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2011/02/07
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カテゴリ:歴史あれこれ
司馬遼太郎 歴史のなかの邂逅〈1〉空海‐豊臣秀吉
歴史のなかの邂逅〈1〉空海‐豊臣秀吉
司馬遼太郎


しばりょうが独自の調査と推測で熟慮し、

考察した歴史エッセイの集大成。


ひとつひとつの裏話は興味深く、その博識ぶりに脱帽する。




「雑賀」について書かれていた。

「サイカ」と読む。「サイガ」とも読む。

「ザッカ」でも「ザツガ」でもない。


戦国時代に紀伊国北西部、現在の和歌山市の雑賀崎

そこに居住した国人・土豪・地侍たちの結合した集団を

「雑賀衆」と言い、天下最大の鉄砲集団でもある。

雑賀崎
雑賀崎の風景


しばりょうは紀州は面白いという。


第一には、古来、骨太い人たちを生んできた。


第二には、物の創意工夫のさかんな土地だということである。

たとえば、日本の魚釣りの技法のほとんどは紀州で生まれたし、

また私ども日本人の味覚の基礎になっている

醤油と鰹節は紀州人が生んだものであった。


第三に、紀州方言には敬語がない。



第一は「雑賀衆」や「根来衆」の事を指し、

第二は「湯浅」の醤油などがうかぶ。

第三は??


確かに、

和歌山弁は大阪人が聞くとキツく聞こえる。

「人」を「物」扱いした表現をする。



たとえば、「お母さんはいらっしゃいますか、、、、、、、、、?」と言うのに、

大阪弁では、「お母さんはいてはる、、、、?」

和歌山弁では、「お母さんはあるか、、、?」となっている。



実は、私の主人の父方の里が和歌山県の御坊で、

お墓参りに帰省するたびに、耳にしているのだ。


だからと言って、決して不愉快でも嫌いでもない。

むしろ、その全てにおいて、ストレートな話し方に好感を持っているぐらいだ。




この地で敬語がない理由をこう言っている。

この地に住む「雑賀衆」には、大名は存在しない。

全ての行政は地侍たちが合議して決め、

戦のときは仲間の中の有能な者の命に従った。

それは支配されるということではなく、特に重んじられる門閥もなく、

一人が抜きん出て、他を従わせる勢力もなかった。

ただただ、自然の平等意識のみがあった。


だから、敬語自体、日常生活に必要ではなかったのだ。



また、

しばりょうは人生に3人の「雑賀サイカ」という苗字の人に出会っている。




苗字というのは、先祖の出身地に由来することが多い‥と、

他の彼の著作本で読んだことがある。


自分の苗字には、自分史のルーツのヒントが潜んでいるのだ!


そのことに、再びドキドキするとともに、

私も生涯で一度ぐらいは「雑賀サイカ」さんに出会ってみたいものだとも思った。













Last updated  2011/02/07 01:45:17 PM
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