「タコ王子とイカ姫」「タコ王子とイカ姫」タコの国とイカの国は、お隣さんです。 二つの国は、ずっと仲良くしてきました。 でも、タコの国のタコ王子とイカの国のイカ姫は、ケンカばかり。 会うと 「いつもいつも、顔色の悪いイカ姫だ!」 「いつもいつも、真っ赤に怒ってばかりのタコ王子だ!」 という感じで悪口を言います。 毎年の終わりに、タコの国とイカの国は、仲良く宴会をします。 そこでも、二人はケンカを始めました。 イカ姫が叫びました。 「この、ヨッパライ!」 お酒の飲みすぎで、真っ赤になったタコ王子のことです。 ねじりハチマキをして、調子よく踊っていたタコ王子は、怒って言い返しました。 「うるさい、ウワバミ!」 ウワバミとは、お酒にとても強いということ。確かにイカ姫は、いくら飲んでも顔が白いままでした。 二人は箸を投げ、お手拭を投げ、座布団を投げました。 さすがに食べ物を投げようとしたときには、お父さんとお母さんに怒られて止めました。 でも、口は止まりません。 「飲みすぎなんて、みっともない!」 「宴会なのに、つまんないヤツだな!」 「グデグデ王子!」 「ダサダサ姫!」 いつまでも終わらないので、二人は宴会から出されてしまいました。 昨日の「世界をスミでいっぱいにしよう会議」でも、タコのスミと、イカのスミの、どちらが凄いかを、ずっと言い合っていました。 「タコのスミは海の色にとても合っていて、それを見ると、あまりにもキレイなもので、みんなビックリするんだ」 タコ王子はそう言いますが、イカ姫も負けません。 「スパゲティにイカのスミを使うと、とても美味しくなるのよ。イカのスミのスパゲティを、みんな美味しい、美味しいって言うわ」 タコ王子は赤い顔を更に赤くさせて、イカ姫は白い肌に汗をいっぱいにして、話しました。 「海とキレイに合わさるタコのスミほど、ステキなものはありません」 「食べ物を美味しくするイカのスミは、世界の宝です」 互いにギロッと、睨み合いました。 「食べることしか、頭にないのか?」 「スミなんかないほうが、海はキレイよ」 さあ、たいへん。 でも、みんな、もうわかっているのか、酷くなる前に止めました。ここでも二人は、すぐに外へと出されてしまいました。 二人のケンカは、ずっと昔、赤ちゃんの時から続いています。 まだ、ちっちゃかった二人。 ある日、それぞれのお父さんとお母さんに連れられて、タコの国とイカの国の間にある丘の上で、初めて会いました。 初めての、お友だち。 ヨチヨチ歩きのタコ王子とイカ姫は、向かい合って挨拶しました。 「こんにちは」 「はじめまして」 その時です。 二人一緒に頭を下げたら、オデコとオデコが、ゴツンとぶつかってしまいました。 「ああっ」 タコ王子は後ろにひっくり返りました。 「あれっ」 イカ姫も後ろにひっくり返りました。 グルリン、グルリン…… 二人とも頭がとても重いので、丘をコロコロと落ちてしまいました。 タコ王子は、とっても熱い温泉に落ちてしまいました。 「あちちちちっ」 それでタコ王子は真っ赤になってしまったのです。 イカ姫は、とっても冷たい池に落ちてしまいました。 「ひいいいいっ」 それでイカ姫は氷のように白くなってしまったのです。 タコ王子は、すぐに熱い温泉から飛びでて、怒って丘をかけ上がりました。 「熱いじゃないか!」 イカ姫も、すぐに冷たい池から飛びでて、怒って丘をかけ上がりました。 「冷たいじゃないのよ!」 二人とも、相手のせいにしました。 これが、最初のケンカです。 それからずっと、二人はケンカばかりなのです。 仲の悪いタコ王子とイカ姫。 でも、そんな二人に限って、国と国の間にある本屋さんで、バッタリと出会ってしまいます。 「あ、ゆでダコ王子!」 「あ、貧血イカ姫!」 見ると、すぐに悪口が出ました。 「ついていないなぁ」 タコ王子は思いました。 「今日は最悪だわ」 イカ姫は思いました。 それでも二人は、本屋さんの外には出ません。 じつは、二人とも本を読むのが大好きなのでした。今日もたくさんの本を買おうと、家来を連れて来たのです。 「誰にも負けないくらい、本を読むのが大好き!」 タコ王子も、イカ姫も、そう思っていました。 そしてまた、ケンカです。 「ボクの方が、本が好きだ」 「ワタシの方が、本が好きよ」 一歩も引きません。どうしても相手に負けたくないようです。 二人は、同時にプイッと、ソッポを向きました。そして、反対の方に進んで本を選び始めます。 タコ王子とイカ姫は、自分が一番とばかりに、本棚の本を見てまわりました。 次々と本を選んでいきます。 お店のカゴでは足りないので、リアカーに乗せていきます。 どんどん、どんどん買う本は増えて、タコ王子のリアカーにも、イカ姫のリアカーにも、山のように積まれていきました。 タコ王子はハナ歌をまぜながら選びました。 「正義の味方の本」 「車の本」 「飛行機の本」 「動物の本」 「冒険の本」 イカ姫は踊りながら選びました。 「洋服の本」 「お星さまの本」 「料理の本」 「小人さんの本」 「お花の本」 タコ王子は、チラッとイカ姫の選んだ本を見て、言いました。 「僕の買う本の方が、おもしろいもんね」 イカ姫も言い返します。 「そんなダサイ本を、選んでいるなんて」 そして、さらに、どんどん本を積み上げていきます。 もう、リアカーに乗らないくらいの本の山です。 「あと一冊」 タコ王子はそう思い、「これだ」と気にいった本に赤い手を伸ばしました。 