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ままくんカフェ

April 11, 2007
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その3


朝食の前の真珠

*なお、ベル氏の地下鉄駅構内のパフォーマンスの模様は
ビデオ
で見ることができます。


*******


ベル氏にとって辛かった6回の瞬間~曲を弾き終えた後の完璧な静寂、無関心、無反応

ベル氏は合計7曲を弾きました。つまり、その間に6回、耐え難い沈黙、あるいは黙殺の時と空間があったわけです。
彼にとってそれが一番きつかったそうです。


「シャコンヌを弾き終えたとき、全く反応が無かったのはやり辛かったですね。まるで何も無かったかのようで。」

シャコンヌの後、シューベルトの有名なアヴェマリアに進みました。

2~3分後、何か起こりました。

幼児を連れたお母さん。シェロン・パーカーさんと息子のエヴァン君3歳。

エヴァン君はベル氏の演奏に興味を持ちます。聞きたそうにして立ち止まりますが、忙しい母親のシェロンさんは子供の手を取って連れ出します。

2人が駅のドアを出たところで、我々が事情を説明すると
「まあ!エヴァンは凄いということですね。」と驚き。


詩人のビリー・コリンズは
「人間は母親の胎内で心音を聞いて育ち、詩の美しさを生まれる以前から知っている。成長するに従ってその《詩心》を体外に押し出してしまう。」と語っていました。



忙しすぎたのでベル氏の音楽を聴けなかった人はいたのでしょうか?

いました。ジョージ・ティンドリーさん。その時に実際勤務中でした。
ベル氏が演奏していた場所のすぐ近く、オウ・ボヌ・パンというフレンチカフェで働くティンドリーさん。ボスの目もあり、なかなか店の外に出て演奏を聴けませんでした。
ボスが場をはずすと、店の敷居まで出て行き演奏を聴いていました。

「ちょっと聴いただけでこの男性が上手い、プロだってわかりますよ。
殆どの音楽家達は音楽を演奏するだけで《感じる》事はできない。ベル氏は感じていました。心が動いていて、彼自身が音楽になっていた。」
自分でもギターを弾き音楽好きのティンドリーさんは、ただ機械的に演奏する音楽家には全く敬意を感じないそうです。


ティンドリーさんの店よりももっと演奏が聴きやすかったのは宝くじ売り場に列を作っていた人たちでしたが...。
賞金に夢中で43分間の間ただの一人も注意を払いませんでした。

その列の中にいた1人、J.T.ティルマンさんは政府住宅・都市問題関係部のコンピューター専門家。
その日、2ドルの宝くじを10枚、計20ドル分買いました。宝くじの番号全て10枚分を記憶していました。
でも...その日にヴァイオリニストが何を弾いていたのか覚えていません。


「一般的なクラシック音楽のようだと思いました。
映画のタイタニックで船が氷山の前に差し掛かったとき船上のバンドが弾いていた曲かな。
あの光景を見て何も特別感じませんでしたね。誰かがちょっとお金を稼ごうとしているな、ぐらいで。」

我々が、あれは世界的演奏家、ジョシュア・ベル氏だと言ったところ、
「エッ!またこの辺で彼弾きますかね?」

「もちろん、でも演奏会のチケットは結構高いですよ。」

「それは残念!」

ティルマン氏の宝くじも全てはずれだったようです。


ベル氏はアヴェマリアを弾き終えます。
全くの沈黙。無反応。

続いてはマニュエル・ポンセのエストレリータ、マスネーの作品、バッハのガヴォット。

「不思議ですよね。まるで僕が透明人間か何かのようにみんな無視したのは。
だって、あんなに大きな音を出してたのにね!
ひょっとしたら、お金を恵まない事に罪悪感を感じないで済むように、意図的に無視したのかなぁ。」


