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2011.11.26
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カテゴリ:神様からの贈り物

悟りと脳
シュリ・バガヴァンの教えに関する科学的コメンタリー
                      byクリスチャン・オピッツ
様々な霊的伝統において、悟りの状態が脳機能の変化と関連づけられてきている。2003年8月以来、自らをゴールデンエイジ・ファウンデーションと称する組織が、一種のエネルギー伝送あるいはディクシャを一般の人々も受けられるようにした。それによってまだ目覚めていない人間の脳の機能を活性化させて一般の人々に悟りを与え、また根深い否定的感情を癒すことが可能となった。ゴールデンエイジ・ファウンデーションの設立者であるシュリ・バガヴァンは悟りのプロセスを神秘性を含めずに説明し、悟りにおける脳の生理的変化の重要性を述べている。ディクシャによる脳の変化に関するバガヴァンの説明は、物理学および神経科学における最新の発見によって確認することができる。以下の文章において、物理学および神経生理学を通じた脳の研究のなかで私自身が発見した事実とシュリ・バガヴァンの説明とを比較検討してみたいと思う。

1・ シュリ・バガヴァンは頭頂葉の活動の断絶を悟りのプロセスにおける重要な要素として述べている。頭頂葉は一部の神経科学者たちが見当識連合野(orientation association area)あるいはOAAと呼ぶものを司っている。OAAの機能は空間における方向定位を我々に提供することである。人は誰でも靴のひもを結び、ドアーを通って外に出ることを、当たり前の行動として受け入れているが、これは頭頂葉の後部における活発な神経活動のおかげで可能となる。
脳のこの領域が損傷を受けると、コップを握るといった些細な行動すら不可能となる。なぜなら、損傷を受けた脳は手とコップ、およびそれらの間の空間の識別を認識できないからだ。物理的レベルでは、境界を認識、識別する能力は我々の日常生活において欠かせないものである。しかしながら、人間の脳においてOAAは慢性的に活動過多状態になっており、それによって小脳扁桃―海馬の間の回路を刺激する。
小脳扁桃―海馬とは、脳に重要なものとして登録されている認識に意味感覚を与えるようにデザインされている、対になっている脳のセンターである。役立つ程度に識別と分離の認識を生み出すようにデザインされているOAAが活動過多になると、小脳扁桃―海馬間の回路は、その活動過多を解釈する際に、あなたの手とコップといった単なる物理的レベル以上のリアリティーが分離にはあるものと推測するようになる。その結果、我々は基本的にあらゆるものから分離して存在するようになる。
自己という感覚、それは脳が自分以外の“他者”として認識されるものを認識する反応において絶えず作り出すものである(発達心理学におけるオブジェクト関係論の基本的前提)。すると、その自己という感覚に、自分は他のあらゆるものから絶対的に明確に分離しているという感覚が賦与される。深い瞑想や祈りの最中には、頭頂葉のOAAへの神経的インプットが一時的に遮断されることを神経科学は示している。これによって大きく拡大した意識状態が一時的に生じる。分離した自己という感覚がその通常の境界を見出すことができないため、それらの境界を探そうとして拡大するからである。
しかし、これはOAAへの神経的インプットの抑制といった脳機能の変性による一時的体験にすぎない。このような方法では永久的にワンネスの意識状態に留まることはほとんど不可能である。このことは“悟りは与えられる必要があり、自己の努力でそこに到達することは不可能である”というシュリ・バガヴァンの声明を反映するものである。ディクシャは頭頂葉に変容のプロセスをもたらし、その機能が永久的に変化し、定着するように見受けられる。それによって、物理的境界は認識されるが不自然な活動過多は停止する。そして小脳扁桃―海馬はもはや分離した自己の存在という感覚を生み出す必要がなくなるのである。

