苦笑の堕天使 No3
犯人は事件発生から三十六時間後に逮捕された。捕まったのは死体発見現場近くに住む十六歳の少年であった。この事が当時世間を騒がせた最大の要因である。犯行をおこなった少年と殺された佐知子ちゃんとはお互い面識はなく、帰宅途中の佐知子ちゃんが少年の目に止まり犯行に及んだらしい。 警察は少年の前歴調査に力を入れた。この犯行の残忍さは初犯とは思えない。よって、これまで何らかの犯罪に関わっていなかったかを調べた。しかしその結果は全くのシロだった。少年の普段からの生活態度にも際だった異常性は見られなかった。友人も小学生からのものをはじめ、学習塾で知合った他校の生徒などがいて、少年が孤立していたという話しでもなかった。放課後のクラブ活動こそしていなかったが、運動が嫌いな訳でもなかった。休日や塾のない日は友人たちと死体が発見された川原で野球やサッカーに興じている。つまり、ひとつのスポーツに没頭する事は姓に合わず、遊びとして色々やりたかったということであろう。それをいうのなら少年と共に遊んでいた皆がそうである。だから極普通といえる。 学習塾の行き帰りにゲームセンターに立ち寄る事もあった。当時のゲームセンターは父兄から不良のたまり場などと問題視されていたが、実際はそういうものではなかった。不良であれ優等生であれ、大人でも子供でもゲームが好きであれば遊びにも来る。不良が来るようなところは悪い所だ、悪い所に来るのは不良の証拠である、と理屈が循環してしまった結果が世間の評判である。少年が利用していたゲームセンターは自宅から学習塾に向うまでの途中にあった。表通りに面したテナントにゲーム機を二十台と、スナックやインスタント食品の自動販売機を稼動させ営業していた。 ここは無人のコインスナックではなく、店の掃除や機器の管理を行うため常に一人は店番がいた。営業時間の午前10時から午後11時までを二つの時間帯に分け、午前からの部を50代の主婦が、午後の部を60代の男性が担当していた。彼らが休みの日は店のオーナーやその家族が代わりを務めていたという。その全ての人が少年を知っていた。少年は常連の中では比較的店員とはよく話す方だったらしい。まだそれほどコンビニが普及する前だったため、塾への行き帰りにこの店のカップラーメンで腹ごしらえするのが日課のようになっていた。別段これも変った習慣ではない。店員たちも少年に悪い印象は持っていなかった。それを匂わすものは全く無かった。 友人たちの証言も一環している。少年は悪い奴ではなかったという。性格についてはそうだろう。では趣味趣向についてはどうだったか。性に関心の強い年齢ではあるが、小学生に無理強いするほど抑えきれないものではない。その点については、少年のみが異常な興奮をおぼえたのだろうか。だとしても、いきなりの爆発である。抑えていたからこその爆発だろうか。分らない。これについては、本人すらも分からなかったと言っている。記憶はある。確かに自分がやったのだ。状況証拠も揃っている。自供もしている。罪も認めている。では動機は何だろう。動機は――――やりたかったからやってしまった。現実にやってしまったのだから、そうとしか言えない。少年はそう答えている。では何故やりたくなったのか。前からそういう人間だったのか。少年は自分でも分らない。自分はそんな人間ではなかった。そんな性格ではなかった。そんな趣味もなかった。学校の上級生に好きな人がいた。クラスにも気になる女の子がいた。小学生になんか興味はない。なのに、佐知子ちゃんを見かけたとき、何かに憑かれた。そして殺してしまった。少年は、自分が分らないと泣きながら答えている。 少年に接した警察、弁護士はいずれも彼に悪い心象を持てなかった。この少年があのような所業に及ぶとはとても思えなかった。一部のマスコミには、真犯人が別に存在するのではとの内容の記事が飛び交った。ありもしない警察の取り調べ時の強要や走査上のミスをでっちあげ糾弾する雑誌まで登場した。世間は結論だけでは納得しなかった。理由らしい理由がなければ座りが悪いのだ。本当に少年が犯人なのだろうか。しかし自供はしている。では何故あのような犯行に及んだのだろう。世間の関心は次第に少年の見えざる心の闇へと向っていった。つづく・・・