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しーくれっとらば~’S

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SERENADE 第3話 悠季



SERENADE



~THE 3rd~ side YUUKI MORIMURA


---圭、君は僕を困らせる為に日記を書いているのかい?---
まるで僕が君の日記を読んで赤面するのを判ってて
書いている様に思えて仕方ないんだけれど・・・。
それに、「木の妖精」だなんて、本当に気障だね。
僕が「木の妖精」なら桐ノ院 圭、君は「風の使い」だよ。

時に高原の爽やかな風の様に、時に嵐を吹き起こす激しい風の様に。
ダイナミックと細やかな神経の両方を持ち合わせた
・・・やっぱり「天才」なんだね。君は。

******************************

圭へ。

お帰り。そろそろ疲れが溜まって来ているんじゃないのかい?
君には言うまいと思ったのだけれど、僕も毎日、
打ち合わせや練習で少々疲れ気味なんだ。
あ、でも、心配しないで!

夜、君が暖めてくれているベッドに潜り込むと
そんな疲れなんて『あっ!』
という間に吹き飛んでしまうから。本当だよ。

昨夜、君が寝返りを打って、久し振りに君のパンチを受けました。
はははっ。気付いてないだろうけど。
でもね、そんな“触れ合い”でも僕にはとても嬉しい事で。
痛いのは嫌だけど、毎日でも君のパンチやキックを貰ってもいいかなぁ・・
なんて思っています。(おかしいかい?)

午前中から「音壷」で生島さんと合わせで練習をしてきたよ。
本当ならば貸しスタジオかなにかでしたいのだけれど
僕みたいな“ひよっこ”じゃぁ、そんな贅沢言ってられない訳だし、
存分に音を出せるのだから「音壷」でも充分なんだけどね。

今日は「サン・サーンス」の『白鳥』をやってきたよ。
本当はチェロ曲なんだけど、どうしてもやりたいって思って。
チェロの楽曲をバイオリンでやっちゃいけないって決りも無いし。

凄く、凄く気持ちよく、今までで一番の出来だったと自画自賛
してしまうくらいの出来だったんだ。

一番最初の出だしからとてもいい音が出てね、“いいぞ!”
なんて思いながら弾き続け、段々と、その、恥かしいのだけれど
自己陶酔の世界に入ってしまってね。

僕は深い森の中へと入って行った。
その森の奥には大きな湖があって、僕はその湖の畔にいるんだ。
どこからか一羽の白鳥が湖に舞い降り、
静かに優雅に水面に波紋を描きながら羽を休める
場所を探していて。

僕はひたすら弾き続ける。
どんどん、どんどん気持ちよくなって行って。
白鳥の事など忘れてしまうくらい
僕のバイオリンは素敵な色を広げ、音を紡ぎ出して行く。

ふっと気がつくと湖の白鳥は僕の事など構わずに
そっと羽をたたむんだ。
それに合わせて僕も段々と音を鎮めて行き
白鳥がやすらいだ時を僕も見計らったように
静かにでもしっかりとビブラートを効かせ
曲を終わらせた。
ピアノの音が無くなるなまで小さく小さく弓を震わせて。

それはそれは気持ちよく弾けたんだ。

「ミューズが降りて来たのか?」
って生島さんの声にはっと我に返って。
それまで音の世界に連れて行かれてたみたいでさ。

「一人で逝っちまったみたいだな、ハニー」
って言われて僕はとても恥かしくなってしまったんだ。

でもね!
今まで僕の音は「16色」の色鉛筆だったんだ。自分では。
それが今日ので「24色」くらいになってさ!
エミリオ先生みたいに無限な色彩を表現するにはまだまだなんだけど
自分ではとても色も音も広がった気分でいるんだよ!

ああ、なんて僕は表現力がないんだろう。
この僕の気持ちが巧く君に伝わるだろうか!
今までで一番素敵な気持ちになれたんだよ。

いや・・勿論、音の世界で、だけどね。
その後も何曲か弾いてみたんだけれど
やはり同じ様な気分になってね。
ちゃんと自分の音に出来たかな・・なんて思っています。

本当は一番にそんな僕の「音」を聴いて貰いたかったんだけど
本番でもあの音が出せる様にしっかり練習するからね。

これから主催者の方たちと打ち合わせです。
今日は、早く帰れるといいのだけれど、期待しないでいてね。
主催者さん、とても気さくで良い方なんだけれど、少々、お喋りでね。
僕は早く切り上げて帰りたいのだけれど、これから先の事もあるので
ないがしろにも出来ず、お付き合いしているんだ。

なんだか、愚痴の様になってしまってごめんなさい。
そう!お風呂から上がったら、しっかり髪を乾かさないとダメだよ。
いつも君はタオルでごしごしっと拭くだけなんだから。
風邪でもひいたら大変だよ。
君一人の身体じゃない、って事、覚えててくれよ・・・。

では、行ってきます。

僕の大事な大事な 桐ノ院 圭へ...。

                         悠季。


*******************************

っと。

ああ、これじゃあ圭が心配しちゃうかなぁ?
あれでとても神経の細やかな人だから。

主催者さんは本当に良い方なんだ。
僕がイタリアにいる時にたまたま僕のバイオリンを聞いて下さって
僕が帰国したと知ると直ぐに連絡を下さって。
色々お話させて頂いて、2週間後に迫った僕のソロリサイタルに至ったのだ。

ああ、長く書きすぎて出かける時間になっちゃったよ。
まずい、遅刻しちゃうな。

「圭、行ってきます。」


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