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見たまま、感じたまま、思ったまま

ぼくんち

ぼくんち1

「ぼくんち」(西原理恵子著 小学館)


この話は、山と海しかない静かな町ではじまる。その町は端っこに行くとどんどん貧乏になっていくが、そのまた一番端っこの話である。

母親に捨てられた兄弟が居る。一太と二太は兄弟。お母ちゃんの上に乗った男の順番で付けられた名前だ。
ある日家出していたお母ちゃんが、お姉ちゃんを連れて戻ってくる。お母ちゃんは、昔お姉ちゃんの家を逃げ出して一太と二太と住んでいたらしい。
お姉ちゃんの名前は「神子(かのこ)」。いくら堕そうとしても、堕りなかったから、神様から授かった子だと思って付けた名前だそうな。
そしてお母ちゃんは家の権利書と共にまた居なくなり、売られた家を追い出された3人の生活がはじまる。
母親を思って二太は泣く。そのときに姉ちゃんに「泣く暇があったら笑え!」と言われて殴られる。

生きていくために姉ちゃんは水商売、一太はチンピラのこういち君に弟子入り。目標は3人の家を買い戻すことである。

この町にはありとあらゆる貧乏人、どうしようも無い人達が居る。
やくざ、チンピラ、娼婦、アル中、薬中、シャブ中、こそどろ、おつむの弱い人。みんなありとあらゆる貧乏と不幸が堆積し、輪廻する中で生きている、
しかし、優しく悲しい人達。彼らがこの町で生きていく様子が描かれる。
普通に描くと顔を背けそうになるようなエピソードが、西原の筆にかかると、何故か明るく、その不幸と絶望の向こうに、開き直りが、そして希望が見えてくる。汚いはずなのに美しい。それは彼女がこの町に、そして町の人達に限りなく優しい目をもっているからだろう。

物語は神話のようだ。そして登場人物の言葉や、添えられるモノローグは哲学的でさえある。

台詞のいくつかを拾い出してみよう。

「人間には器ちゅうもんがある。やっぱりわしは、両手で持てるもんだけにしとかんといかんのやなあ」(川べりから町の空き地へ引っ越して建てたばかりのバラックを1晩で壊された鉄爺の言う言葉)

「新聞が読めて、九九が出来ればええ。字はかけんでもええ、読めれば。あとはゆっくりやったらええ」(刑務所を出たり入ったりしている安藤君が、犯罪以外の事をどうやったらいいかわからんと尋ねた時に鉄爺が言った言葉)

「好きはねえ、毎日言うとかんと、肝心な時に出てこんようになるから」(何で毎日好きって言わせるの?と聞いた二太に姉ちゃんが言った言葉)

「生んでも生まなくても、どっちでもママは味方」(妊娠したこういち君の姉ちゃん(娼婦)に母親が言った言葉)

「姉ちゃん、真ん中に居ると時間がもったいないよ、泣くか笑うかどっちかにしないと」(子供を流産した姉ちゃんに、こういち君が言った言葉)

「つらいけど、人は神様が許してくれるまで、何があっても生きなくちゃいけない」(こういち君が一太に言った言葉)

「俺はどうすればいい?姉ちゃんの夢のために俺はこの町で悪いことを沢山した。そしてこの町をもっと悪くした。姉ちゃんは悪い町に殺された。おれが殺した。俺が姉ちゃんを殺した。もっとゆっくり行ってくれ、俺の大事な姉ちゃんなんだ」(病気で急逝した姉ちゃんを乗せた車の中で、こういち君の言葉)

「小さな女の子を貰おう。あんたの姉ちゃんは娼婦だったから。母親が娼婦で捨てられた小さな女の子を貰おう。引き取って大事に育てよう。そんでその子が大きくなって娼婦になってもずっと愛し続けよう」(こういち君に、恋人のマリアさんが言った言葉)

「食わせてもろてるうちが幸せで、食わせなならんなったらしんどい。そのうちええ天気で空が高うて、風がように通る、死ぬのにええ日が来る。それまでしんどい」(人は生きてて、どこまでがしんどくて、どこからが幸せなんだろうと聞いた姉ちゃんに、ばあちゃんが言った言葉)

「わしの家族な、腹違いとか種違いだらけの兄弟のな。そらえげつない家族だったけど、飯だけは皆一緒に食うんや。それが決まりだった。あれがあったからな、わし家族のど畜生な事な、皆忘れることが出来た」(姉ちゃんに恋をしたみきおちゃんが、みなで飯を食おうと、家出をしていた一太を連れに行った時に言った言葉)

「悪い話はまっさきに来るくせに、ええ話は一番あとに来るもんや」(過去に親がお金を振り込んでくれた自分の名前の通帳を見て、捨てられていたんじゃなかったと判った一太が言った言葉)

物語の最後、家を取り戻す為にお金を稼ごうと無理をして、争い逃げ回る一太を呼び出して、姉ちゃんと二太と三人は、家に忍び込んでお鍋をする。そして姉ちゃんは家に火を付ける。
「見てみ。燃えたらなくなる物やんか。あんたこんな物になんで一生懸命に。死ぬやも殺すやもしれんほど。何をそんなに。何でせんでええ苦をすんの。今がいややったら逃げたらええやんか」そう言った姉ちゃんより、いつの間にか背が高くなったことに気づいた一太は町を出て行く。

姉ちゃん達の住む町から遠くはなれ、でも同じようなひどい町に住み、一太はおでん屋をはじめる。おでん屋のフリをした人買い屋さん、覚醒剤屋さんばかりで、本当のおでん屋さんが居ない町の人のために。
「嘘をつかない人間になってください」それが二太に来た一太の最後の手紙だった。

宝物を堀りに行こうと出かけた燃えた家の跡で、二太は遠い親戚の漁師のじいちゃんに貰われて行くことになったと告げられる。
「姉ちゃんはどこにも行かないから、タイムカプセルやから。また一太と二太で姉ちゃんを迎えにきてな」そう言って姉ちゃんはどばどば鼻水と涙を出して泣いた。

晴れた日の朝。迎えに来たじいちゃんのボロい船に乗って二太は町を出ていく。
入り江を出て、町が見えなくなる頃、二太はじいちゃんを振り返って言う。
「じいちゃん、僕知ってんで。こういう時には笑うんや」

ぼくんち2


全ページ、総カラーで書かれた、「自虐の詩」に匹敵する、いやそれを越えたかも知れない、これは現代の神話である。


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