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カテゴリ:文楽
9月11日土曜日に文楽東京公演第3部「伊賀越道中双六(いがごえどうちゅうすごろく)」を見に行ったので、早くそのことを書こうと思っていながら、もう一週間が経ってしまいました。
できれば、別の日にでも第1部の双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)も見たかったのですが、予約した時点ではコロナがどうなるかも予想がつかなかったので、今回は人形遣いの吉田玉男さんが出演される第3部だけ予約しました。 今公演では沼津の段、伏見北国屋の段、伊賀上野敵討ちの段の上演でしたが、偶然にも沼津の段に、三味線の竹澤宗助さんが前、義太夫の竹本千歳大夫さんが後と、わたしの大好きなお二方が出演されて、ラッキー!と大喜びでした。 宗助さんの三味線はまるでロックみたいで、ぐわ〜〜ん(じゃなくて、ベンベンですが)と心身に迫って来ます。 そして千歳さんの義太夫は感情の乗り方が半端じゃなくて、特に子どものセリフの部分とか、くどきといって、女性が切ない胸の内を切々と訴える部分などは本当に引き込まれてしまいます。 浪花の娯楽である文楽で、浪花言葉の義太夫をあれだけ情緒豊かに語られるのに、実は東京深川のお生まれというのですから、驚きます。 この作品、伊賀越道中双六なんていう題名なので男女の道行きのオハナシかと思いましたら、「伊賀上野鍵屋の辻の敵討ち」と言う実話をもとに書かれた作品だそうなのです。「荒木又右衛門の助太刀で有名な」というのがその仇討ちのキーワードだそうで、わたしは微かに聞いたことがある気がした程度でしたが、ああ、あの!と頷くブロ友さんもおいでになるかも知れません。本作にはその荒木又右衛門は唐木政右衛門、仇を打つ渡辺数馬は和田志津馬、敵の河合又五郎は沢井股五郎として登場します。 沼津の段では、年老いた荷運び人足(雲助)の平作とその娘お米(遊女瀬川)が偶然出会った旅の商人十兵衛と語り合ううち、3人が行き別れた親子兄妹であり、父娘はお米(瀬川)の夫志津馬の側に、十兵衛は志津馬の父の仇澤井股五郎の側にと、敵同士となっていたことがわかります。そのため十兵衛は父娘のもとを去りますが、平作は敵の居場所を知るために十兵衛の後を追い、腹を切って命と引き換えに居場所をお米に知らせます。 次の伏見北國屋の段の舞台は、京都伏見の旅籠北國屋です。志津馬は目を病みその世話を瀬川がしています。そして隣の部屋には怪しい武士がいて2人を伺っています。その武士は盗み聞きで、隣の部屋の若者が志津馬であると確信すると、医者を買収、志津馬は薬のせいで目が見えなくなります。勝ち誇った武士(実は仇の伯父)が澤井股五郎の居場所を口にすると志津馬は立ち上がり全て計略だったことを明かします。医者も志津馬の家来で偽医者でした。騙されてペラペラ喋ってしまったことを悟り逃げ出した武士を追おうとする志津馬を、飛び出してきた十兵衛が止め、志津馬は十兵衛を仇の一味!と袈裟斬りにして、尚も駆け出そうとします。 ところが、そこへやって来た唐木政右衛門が、十兵衛は股五郎の今後の旅程を知らせてくれたのだと伝えます。十兵衛は卑怯な股五郎に味方したことを悔いて、政右衛門に股五郎の計画を全て明かし、志津馬の刀にかかるつもりでやって来たのです。 全段の平作といい、この段の十兵衛といい、どうして死なないとならないかな?そんなことが死を選ぶ理由になるかな?と現代の人間は思いますが、それが彼らの、ひいてはその時代の人々(観客たち)の倫理観というか、価値観、判断基準だった様です。 この2人の場合は、彼らが自分の命と引き換えにしたものがそれに値するかどうかは別として、その行動には彼らなりの理由があったとわたしたちにも理解できたし、数ある文楽作品の中では、受け入れやすかったと、劇場を後にして駅に向かう道すがら同行の皆さんもそうおっしゃっていました。 今日の作品は、わかりやすくて後味も悪くなくて良かったわねって。 これは裏返すと、文楽の筋って、理解も納得もできない、すごく変で後味が悪いものが少なくないということなのです。 わたしたち、この頃の人々とは、同じ日本人なのにずいぶん変わってしまっているのでしょうね。 話を舞台に戻します。最後の伊賀上野敵討ちの段では、志津馬たちは十兵衛の情報をもとに股五郎一行に追い付きます。志津馬は家来や政右衛門の助太刀を得て、見事、父の仇股五郎を討ち果たします。 政右衛門(荒木又右衛門)はやたらに強くて、股五郎に何人味方がついていても自分1人で全て引き受けるから志津馬は股五郎1人を相手にすれば良いと告げますが、本当にその通りの強さでした。立て役の得意な吉田玉男さんに遣っていただきたかった役でしたが、今回は吉田文司さんが、かっこよく決めていらっしゃいました。 我らが吉田玉男さんは、この舞台ではなんと十兵衛を遣っていらしたのです。 志津馬に斬られてしまって、びっくり!ですよ!! でも、生き別れていた父と妹に厚い情をかけ、義理あってのこととはいえ卑怯な股五郎の一味になったことを悔い、それでも味方を裏切った行為を命をかけて償うという強さも併せ持った十兵衛を、静かに、温かい人物として表現されていたのがとても印象的でした。 その、伏見北國屋の段の太夫さんは竹本織大夫さんでした。 織太夫さんの美しい声とハッキリした口跡で、最初はうぶな若者2人の不用心な覚束なさ(「ほら、立ち聞きされてるわよ!」的なことを言ってあげたくなる様な危うさ)と、怪しい武士のふてぶてしさ、腹黒医者の憎たらしさがわかりやすく描かれますが、志津馬の目が見えるとわかってからは情景が180度裏返ります。この反転も、また、織太夫さんの義太夫のおかげでキッパリ鮮やかに伝わってきました。 それも、今回気分よく帰ってこられた一つの理由かもしれません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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