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ままくんカフェ

September 1, 2008
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プーチン首相、CNNのインタビューに答える~その1

CNNのクリップ


CNNのマシュー・チャンス氏(以下M)がこの木曜日にプーチン首相(以下P)をインタビューしました。

CNN:
もはやあなたは大統領ではないのですが、世界中で多くの人々があなたがロシアの政治を牛耳っていると思っています。今回の紛争でグルジアにロシア軍を送る決定を下したのはあなたではないのですか?そしてその結果の責任もあなたが取るべきではないのでしょうか?

プーチン:
いや、それは違います。ロシアの憲法の下では外交と軍事問題は大統領が采配を取ります。紛争時も大統領(メドヴェージェフ氏)が責任の範囲内で行動していたわけです。

ご存知のように、事件が起こったのは北京オリンピックの開催日でした。この事実だけでも私が直接決断を下して指示する事が不可能だったことが分かります。もちろん、メドヴェージェフ大統領はこの件に対する私の考えを良く知っていました。
周知のことですが、率直に申し上げると、グルジアとの問題に関しては我々は既にありとあらゆるシナリオを想定していたのです。グルジア指導者による侵略も当然考慮していました。

先ず第一にロシアの平和維持軍とロシア連邦内南オセチアのロシア国民の安全を考慮しなければなりませんでした。
繰返して申し上げるが、今回の政策はロシア連邦の大統領、軍最高指揮官であるメドヴェージェフ氏が決断したものです。


CNN:
しかし、ロシアの国際問題に対する懸念にもっと西側諸国が目を向けるように、ここ長い事アピールしてこられましたよね、これも周知のことですね。
例えばNATOの勢力範囲の拡大、東ヨーロッパに弾道弾迎撃ミサイルの設置の問題。
今回の紛争でのロシアの軍事行使は、いわばこうした東ヨーロッパの国々に「強いのはNATOでもアメリカでもなく、ロシアなのだ」と見せ付けるためだったのではないんでしょうか?

プーチン:
それは間違いです。第一に我々はあんな紛争を望んでいなかったし、将来も望んでいない。
我々が望んでいなかった紛争が始まったのは、西側諸国がロシアの懸念を全く無視し続けてきたということが唯一の原因なのです。
もっと一般論で申し上げれば、この紛争はより広い意味で解釈されねばならないのです。

私の思うところ、あなた方やあなた方の視聴者は、あの周辺の国民、民族関係の歴史という元にほとんど興味がない。(アメリカの)人々は知識がほとんどあるいは全くないのです。
もしそうした背景が重要なことではないなら、これから述べる歴史的背景をカットしてもかまいませんよ。気にしませんから。

しかし、これらの諸国の全体像を振り返ってみてほしいのです。嘗てはグルジア、南オセチアもアブハジアもロシア帝国に自ら所属していたのです。18世紀中ごろ、1745年から1747年の間にオセチアはロシア帝国の一部となった初めての自治州でした。そのときは南オセチアも北オセチアも統一された一つのオセチア自治州だった。

1801年、私の記憶では、グルジア自身も、オットーマントルコ帝国の脅威の下、ロシアの参加に自ら入りました。

僅かその12年後の1812年です、アブハジアがロシア帝国の一部になったのは。
それまでは独立国家だったわけです。

19世紀半ばになってようやく南オセチアがチフリス地域の一部となりました。同じ国の中でのことなので、これはさほど重要なことでないと思われたのですが、その直後にオセチア人はチフリスの一部であることに非常に抵抗を見せました。しかし、ロシア皇帝の命令の元、オセチア人たちは現在のグルジアの政権下に置かれたのです。

第一次世界大戦のあと、ロシア帝国は崩壊し、グルジアが独立を宣言した際、オセチアはロシアに属したいと考えたのです。これは1917年のろしあ革命の直後の出来事でした。
1918年、この結果、グルジアはオセチアに対する報復軍事行動を起こしました。そして同じ報復が1921年にも繰返されたのです。

ソヴィエト連邦が組織された際、オセチアはスターリンの決定の元にグルジアの一部となりました。ご存知のとおり、スターリンはグルジア人でしたから。

従ってオセチアがグルジアに属するべきだと考え続ける人はスターリン主義者なわけです。つまり、ジョーゼフ・ヴァサリオーノヴィッチ=スターリンの決定を擁護しているわけです。

この地帯の最近の情勢がどうあれ、軍事行動の目的が何であれ、今回起こった紛争が台悲劇であることは明らかです。

我々にとってはとりわけ特別な悲劇なのです。なぜならこれまで長い間ロシアはグルジアの文化と共存してきたからです。グルジアは古代からの文化を持つ国民で、従ってロシアの多様な文化の一部だったのです。

今回のことは我々にとってはいわば内戦のような印象すらあるのです。もちろんグルジアは独立国家です。我々は決してグルジアの主権を脅かすような行動はしませんでしたし今後もそれはありえない。しかし、100万近く、いや100万人以上のグルジア人がロシアに現在移住していますから、グルジア人と国家に対しては非常に密接な感情を持っているわけなのです。ですから、今回の悲劇は特別なのです。

多くの犠牲となったロシア軍兵士たちや罪もない住民たちの死を悲しむ一方、ロシアでは犠牲となったグルジア人の死も悲しんでいるのです。

きっぱり申し上げるが、こうした方々の命の犠牲は、犯罪行為を実行に移した現グルジア政権の指導者の責任です。

長々と歴史背景を一人で語って申し訳ない。興味深いことだと思ったのでお話しました。






最終更新日  September 1, 2008 04:35:31 AM


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