2・ シュリ・バガヴァンは前頭葉の活性化は神実現に関わっている、と述べている。悟りの体験、分離感の不在の体験は必ずしも生き生きとした神存在の体験と一致するわけではない。シュリ・バガヴァンの教えによれば、悟りのレベルから神実現のレベルへと移行するためには頭頂葉における過度な活動が停止するだけでは十分ではない。その人の意識のなかで神が生き生きと感じられるためには前頭葉の活性化という神経学的変化が必要である、と彼は言う。
前頭葉は個人的意思と関連している。多くの神秘的伝統では、個人的意思が神の意志へと溶け込むことが、神実現への入り口であり、結果であると述べている。しかしこれは、もし前頭葉が活性化していなければ起こりえない。何であれ本質的に、完全でないものはそれ自身が完全になることを求める、というのは宇宙的法則である。神経生理学における私自身の発見(これは大学から公式に認められたものではないが)によれば、実際に全ての人間の前頭葉は慢性的に不活発な状態にある。これは、どこであろうと最高に近いレベルで機能するために必要な十分な神経伝達物質と電気的エネルギーがないことを意味する。
主観的体験レベルでは、これは脆弱な自己意思と鈍感さを意味する。退屈感は前頭葉が不活発な時にのみ感じるものである。前頭葉が活性化するために欠かせない神経伝達物質であるドーパミンは、生きていることに魅惑されている感覚、至福感にとって必要である。神との神秘的結合にはこのような感覚、至福感が伴うとしばしば報告されている。ドーパミンが欠如すると、その人は自己意思を保とうと強く駆り立てられ、自分自身をより偉大なリアリティーに合体させようとはしない。なぜなら、個人的レベルでいまだ何かが不完全であると感じられるからだ。
それは死ぬのと似ている。自分の人生が完全であり、満たされていると感じる人は、死ぬ時が来たら一般に安らかに死ぬことができる。人生で何かが失われていると感じる人は、しばしば生きることに強く執着する。
もしディクシャが前頭葉を活性化する効果があるなら、それは個人の意思に完全性を与え、完全に開花させる。個人的意思が完全に開花すると、自然に神の偉大なリアリティーと合体することになる。このような見地から見ると、いわゆる“大きなエゴ”とはそれ自身の完成を求めようとする弱いエゴをまさに補強するものである。しかし、前頭葉が完全に活性化しておらず、ドーパミンで満たされていない状態では、エゴは決してそれ自身の完成を見出すことはなく、従って合体もあり得ない。
霊的な教えでは“大きなエゴ”を批判し、低次の意識として自分の個人的意思に固着させることがしばしば行われているが、これは無意味である。なぜなら、脆弱な個人的意思は我々の意識的意図が何であろうとも、自然に個人に執着しようと駆り立てられるからである。唯一の解決策は実際に生理学的レベルで変化することであり、それによって偉大なるリアリティーに委ねることに抵抗する個人的意思を解き放つことができる。

3・ シュリ・バガヴァンは“悟りは与えられ必要があり、それは恩寵による贈り物でる”と言う。
15年前に、ドイツのヘルムート・ミューラー博士はグローバル・スケーリングと呼ばれる物理学の新しいパラダイムをもたらした。この量子物理学の驚くべき拡大は疑いもなく次のことを示している…意識は宇宙の最も基本的な“サブスタンス”であり、そこには厳密な数学的定式に従った、宇宙における全ての原型的なデザインが含まれている。惑星、恒星、銀河などの間の距離、全ての原子内の電子と核子(*陽子と中性子のこと)間の距離、人間の血液にとって最適なペーハーなどを含め、物理的宇宙における全ては同じ数学的構造に従っている。
この原型的デザインは、全てが常に最小のストレスと最大の効率レベルで機能するように仕組まれている。
原子はシントロピック・フィールド(syntropic field)を通じて、あらゆる瞬間に源の知性に同調している。これらのシントロピック・フィールドによって原子は、いかにして最小のストレスと最大の効率で機能するかを常時知ることができる。
人間は顕現しているあらゆる存在のなかで、これら生命とユニティーのシントロピック・フィールドとの同調をある程度失ってしまった唯一の創造物であるようだ。一度それを失ってしまうと個人の脳のなかである変化が生じ、ユニティーのシントロピック・フィールドに再び同調するのは極めて困難である。
なぜなら、それらのフィールドが何であるかをもはや知らないからである。
そのため人間はその空白を埋めるために、生命に関するあらゆる神話、宗教、科学的理論などを作り上げる。
頭頂葉のOAAが活動過度で、前頭葉が活性化していない人は、分離を体験しながら悟りを求める。あらゆる霊的探求と努力はある意味で問題がある。なぜなら、そのような行動はユニティーのシントロピック・フィールドとの同調を失った反動として生じているからである。
もし我々の探求の基盤そのものに問題があるなら、それは成功しないであろう。
もしユニティーのシントロピック・フィールドへの同調が簡単に与えられるなら、実際全ての人間に悟りが生じるのも可能となる。元来人間の脳は、生命に本来備わっているものとしてユニティーを認識するようにデザインされている。この元々のデザインは潜在しているが現れていない。それが人間の意識のなかに根を下ろすためには自然に機能する脳が必要となる。もしディクシャによって人間の脳が最大の脳機能というシントロピック・フィールドに同調できるなら、個人の意識はまもなくユニティーとの継ぎ目のない状態を認識するであろう。


                この項続く♪

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Last updated  2011.11.28 16:07:57
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