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カテゴリ:旅の記録
呉市の仁方(にがた)と下蒲刈(しもかまがり)島とをつなぐ安芸灘大橋が間近に見えてきました。 全長1175メートル、2000年に完成したばかりの新しい橋です。 ![]() すぐ下の海域が、蒲刈(かまがり)の瀬戸です。 古くは「かまかりのせと」と呼ばれましたが、江戸時代になると「猫追門」(ねこせと)、そしていまは「女猫(めねこ)の瀬戸」と呼ばれています。 なぜ、猫なのかわかりませんが、近くに猫山があり、瀬戸の入口に女猫島があることに由来するようです。 画面の右側、安芸灘大橋の北側橋脚が設置されている小さな島が女猫島です。 この島には、船の安全のため、小さな白い灯台も設置されています。 女猫島の海側に、小さな白い塔が見えると思いますが、これが灯台です。 このあたりの水深は、27メートル。 古くから「潮が引くときは渦を巻き、船の通行が難しい」(芸藩通志)と言われた海の難所です。 この日の潮は、さほど速くはありませんでしたが、それでも川のように流れる潮の筋は、はっきりと確認できました。 しかも、潮の流れに逆らって船を進めているため、時折、大きく揺れます。 その蒲刈の瀬戸を正面にみながら、左舷を見ると、下蒲刈島と上蒲刈島の間に「三之瀬(さんのせ)の瀬戸」が見えます。 ![]() 幅は300メートルほどですが、潮が三方から集まるため、海面が高まり、風もないのに白波がわくという、海の難所です。 私たちが乗船している海上タクシーの船長さんも、このあたりの海域でもっとも難しい瀬戸は、この三之瀬の瀬戸だと言います。 このため、このあたりの海域は、猫瀬戸と三之瀬の瀬戸の存在によって、たいへん複雑な流れになっています。 潮が均衡するところの海面は、鏡のようになめらかな状態です。 この均衡がやぶれると、渦を巻きはじめます。 ![]() いまは、下蒲刈島と上蒲刈島に蒲刈大橋(480メートル)が架かり、下蒲刈島と本土側も安芸灘大橋でつながったことで、楽に行き来きができるようになりました。 しかし、人と風の力だけで船を操っていた時代は、よほどの技量がない限り、この海を乗り切ることはむずかしかったでしょう。 ただし、うまく潮に乗れれば、スピードアップにつながります。 だからこそ、このあたりの海を知り尽くしている海賊たちの手助けを必要としました。 そして海賊たちも、こうした水運の発達に比例しながら、成長を遂げていったのです。 その蒲刈の瀬戸にかかる安芸灘大橋を、いまくぐります。 時刻は、8時47分。 写真からも、潮の流れと、鏡のようになめらかな海面の様子がわかるかと思います。 ![]() ![]() レインボーブリッジを見慣れているせいか、幅の狭さを感じますが、そのぶんスマートな姿をしています。 もうすぐ、上蒲刈島と豊島も、豊島大橋で結ばれるそうです。 そうなれば、本土側から、下蒲刈島~上蒲刈島~豊島~大崎下島の順で、島々がつながります。 車での移動はたいへん便利になりますが、瀬戸内海から船が減ることは、寂しい気持ちもします。 ![]() 橋をくぐって振り返ると、遠くに三之瀬の瀬戸にかかる蒲刈大橋が見えます。 かつて平清盛も、足利義満も、この蒲刈の瀬戸(猫瀬戸)を通って、厳島におもむきました。 いまその同じコースをたどって、これから音戸の瀬戸へ向かいます。 ![]() お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
Oct 24, 2005 12:40:09 AM
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