カルヴァン・マイントさんも完全無視の例。
政府の総務課で働いています。エスカレーターの上まで行き、右に回りそのまま扉を開けて出て行きました。

数時間後、そこに音楽家がいたことも覚えていませんでした。

「えっ?どこにいたの、その人?」
「4フィート(約1.5m)離れたところです。」
「ヘぇー。」

それもそのはず、彼はiPodでへヴィメタルを聴いていたのです。



中でじっと立ち止まってベル氏を見ていたかのように思えた女性がいました。

「ええ、ヴァイオリンを弾いている人を見ましたよ。」と覚えていたのはジャッキー・へシアンさん。

「でも、取り立てて何も気に留めませんでしたね。
ただ、この人一体何をしてるんだろう、お金を稼いでるのかしら、儲かるのかしら、それだったら始めから空のケースにしといたほうが、みんな気の毒がってお金を入れるんじゃないかな、なんて思ってましたね。経済的観点から考えていたわけですよ。
えっ?私ですか? 
私は連邦郵便局の弁護士で、今雇用契約の交渉中なんです。」

なるほど。
彼女はビデオカメラの映像ではベル氏をジーッと見ていたように写ったのですが、音楽に関して全く何も気づかなかったということです。



その日の生演奏の最上席は靴磨き店の椅子です。
上部からベル氏の演奏が見えたはず。
ここで、5ドルも出せば靴磨きには充分。

その日、その時刻に靴磨きに立ち寄ったのはたった一人。
客のテレンス・ホームズさんは、政府の運輸局のコンサルタントです。
スーツを着る日には必ず靴磨きをしてもらいます。

オーナーのエドナ・スーザさんはブラジル出身。
携帯にはちゃんとショッピングセンターの警察と地下鉄警察の番号が記憶されてあります。

「音楽がうるさいとお客さんの声が聞こえないのですぐに電話をかけることにしているのです。ですから音楽家達もほんの僅かしか弾けないんです。あたしが警察に連絡して追い払ってもらうから。」

で、ベル氏の音楽は?

「うるさすぎましたね。でも彼随分良かったわ。初めてよ、警察に電話かけなかったのは。」

ベル氏が演奏していた事を聴いて、
「へえ、人垣ができなかったのは驚きですね。ブラジルだったら絶対そうなった。でもここはダメね。みな仕事で忙しくて疲れてるんですよ。」

スーザさんの常客のホームズさんは、その朝スーザさんの愚痴を聞いてあげていました。
ベル氏の音楽で更に頭にきたスーザさんをなだめました。

「彼の音はちょっと大きすぎたですね。イライラした彼女を、まあまあといってなだめましたけど。」


***********

<b>心のゆとりを失った現代

著名なウェールズ出身の詩人、W.H.デイヴィーズが1911年に出版した短い詩にこんなのがあります。

What is this life if, full of care,
We have no time to stand and stare.
-詩集《ゆとり》より

もしあくせくする毎日で、立ち止まってじっと考える時間が無いとしたら、
そんな人生って何なのだろう。



カントが言ったように、ベル氏が弾いた1月12日の朝の事件は、せっかくの芸術も然るべき舞台設定が欠けていた為に人の心に響かなかったとしましょう。
人が美を楽しむ能力が有るか否かは、議論しない事にしましょう。

でも、人生を楽しむ能力はどうなんでしょう?

私達アメリカ人はずっと忙しく暮らしています。
1831年にフランス人の社会学者アレクシス・ドゥ トクェヴィルがアメリカを訪れたときに、人々が一生懸命働くのに感心したと同時に、富を得る為に何もかも捨てて突っ走る人々の生活にちょっとがっかりしたようです。
あれからあまり社会は変っていません。

アメリカインディアンのホビ語で「バランスを失った人生」という意味の《コヤアニスクァツィ》という名前のフィルムが1982年に作られました。
サウンドトラックはミニマリストのフィリップ・グラスの音楽で、ディレクターはゴッドフリー・レッジオ。アメリカ人のせわしい日常を捉え、早送りにしてまるで、工場の組み立て機械のように見えるように仕立てた風刺映画です。
ランファン・プラザのビデオを見るとまるでその映画のようです。


2003年、イギリスの作家、ジョン・レインは、現代社会に失われた美を楽しむ心に関して《時間を越えた美:芸術と日常》という本を書いています。
あのベル氏の演奏に起こった事は、このレインの嘆いている事と丁度重なります。
人々が美を感じる心事ができなくなったのではない、単に美が人々にとってどうでも良いものになっているということなのです。

「つまり、美は現代人の生活にとって場違いのものだということだ。」とレインは言います。

忙しい為に素晴らしい演奏家の素晴らしい音楽を楽しめないとしたら、一体私達の生活は何なのでしょう?


****************






最終更新日  April 11, 2007 12:54:09 PM
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