連続日記小説 第一回 『波状のリング』 第二話
「えっと・・・・」 案内されたホールは、ちょっとしたパーティ会場のようにひろい。 ぶら下がるシャンデリアのぴかびかした明かりも、しかれた真っ赤なじゅうたんも、ついでに部屋の中央に置かれたどでかいテーブルも、ミネルバ以外誰もいないホールのなかには不似合いに思えた。 だからこそ、ミネルバは余計に萎縮してしまった。「あの・・・静かね」 何を言ったらいいのかわからず、ミネルバは、相変わらず見えない主に向かってそうつぶやいた。『そうですか?』「そうよ。だって、テーブルの上の食事だって、わたしのためだめけに用意したみたいで」『みたいじゃなく、 立派にあなたのために用意されたものです。 さぁ、ご遠慮なさらず席についてください』「でも」『そうでしたか。先ほど、静かともうされましたな』「そういうことじゃなくって」 待遇を受けることがなかった彼女には、とても裏がありそうで怖かった。 牢獄の町は、ササルトル大陸では有名な町だ。 軽犯罪人から重犯罪人まで、多くのものがその町で生活し、そして、外に出られるときは記憶を破壊され、別人格としての人生が決定されたものだけだ。 おそらく、ミネルバもまた、何らかの犯罪をおかし、何ヶ月かの間、町にちとじこめられ、今日という日は外に出されるため記憶の破壊をほどこされた一人なのだろうが、それすらも彼女には記憶がなかった。 まれに、思い出すことができる人間もいるそうだが、警備の衛兵がいっていることだ。信用できない。「え?」 どこからともなく流れてくる音楽に、ミネルバはおどろいた。『どうさなれました? 当主。 せっかく、私がオーケストラの準備をしてあげたというのに』「わたし、そんなの頼んでないよっ。 なんで、わたしのために・・・」『もちろん、あなたがこのやしきの正当なる当主様ですらです』「・・・実感ないよ・・・」『そのうちなれます』 ミネルバは、食事の席についた。 ぽーんと、広いホールの中は、ミネルバの知っているかびくさい牢獄とははるかにちがっていた。 人こそいないが、はなやかで、おおよそしあわせな光景だった。「ねぇ。クロス」 ポークソテーをつつくホークをとめ、ミネルバをきいた。『お食事がおきにめしませんか?』「そうじゃないの。 これ、誰が作ってるのかなーと、思って」『もちろん、私ですが・・・それが何か?』「うそっ。んじゃあ、厨房とかで透明人間がうろついてるわけっ!?」『失礼ですよっ。それっ』「わたしはてっきり、あんたのこと透明人間化かと思ったけど、その説もはずれか・・・残念」『残念なんですね・・・』「ま、いっか」『さぁ、そろそろお食事が終わるころですので、当主様のお部屋にご案内します』「そんなにせっつかなくてもいいでしょ」『まだ何かあるんですか・・・?』 しごくうんざりと、クロスはいった。「おかわり」『へ?』「もう少し、こうどどーんとたっぷり食事がしたいと思って だめ?」『わかりました。少々お待ちください。 もう、当主様は・・・』 ぶつぶつつぶやくクロスをしりめに、ミネルバは小さく息をはいた。「クロス?」 どこから見てるかわからない声の主はから反応はなかった。(かならず、どこかからわたしを見てるにちがいないわ) (絶対にへんよ。)(たとえ、牢獄の町で記憶をうばわれたとしても、名もない人間をいきなり当主にするなんて、何か裏があるにちがいないわ) それをたしかめるため、ミネルバは、ホールからこっそり抜け出した。 絶対に、クロス・ゲートと名乗る男を見つけ出してやると・・・!