません。 ならば、本当は難しく考えないで、自分に降りかかる現状を受け入れて、 良い意味でも悪い意味でもなく「したたかに」生きていくしかないのではないかと。 と言いながら、自分は出来るのかと聞かれたら、難しいとは思いますが・・・。 福田は卓巳を陥れているのが誰かを知ったとき、その人と行動を共にします。 このシーンは特に丁寧に撮られていて、なぜか妙に美しさを感じました。 そして、これがあるので、その後、学校で卓巳が他の生徒に馬鹿にされていたときの、 福田のとった行動のシーンが生きてくるような気がしました。 団地の住人、同級生、先生、その他の人たち・・・。そんなにイイ人は出てきません。 これが世の中だと分かって生きるには・・・ということになるのかもしれません。 でも、この泥沼からは一生抜け出せないと、若いうちから諦めてしまってはダメです。 福田の変化は、僅かかどうかは分かりませんが、希望であることは確かです。 卓巳に告白した七奈を演じていた田中美晴ちゃんがかわいいです。 七奈とて純粋一途にいい娘さんというわけでもないように思いますが、 僕は分かりやすく「ふがいない」男なので、中盤までの彼女のような女子には弱いかも・・・。 卓巳も最初は七奈と付き合うことにして、里美とは終わらせようと思うのですが・・・。 里美役の田畑智子さん、この人、いつまでも若い頃と変わりませんね。 (序盤は特に)時間軸が行き来してるし、途中から誰が主人公が混雑するし、 そもそもが、いろんな人と事を描きすぎの感はあるのですが、 テーマの焦点はぶれてない(と僕は思う)ので、2時間22分は長さを感じません。 全体的には暗い映画ですが、それも僕は嫌いではないです。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2013年02月26日 00時23分49秒
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