そこに別の手が伸びてきました。 「!」 白い手。 それはイカ姫でした。イカ姫も、最後の一冊として同じ本を選んだのです。 二人は反対方向に進んでいたのに、グルッと一周まわって、本屋さんの同じ場所に帰ってきてしまいました。 「僕が買うんだ!」 「私が読むの!」 一冊を引っ張っての大ゲンカです。タコ王子の方が力はありましたが、イカ姫の方が、手が二本も多いので勝負がつきません。 「あきらめろ、このブス!」 「放してよ、このバカ!」 口でもケンカしてます。 そのときでした。 グラグラグラグラグラ…… 床がとても揺れました。 大きな大きな地震です。誰も立っていられないくらいの凄い地震です。 「助けて、助けて!」 「恐いよ、恐いよ!」 タコ王子もイカ姫もひっくり返ってしまいました。獲り合っていた本も手からはなれて、空に、ポーン。 それどころか、リアカーもスッテンコロリン。タコ王子が買おうとしていた本も、イカ姫が買おうとしていた本も、全部が床に落ちてしまいました。 何十秒か揺れて、ようやく地震は終わりました。 「はあ~」 みんなでため息。 見ると、本はみんな、床に散らばっていて、自分の選んだ本がどれなのか、わからなくなっていました。 「なんということだ」 タコ王子は悲しみました。 それはイカ姫も同じ。せっかくワクワクしながら選んだのに、ムダになってしまいました。 イカ姫は、しょんぼりして散らばった本を眺めました。 そのうちの一冊を手にとってみます。さっき自分が選んだものではありませんでしたから、きっと、タコ王子が選んだ本なのでしょう。 イカ姫は、タコ王子の選んだその本が、気になりました。 「ちょっと、おもしろそう」 チラッとタコ王子を見ました。 すると、ちょうどタコ王子も、イカ姫の方をチラッと見たところでした。手には、さっきイカ姫が選んだ本がありました。 タコ王子は、隠すように背中を向けて、それを読み始めました。やっぱり「おもしろそう」に負けてしまったようです。 イカ姫も、手に持った本を、読み始めました。 自分が選んだ本ではなかったのに、ずいぶんとおもしろい本でした。どんどん楽しくなっていきます。止まりません。 「この本はどうかしら?」 「こっちはどんな本だろう」 もう、誰が選んだのかは、どうでもよくなりました。次から次へと本を拾い上げ、「どんなお話かな」と見ていきます。 「……王子、そろそろお日さまが、沈みますぞ」 「姫、そろそろ帰りませぬと」 家来たちが言いました。 気がつけば夕方です。みんなお家に帰る時間です。 「えー、まだ読みたい本が、たくさんあるのに」 タコ王子もイカ姫も、そろってブーブー言いました。自分のところにも、相手のところにも、まだまだおもしろそうな本が落ちています。 タコ王子とイカ姫は、このたくさんある本をどうしようかと考えました。ケンカをしている場合ではありません。どうしても本を読みたくて、しかたないのです。 いつもケンカばかりしていたタコ王子とイカ姫でしたが、ここは二人で協力して、いっぱい、いっぱい考えました。 「タコの国とイカの国の間に、今すぐ本のための倉庫を作るのです」 タコ王子が命令しました。 「とにかく、ここにある本をぜんぶ買って、倉庫に持って行きなさい」 イカ姫が、命令しました。 タコの国の家来たちは、大急ぎで、倉庫を作りました。 トッテンカン、トッテンカン…… 夜になるまでに、完成させました。 イカの国の家来たちは、ぜんぶの本を買って、運びました。 ヨッコラショ、ヨッコラショ…… いっぱいの本を、がんばって、倉庫の中に持っていきました。 こうしてタコの国とイカの国の間に、二人が本を読むための倉庫ができて、二人の本好きは、昼も夜も、寝る時間もないくらい本を読み続けました。 どれだけの日にちが経ったのでしょう。 とうとう二人はそこにある本を、ぜんぶ読んでしまいました。 「もっと読みたいな、イカ姫」 「そうね。読みたいわ、タコ王子」 二人は次から次へと本を買いました。 新しい本が出ると聞いたら予約しました。 ずっと昔に作られた本も探してきました。 そうして、たくさん、たくさん読みました。 本は、棚に並べられないくらいになって、床にも積んでいきました。 もう、倉庫には入りきらなくなったので、お家に建てかえました。 そうしてまた、本を買って、読みました。 本は机の上にも、階段にも、冷蔵庫の中にも置きました。 それでも、もう、お家の中は本でいっぱいです。 しかたないので、今度はお城を建てました。おうちより広いからです。 そうして、二人は、まだまだ本を読みました。 毎日、毎日、いっぱい本を読みました。 パーティーする広いお部屋も、宝物を置くための部屋も、馬車を置くところも、ぜんぶ、本です。 どんどん、どんどん本は増えていきます。 隣に一つ城を建てて、くっつけました。 さらに一つ城を建てて、くっつけました。 もう一つ城を建(た)てて、くっつけました。 どんどん、どんどん本を置く場所も増えていきます。 ついに、タコの国とイカの国より大きくなってしまいました。 新しい国です。大きな本の国になってしまいました。 タコ王子は王様に、そしてイカ姫は王妃様になりました。 二人は、国のあちこちに本屋さんを作って、みんなが、いつでも本を読めるようにしました。 本の国の人々は、みんな本が大好きになりました。 そして毎日楽しく本を読んで、暮らしました。 作・つちや みのる 【「ヨダレ系物語」トップに戻る】 |