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古代のロマンをたずねてpart.2

古代のロマンをたずねてpart.2

和邇下神社

先輩がまほろば検定に合格したので、講座の申し込みが来たのです。
知り合いを連れて行っても良いということだったので、私を連れて行ってくれたのです。

コースは

和邇下神社→石上神社→天神社→竹林寺→あかいそばの咲く山里

というものでした。

まずは、和邇下神社です。

和爾下神社の「下」は、上社があっての「下」で、櫟本町の和爾下神杜の北東1kmキロほどに、和爾坐赤坂比古神社が鎮座する。
これが上杜といわれています。


以前から和邇氏についてはちょっと興味があったので、楽しみにしていました。



和邇氏は採鉱、 金属精練と関係があるのだそうです。


「族称ワニが鍛冶の職能にちなむ」名であることから、「二世紀後半ごろ、北部九州とは別のルートすなわち 裏日本から畿内中枢地域に進出してきた、太陽信仰をもつ朝鮮系鍛冶集団が、のちの和邇氏などではなかったと言われています。



和邇下神社・鳥居





和邇氏は当時の技術者集団ともいえます。
朝鮮半島から先進技術を伝え、倭国の発展に貢献したのでした。





和邇下神社




万葉集第一の歌人柿本人麻呂は和邇氏の支流です。
ここ治道山柿本寺は、もともと柿本氏の氏寺。
ここに柿本人麻呂の遺髪を葬ったという歌塚があります。




歌塚




この歌塚は享保17年に柿本寺の僧や歌人によって建てられ、表面の文字は後西天皇の皇女宝鏡尼の筆によるものだそうです。





柿本人麻呂



私は柿本人麻呂神社が人麻呂の本拠地だと思っていたのですが、人麻呂はここ天理で生まれ、亡くなったのもここだと知りちょっと驚きました。


講師の先生は素敵な方でした。
色々なお話を伺い勉強になりました。


このあと、石上神社にむかいました。


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